より大なるもの
帝都の中央にはコンクリートの都庁が置かれ、そこから街が広がっていた。
周囲には壁さえない。
四方に敵はなく、帝都はすでに安全であるという自信に満ちているようであった。
一般家屋はほぼ木造だが、ところどころにコンクリートの構造物が見られる。自分たちで開発したのか、それとも誰かが知恵を与えたのか、それは分からない。
「ここが『おいでやす帝国』の首都『岐阜』だ」
腕章をつけ、警備隊になりすました完蔵が、そう案内してくれた。
ギリギリまで渋っていたが、ついに俺たちの要求に応じ、護衛を引き受けてくれたというわけだ。
「岐阜? 京都じゃないのか?」
「勝手な名前をつけるな。ここは初代皇帝が建国する以前からずっと岐阜だ」
かつてどんな名前で呼ばれていたかは、古代遺跡の電柱を確認すれば分かる。
あとで見てみよう。
「キュウ坊、なにか食べたいものはないか?」
キュウ坊はジャージとスニーカー、ミリタリージャケット、ベースボールキャップ、それにサングラスといった古代ファッションで固めている。見るからに怪しいが、第九皇女には見えるまい。
「うーん。いっぱいあって迷っちゃう」
「そういうときは、片っ端から試すに限る。さいわい金ならいくらでもあるからな」
完蔵から「借りた」金だが。
茨もそわそわしてる。
「どこかにお兄ちゃんがいるのかな……」
こうしてすましていると、清楚なお嬢さんといった感じなのだが。
完蔵が舌打ちした。
「おい、勝手に移動するなよ。お前たちは三人もいるが、こっちは一人なんだからな。俺がカバーしきれる範囲内にいろ」
おっしゃる通り。
「おい、キュウ坊。ファミレスあるぞ、ファミレス」
「はみれす?」
「ウマいモンが食える場所だ」
帝都に住んでたクセに、ファミレスも知らないのか。
まあここでは箱入りのお嬢さまだったはずだし、庶民の店には入ったことがないのかもしれない。
木造平屋のファミレスだ。
大きな窓から光を入れて、オシャレな感じにしあがっていた。
「らっしゃーせー。何名様ですか?」
「四人です」
「こちらへどーぞー」
店員は、時代劇に出てくるような和装ではなく、ちゃんとファミレス店員の格好をしていた。
さすがにデカい都市だけあって、服にかける金もあるのだろう。
メニューは手書き。
さすがにプリンターは存在しないか、あったとしても電力がないのだろう。
「わー、すごい! いっぱいあるけどなにがなんだか分かんない!」
キュウ坊は食い入るようにメニュー表を覗き込んだ。
もちろん写真はない。
茨が脇からいろいろ説明し始めた。
ふと、渋い顔をしたままの完蔵が俺に話しかけてきた。
「そろそろ本当の目的を言え」
「しつこいな。観光だって言っただろ」
「信じられるかよ」
「ホントになにも隠してないんだから、聞かれても答えようがないよ」
仲間たちの日頃の疲れを癒してやりたかっただけだ。
完蔵にとってはいい迷惑だとは思うが。
なにせ、柿藤の謀反の件も、茨の兄の件も、どちらも頭打ちなのだ。
進展がない以上、こうして日常をエンジョイするほかない。
*
「んー! おいしかった! おなかいっぱい!」
店を出ると、キュウ坊は大の字になって背伸びした。
俺も少しもらったが、ホントにウマかった。アイスなんて食べたのは、いつ以来だろうか。
「あ、演劇だって。あれ見ようよ」
「賛成!」
茨が店を見つけると、キュウ坊もぴょんぴょんと跳ねた。
こんなに楽しそうだと、連れてきた甲斐もあるというものだ。
完蔵はゲッソリしている。
俺はぽんぽんと肩を叩いた。
*
夕刻、俺たちはそこそこ大きめの宿に部屋をとった。
いままでの安宿と違い、畳敷きだ。
「なぜ俺まで……」
完蔵も一緒だ。
「まあそう言うな。空気の読めない役人が乗り込んで来たとき、あんたがいなかったら困るんだよ」
「……」
反論できまい。
心当たりがあるはずだからな。
「はぁ、お兄ちゃんには悪いけど、今日という一日を満喫してしまったわ……」
「明日もいっぱい遊ぼうね!」
茨もキュウ坊も満足してくれたようだ。
しかしせっかく男装していても、この感じでは女の子にしか見えないな。バレなければいいのだが。
俺は四人分の茶をいれて、自分のをすすった。
熱い。
保温性のポットだ。
この世界は、江戸時代か、それ以前のように見えることもあるが、しばしば俺の知る「現代」の技術が現れる。誰かが古代遺跡から持ち出したのかもしれない。
「なあ、完蔵さんよ。柿藤の件はどうなったんだ?」
「いま仲間たちが工作中だ。お前のアイデアを借りた」
「ウソを流してるのか?」
「あれでだいぶ柿藤の動きがあわただしくなった。おそらくそのうちボロを出すだろう」
烏賊組はプロだ。俺たちが地道にやってたのとは違い、組織的に、効率的にウソを流していることだろう。理想的な展開だ。
「失礼します」
外から声がかかり、すっと戸が開いた。
和装の、旅館の従業員だ。
「柴三郎さまに、お手紙が届いております」
「俺?」
「差出人はタコ次郎さんだとか」
「はぁ」
封筒を差し出された。
戸を閉め、みんなのところへ戻ると、完蔵に封筒をひったくられた。
「仲間からの連絡だ」
「は?」
「名前を使わせてもらった。まさか俺の名前を使うわけにもいかんからな」
「……」
ホントなのか?
どこかの美女が俺に送ってきたファンレターだったらどうするんだよ。
完蔵は無遠慮に封筒を開き、中をあらためた。
「朗報だ。柿藤が動いたぞ。いま花田のところにいるらしい」
暗号だろうか。
中を覗き込むと、ヘタクソな絵が描かれているだけだった。
クソデカいタコが柿のようなものを食っている。周囲にはお花。フキダシには「おいしいよ」とあるだけ。
「なんでそれで分かるんだ?」
「教えるわけないだろ。とにかく、あと一息だ。この調子なら、明日の朝にはもう一通届くぞ」
「戦争になるのか?」
「さあな。東征の予定もあるし」
「は?」
聞き間違いか?
東征?
すると完蔵は、きょとんとした顔でこちらを見た。
「いまさらだろ。お前は知っててそれを止めに来たんじゃなかったのか?」
「悪いが初耳だ。東征? つまり俺のいた村を襲うってことだ。なぜそんなことをする?」
「ふん、しらじらしい。陛下は、花田と柿藤を東征に参加させるおつもりだった」
「すでにじゅうぶんな領地があるだろ」
「俺に言うな」
クソ野郎が。
なにが東征だ。
こんだけ豊かな街を作っておいて、さらに領地を欲しがるのか?
キュウ坊が不安そうに近づいてきた。
「村長さん、村のみんなが……」
「ああ」
助けてやる義理はない。
すでに滅んでいる可能性もある。
だが、こいつらのやり方は気に食わない。
完蔵はぐっと茶を飲み干した。
「帝国とはそういうものだ。征服によって拡大していく。俺の故郷もすでにない」
「あんたはそれでいいのか?」
「仮によくなかったらどうなんだ? 一人で抵抗したところで命をムダにするだけだ。幸いここは実力主義だからな。働けば働いただけ見返りがある。俺はそれで満足だよ」
「……」
気持ちは分からないでもない。
きっと俺ひとりが抵抗しても結果は同じ。
あまり強いことは言えない。
「もし柿藤の謀反の証拠が出たらどうなる?」
「陛下は柿藤を追放して、別の領主を置くだろう。その後、東征が始まる」
「結局は止まらないってわけか」
「あきらめろ。弱者は、遅かれ早かれ強者に飲み込まれる。それに、戦いたくなければ降伏すればいい。恭順の意を示せば、陛下も寛大に扱ってくださる」
俺に力さえあれば……。
もちろんすでに人より戦闘力はある。
だが、この程度ではダメだ。
国を凌駕するほどの力でなければ……。
*
翌日、俺は仲間たちを帝都に残し、近隣の古代遺跡を訪れていた。
電柱には「岐阜」とあった。
まあそれはどうでもいい。
「庭師! 庭師はいるか!」
俺は鬱蒼とした森の中、アテもなく声をかけた。
声は反響することなく吸い込まれるように消え、すぐにしんとしてしまう。
薄暗くて、空気もつめたく、この世界に自分しかいないような気分になる。
「庭師! 頼む! 返事をしてくれ!」
すると物陰から、ぬっと黒い人影が姿を現した。
「何事です?」
意外と早く反応してくれた。
俺は思わずほっと息を吐いた。
「戦争を止めたい。力を貸してくれ」
「お断りします」
一秒も考えることなく、庭師はそんなことを言った。
「なぜだ? 世界を再建するんだろ?」
「はい」
「なら、戦争を止めないと」
だが、彼女の返事はこうだった。
「言ったはずです。余計なことは考えなくていいと」
「余計とはなんだ!」
「あなたは知らないでしょう。この千年、人類は各地で戦争を繰り返してきました。彼らの自由意志によって。つまり人が呼吸をし、家を持ち、子を育てるのと同じように、戦争もまた避けがたく始まるものなのです」
「本気で言ってんのか?」
「人はその悲惨さにうんざりしてから、初めてその行為をやめようと考えるでしょう。はるか未来の話になるとは思いますが」
分かったような口ぶりで……。
庭師の主張は嫌いだ。
嫌いだが、反論もできなかった。
戦争は、俺たちの時代にもあった。
いくらでもその悲惨さが周知されていたにも関わらず。
みんながやめようと言っていたにも関わらず。
一人でも始めるものがいると、必ず巻き込まれるものが出た。その暴力は、当事者だけでなく、見ている人々まで傷つけた。
憎しみが憎しみを生み、その連鎖は留まることがなかった。
人類は、この地上から争いを一掃できたことがないのだ。
「頼む。庭師、なにか力を……。知恵でもいい。助けてくれ」
「……」
返事はなかった。
ただ、人影は消えなかったから、なにか思案してくれているらしい。
やがて庭師の溜め息が聞こえた。
「あなたは愚かです。勝てもしない戦いに挑もうとしている」
「嘲笑してくれ。俺は先進的な考えの人間を、ずっと心のどこかでバカにしていた。この世から争いをなくすなんて、非現実的だって。なのに当事者になってから、初めて同じことをしようとしてる」
「ですがあなたが愚かであればこそ、そのレベルに見合った手段を提供できなくもありません」
「えっ?」
あるのか?
いったいそれは……。
彼女の声は、じつに憂鬱そうだった。
「より大なる暴力で、戦いを止めるのです。遺跡の外に破壊兵器を転送します。それを使って、好きなだけ人間を蹂躙するといいでしょう……」
それなら止まるだろう、きっと。
俺の望んだ愚かな方法で。
(続く)




