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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
14/39

より大なるもの

 帝都の中央にはコンクリートの都庁が置かれ、そこから街が広がっていた。

 周囲には壁さえない。

 四方に敵はなく、帝都はすでに安全であるという自信に満ちているようであった。

 一般家屋はほぼ木造だが、ところどころにコンクリートの構造物が見られる。自分たちで開発したのか、それとも誰かが知恵を与えたのか、それは分からない。


「ここが『おいでやす帝国』の首都『岐阜』だ」

 腕章をつけ、警備隊になりすました完蔵が、そう案内してくれた。

 ギリギリまで渋っていたが、ついに俺たちの要求に応じ、護衛を引き受けてくれたというわけだ。


「岐阜? 京都じゃないのか?」

「勝手な名前をつけるな。ここは初代皇帝が建国する以前からずっと岐阜だ」

 かつてどんな名前で呼ばれていたかは、古代遺跡の電柱を確認すれば分かる。

 あとで見てみよう。


「キュウ坊、なにか食べたいものはないか?」

 キュウ坊はジャージとスニーカー、ミリタリージャケット、ベースボールキャップ、それにサングラスといった古代ファッションで固めている。見るからに怪しいが、第九皇女には見えるまい。

「うーん。いっぱいあって迷っちゃう」

「そういうときは、片っ端から試すに限る。さいわい金ならいくらでもあるからな」

 完蔵から「借りた」金だが。


 茨もそわそわしてる。

「どこかにお兄ちゃんがいるのかな……」

 こうしてすましていると、清楚なお嬢さんといった感じなのだが。


 完蔵が舌打ちした。

「おい、勝手に移動するなよ。お前たちは三人もいるが、こっちは一人なんだからな。俺がカバーしきれる範囲内にいろ」

 おっしゃる通り。


「おい、キュウ坊。ファミレスあるぞ、ファミレス」

「はみれす?」

「ウマいモンが食える場所だ」

 帝都に住んでたクセに、ファミレスも知らないのか。

 まあここでは箱入りのお嬢さまだったはずだし、庶民の店には入ったことがないのかもしれない。


 木造平屋のファミレスだ。

 大きな窓から光を入れて、オシャレな感じにしあがっていた。

「らっしゃーせー。何名様ですか?」

「四人です」

「こちらへどーぞー」

 店員は、時代劇に出てくるような和装ではなく、ちゃんとファミレス店員の格好をしていた。

 さすがにデカい都市だけあって、服にかける金もあるのだろう。


 メニューは手書き。

 さすがにプリンターは存在しないか、あったとしても電力がないのだろう。


「わー、すごい! いっぱいあるけどなにがなんだか分かんない!」

 キュウ坊は食い入るようにメニュー表を覗き込んだ。

 もちろん写真はない。

 茨が脇からいろいろ説明し始めた。


 ふと、渋い顔をしたままの完蔵が俺に話しかけてきた。

「そろそろ本当の目的を言え」

「しつこいな。観光だって言っただろ」

「信じられるかよ」

「ホントになにも隠してないんだから、聞かれても答えようがないよ」

 仲間たちの日頃の疲れを癒してやりたかっただけだ。

 完蔵にとってはいい迷惑だとは思うが。


 なにせ、柿藤の謀反の件も、茨の兄の件も、どちらも頭打ちなのだ。

 進展がない以上、こうして日常をエンジョイするほかない。


 *


「んー! おいしかった! おなかいっぱい!」

 店を出ると、キュウ坊は大の字になって背伸びした。

 俺も少しもらったが、ホントにウマかった。アイスなんて食べたのは、いつ以来だろうか。


「あ、演劇だって。あれ見ようよ」

「賛成!」

 茨が店を見つけると、キュウ坊もぴょんぴょんと跳ねた。

 こんなに楽しそうだと、連れてきた甲斐もあるというものだ。


 完蔵はゲッソリしている。

 俺はぽんぽんと肩を叩いた。


 *


 夕刻、俺たちはそこそこ大きめの宿に部屋をとった。

 いままでの安宿と違い、畳敷きだ。

「なぜ俺まで……」

 完蔵も一緒だ。

「まあそう言うな。空気の読めない役人が乗り込んで来たとき、あんたがいなかったら困るんだよ」

「……」

 反論できまい。

 心当たりがあるはずだからな。


「はぁ、お兄ちゃんには悪いけど、今日という一日を満喫してしまったわ……」

「明日もいっぱい遊ぼうね!」

 茨もキュウ坊も満足してくれたようだ。

 しかしせっかく男装していても、この感じでは女の子にしか見えないな。バレなければいいのだが。


 俺は四人分の茶をいれて、自分のをすすった。

 熱い。

 保温性のポットだ。

 この世界は、江戸時代か、それ以前のように見えることもあるが、しばしば俺の知る「現代」の技術が現れる。誰かが古代遺跡から持ち出したのかもしれない。


「なあ、完蔵さんよ。柿藤の件はどうなったんだ?」

「いま仲間たちが工作中だ。お前のアイデアを借りた」

「ウソを流してるのか?」

「あれでだいぶ柿藤の動きがあわただしくなった。おそらくそのうちボロを出すだろう」

 烏賊組はプロだ。俺たちが地道にやってたのとは違い、組織的に、効率的にウソを流していることだろう。理想的な展開だ。


「失礼します」

 外から声がかかり、すっと戸が開いた。

 和装の、旅館の従業員だ。

「柴三郎さまに、お手紙が届いております」

「俺?」

「差出人はタコ次郎さんだとか」

「はぁ」

 封筒を差し出された。


 戸を閉め、みんなのところへ戻ると、完蔵に封筒をひったくられた。

「仲間からの連絡だ」

「は?」

「名前を使わせてもらった。まさか俺の名前を使うわけにもいかんからな」

「……」

 ホントなのか?

 どこかの美女が俺に送ってきたファンレターだったらどうするんだよ。


 完蔵は無遠慮に封筒を開き、中をあらためた。

「朗報だ。柿藤が動いたぞ。いま花田のところにいるらしい」

 暗号だろうか。

 中を覗き込むと、ヘタクソな絵が描かれているだけだった。

 クソデカいタコが柿のようなものを食っている。周囲にはお花。フキダシには「おいしいよ」とあるだけ。

「なんでそれで分かるんだ?」

「教えるわけないだろ。とにかく、あと一息だ。この調子なら、明日の朝にはもう一通届くぞ」

「戦争になるのか?」

「さあな。東征の予定もあるし」

「は?」


 聞き間違いか?

 東征?


 すると完蔵は、きょとんとした顔でこちらを見た。

「いまさらだろ。お前は知っててそれを止めに来たんじゃなかったのか?」

「悪いが初耳だ。東征? つまり俺のいた村を襲うってことだ。なぜそんなことをする?」

「ふん、しらじらしい。陛下は、花田と柿藤を東征に参加させるおつもりだった」

「すでにじゅうぶんな領地があるだろ」

「俺に言うな」


 クソ野郎が。

 なにが東征だ。

 こんだけ豊かな街を作っておいて、さらに領地を欲しがるのか?


 キュウ坊が不安そうに近づいてきた。

「村長さん、村のみんなが……」

「ああ」

 助けてやる義理はない。

 すでに滅んでいる可能性もある。

 だが、こいつらのやり方は気に食わない。


 完蔵はぐっと茶を飲み干した。

「帝国とはそういうものだ。征服によって拡大していく。俺の故郷もすでにない」

「あんたはそれでいいのか?」

「仮によくなかったらどうなんだ? 一人で抵抗したところで命をムダにするだけだ。幸いここは実力主義だからな。働けば働いただけ見返りがある。俺はそれで満足だよ」

「……」


 気持ちは分からないでもない。

 きっと俺ひとりが抵抗しても結果は同じ。

 あまり強いことは言えない。


「もし柿藤の謀反の証拠が出たらどうなる?」

「陛下は柿藤を追放して、別の領主を置くだろう。その後、東征が始まる」

「結局は止まらないってわけか」

「あきらめろ。弱者は、遅かれ早かれ強者に飲み込まれる。それに、戦いたくなければ降伏すればいい。恭順の意を示せば、陛下も寛大に扱ってくださる」


 俺に力さえあれば……。

 もちろんすでに人より戦闘力はある。

 だが、この程度ではダメだ。

 国を凌駕するほどの力でなければ……。


 *


 翌日、俺は仲間たちを帝都に残し、近隣の古代遺跡を訪れていた。

 電柱には「岐阜」とあった。

 まあそれはどうでもいい。


「庭師! 庭師はいるか!」

 俺は鬱蒼とした森の中、アテもなく声をかけた。

 声は反響することなく吸い込まれるように消え、すぐにしんとしてしまう。

 薄暗くて、空気もつめたく、この世界に自分しかいないような気分になる。

「庭師! 頼む! 返事をしてくれ!」


 すると物陰から、ぬっと黒い人影が姿を現した。

「何事です?」

 意外と早く反応してくれた。

 俺は思わずほっと息を吐いた。


「戦争を止めたい。力を貸してくれ」

「お断りします」

 一秒も考えることなく、庭師はそんなことを言った。

「なぜだ? 世界を再建するんだろ?」

「はい」

「なら、戦争を止めないと」


 だが、彼女の返事はこうだった。

「言ったはずです。余計なことは考えなくていいと」

「余計とはなんだ!」

「あなたは知らないでしょう。この千年、人類は各地で戦争を繰り返してきました。彼らの自由意志によって。つまり人が呼吸をし、家を持ち、子を育てるのと同じように、戦争もまた避けがたく始まるものなのです」

「本気で言ってんのか?」

「人はその悲惨さにうんざりしてから、初めてその行為をやめようと考えるでしょう。はるか未来の話になるとは思いますが」

 分かったような口ぶりで……。


 庭師の主張は嫌いだ。

 嫌いだが、反論もできなかった。


 戦争は、俺たちの時代にもあった。

 いくらでもその悲惨さが周知されていたにも関わらず。

 みんながやめようと言っていたにも関わらず。

 一人でも始めるものがいると、必ず巻き込まれるものが出た。その暴力は、当事者だけでなく、見ている人々まで傷つけた。

 憎しみが憎しみを生み、その連鎖は留まることがなかった。

 人類は、この地上から争いを一掃できたことがないのだ。


「頼む。庭師、なにか力を……。知恵でもいい。助けてくれ」

「……」

 返事はなかった。

 ただ、人影は消えなかったから、なにか思案してくれているらしい。


 やがて庭師の溜め息が聞こえた。

「あなたは愚かです。勝てもしない戦いに挑もうとしている」

「嘲笑してくれ。俺は先進的な考えの人間を、ずっと心のどこかでバカにしていた。この世から争いをなくすなんて、非現実的だって。なのに当事者になってから、初めて同じことをしようとしてる」

「ですがあなたが愚かであればこそ、そのレベルに見合った手段を提供できなくもありません」

「えっ?」

 あるのか?

 いったいそれは……。


 彼女の声は、じつに憂鬱そうだった。

「より大なる暴力で、戦いを止めるのです。遺跡の外に破壊兵器を転送します。それを使って、好きなだけ人間を蹂躙するといいでしょう……」

 それなら止まるだろう、きっと。

 俺の望んだ愚かな方法で。


(続く)

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