再会 二
完蔵は座したまま、ひたいに汗をにじませていた。
「それでも……言えぬことはある……」
いまにもデカいのを漏らしそうな顔だ。
そこまで追い詰めるつもりはなかったのだが。
「そんなに重大な秘密なのか? せめてお兄さんが生きてるかどうかだけでも……」
「生きてはいる……。だが、俺に言えるのはそれだけだ……」
その瞬間、茨は魂の抜けそうなほど溜め息をつき、その場に崩れ落ちた。
どれくらい長いこと探し回っていたのかは分からないが、生きているというのは大きなニュースだ。少しは報われた気持ちだろう。
俺はうなずき、完蔵に向き直った。
「情報に感謝する。ではこちらもひとつ譲歩しよう。なぜ古代遺跡を自由に出入できるのか。これは技術じゃない。俺の固有の能力だ。たぶんな。なぜか悪霊とやらが襲ってこない」
「そんな話を信じろと?」
「信じてもらうしかない。もし疑うなら、今度俺と一緒に行けば分かる。ホントに襲ってこない。理由は俺にも分からないが……」
おそらく「神の眷属」というのが答えだが、いまこいつにその情報を開示するつもりはない。
納得していない様子だったが、俺は話を進めることにした。
「次。ここの領主についてだ。謀反の疑いがある」
「証拠は?」
「のちほど開示する。もし放っておけば面倒なことになるぞ。帰って皇帝陛下にお伝えするんだな」
「証拠がなければ、陛下とて動けぬぞ」
「特別な情報網から得た情報だ。いまはそれしか言えない」
すると彼は、またしても苦虫をかみつぶしたような顔を見せた。
「じつは我らもその件で動いていた。ここの領主である柿藤が、隣国の花田と結託し、皇帝の座を狙っているのではないかと」
その柿藤というのが、キュウ坊の配偶者だ。
俺たちが潰そうとしている相手。
こないだ壊滅したシンジケートの取引先というか、親玉でもある。
「皇帝直属の烏賊組が、いまだ証拠のひとつも見つけられないとはな」
「そういうお前たちはどうなのだ!?」
怒らせてしまった。
「デカい声を出すと店主に怒られるぞ」
「我らも必死に追っていたのだ。ところが手下の一人がしくじってな。シンジケートに捕まってしまった。そこでトラブルになっているうちに、柿藤は守りを固めて……」
「しかしある日、不穏な噂を広めている旅人が現れた。あんたはその足取りを追って、ここへ来た、と」
「そういうことだ」
目的は一致しているように思える。
「やはり手を組めると思うが」
俺がそう提案すると、しかし完蔵は険しい表情を見せた。
「話がウマすぎる」
「そうか?」
「帝国の分断を狙う刺客やもしれぬ。東から来たというのも怪しいしな」
「ウソだと思うなら足取りを追ってくれ。東に村がある。俺の名を尋ねればきっと知ってるはずだ」
自分たちで追い出した村長の名前を、たったの数週間で忘れるとは思えない。
いや、待てよ。
ずっと「村長さん」としか呼ばれてなかった気がするぞ。
「仮に外部からの刺客だとして、だ。本当に謀反を企ててるヤツを指弾して、なにか問題があるのか?」
「そうする動機がお前たちにはない」
「動機? 俺が根っからの善人で、危険薬物の撲滅を願ってるだけかもしれないぜ」
「ふざけるな!」
確かにふざけてるけど、いちいち怒らないで欲しいな。
「そっちだって特に困ることはないだろ」
「簡単に言うな。繊細な問題なんだ。柿藤はたしかに好人物とは言いがたい。第九皇女の失踪問題もある。だが、帝国への貢献は抜きんでているのだ。それを叩くとなると、相応の理由がいる」
結局は金の話なのかよ。
まあ分かってはいた。
シンジケートをつぶしたのも、麻薬撲滅のためではなく、部下のミスを取り返すためだったようだしな。
証拠、か……。
やはりそいつが必要になるようだ。
「たとえば、どんな証拠があれば動けるんだ?」
「手紙だ。それも花田か柿藤が書いたもの。それがなければ軍は動かん」
ムリだな。
領主の屋敷に入り込んで盗むしかない。いや、読んだ直後に焼却しているかもしれない。
手に入れるためには、届く直前でぶんどるしかない。
ウソをでっちあげて攻撃するという手もあるはずだが、皇帝はそれをしたくないようだ。いい金づるなんだろう。なんなら第九皇女の失踪も「貸し」にできる。娘の件には目をつむるから、今後も銭を上納するように、ということだ。
*
適当に話を切り上げ、完蔵は帰っていった。
だいぶ警戒されたから、きっと今後も監視されるだろう。
ヘタな動きはできない。
「村長さん、これからどうするの?」
キュウ坊が帽子をとり、手で髪を直し始めた。
なんとかバレずに済んだようだ。
「正直、手詰まりだ。あいつら、思ったより腰が重い。やっぱり証拠がないとムリってことだな」
「そうだね。さっきの人の話を聞いた限りだと、ボクが帝都に行っても同じだった気がする。だからもう、この件はおしまいでいいよ。なんか気が抜けちゃった。いろいろありがとね、村長さん」
キュウ坊の目的は、柿藤の謀略を報告すること。その点については達成できたのかもしれない。
のみならず、烏賊組の連中はその事実に感づいていて、なお及び腰だということが判明してしまった。皇帝が柿藤の資金に依存しているからだ。
「分かった。この件はいったん保留にしよう。となると次は、茨さんのお兄さんだが……。けっきょくこっちも烏賊組が絡んでるんだよな」
すると茨は肩をすくめた。
「帝都に行ってみない? 出頭しろって言われてたし」
「そういや出頭命令が出てたっけ。でもそれはいいんじゃないか? 出頭するまでもなく、あっちから接触してきたんだし」
「観光もしたい」
「でもキュウ坊が……」
帝都には、キュウ坊をよく知る人物がいる。
見つかったらマズい。
だが当のキュウ坊は平然としていた。
「ボク? 大丈夫じゃない? 変装完璧だったし」
「完璧じゃない。さっきはたまたまバレなかっただけだ」
「だったら、護衛つけてもらおうよ」
「護衛? 余計に目立つだろ。そんな金もないし」
まったくプランが読めない。
キュウ坊はにっと笑みを浮かべた。
「さっきの烏賊組の人に頼むの。あの人にだけこっそりボクの正体教えてさ」
「そのまま皇帝に知られることになるぞ。そしたら君は、領主のところへ逆戻りだ」
「弱みを握れば大丈夫」
「……」
タフに成長してくれるのは嬉しいが、本当に勝算があるんだろうな。
*
翌日、俺たちは手近な古代遺跡へやってきた。
マイナスイオンの満ちた森、というよりは、謎のエネルギーで保護されたエリアだ。
「入るぞ。一緒に来ないのか?」
俺は振り返り、そこらの茂みへ声をかけた。
すると俺が目をつけていたのとは別の茂みから、ばさと霧隠完蔵が現れた。忍装束が草まみれだ。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「うまく隠れるもんだな。そっちの茂みかと思った」
「話を聞け。いいか? 普通、こんなところに入ろうってのは、人生を終えようという人間だけだ。俺にそんな趣味はない」
「御託はいい。入るのか? 入らないのか? ハッキリしないなら置いてくぞ」
「待て。入る。だが心の準備が……」
面倒だから置いてくか。
俺たちが歩を進めると、完蔵は「おい待て」と駆け込んできた。
まあちょっとくらい離れても、俺がいれば大丈夫なのだが。
日差しも届かぬほどの暗い森。
だが見えないほどではない。
「本当か? 本当に襲ってこないのか?」
完蔵はやたらキョロキョロしている。
もちろん「悪霊」とやらはおとなしくしている。というかどこかに潜んだまま、姿さえ見せない。
「完蔵さんよ、せっかくだから散策して行かないか?」
「ほ、本当か!?」
「お土産も持って帰っていいぞ。ただし、これだけサービスするんだから、少しは協力してもらわないとな」
「なんだ? 棘のことなら言えぬぞ……」
かなり神経質になっているらしく、彼は身構えた。
だがまあ、これからするのは、棘どころの話じゃない。
俺が「キュウ坊」と合図すると、彼女はベースボールキャップをとった。
薄暗いこともあり、完蔵は「だからなんだ」という顔をしていた。
「第九皇女ココノエです」
「は?」
最初は半笑いだった。
ヘタクソなモノマネを見せられているような。
だが、その顔はすぐに固まった。
のみならず、かすかに震え始めた。
「ウ、ウソだろ……。そんなこと、あるはずが……。いや、しかし……。だとしたら……」
彼の中で、点と点がつながっている途中かもしれない。
しかしボンクラの可能性もあるから、キッチリ教えてやるとしよう。
「領主殿の謀反の話は、こちらのココノエ殿下から直々に聞かされた話だ。さすがに信じるよな? おっと待てよ。いま俺たちから離れたら、悪霊とやらに殺されるぞ」
「!?」
「もちろん彼女の正体は誰にも言うな。皇帝陛下にもな。俺たちだけの秘密だ。守れるよな?」
「お、お前……お前なぁ! 俺は……陛下直々の……」
「いやいや、なにも陛下をあざむこうってんじゃない。陛下のご意向と、殿下のご意向と、どちらも尊重したらこうなるってことだ。もちろん協力するよな? 俺たちは運命共同体だろ?」
「ちょっと待ってくれ。軽く吐きそう……」
素直なヤツだ。
「まあ深呼吸でもしてくれ。この清浄な森の空気を胸いっぱいに吸い込んで……」
「おろろろろっ」
「……」
(続く)




