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人造神話  作者: 不覚たん
極東編
11/39

再会 一

 街には翌日も滞在した。

 定食屋では「なんでも東のほうで皇女の死体が見つかったそうだ」と噂を流し、屋台では「皇帝がここの領主を疑っているらしい」などと吹き込んだ。

 まあ、この程度で状況を変えられるとは思わない。

 可能なら、もっと大規模に情報戦を仕掛けたいところだ。


 宿に戻ると、俺たちはそれぞれ腰を落ち着けた。

 実際やってみるとあまりに地味で、作戦と呼べるレベルでもない気がしてくる。


 茨が何度もこちらを見ているのに気づいた。

「茨さんよ、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれていいんだぜ。俺はこいつを完璧な作戦だとは思っちゃいないし、批判されるのにもなれてるつもりだ」

 批判に慣れてるどころか、苦情しか記憶にない。賞賛された過去もあったはずなのだが。まあそこは、俺という人間の性格なので仕方があるまい。


 茨は溜め息をつき、長い髪をかきあげた。

「違う。お兄ちゃんのこと思い出してたの」

「似てるのか?」

「似てない! ちっとも似てない!」

 兄のことになるとすぐムキになる。

「分かった分かった。ちっとも似てないんだな」

「けど、お兄ちゃんもね……。そういう作戦を立てるのが好きな人だったの」

「どこかに属してたのか?」

 俺はごく当然の質問をぶつけただけなのに、茨に睨まれてしまった。

「普通、そう思うよね……。でもね、お兄ちゃんはどこにも属してなかった。なのに勝手に作戦を立てて、いろんなところに持ち込んで、使ってくれって頼んでたの。よしゃいいのにさ」

「えぇっ……」

「それでウザがられて、どこもかしこも出禁になったわ」


 自業自得では!?

 いや、言うまい。

 言えば怒らせるだけだ。


 茨は「はぁー」と盛大に溜め息をついた。

「でね、ある組織に作戦を売りつけようとして、門前払いされたから、今度は敵対する組織に持ってったの」

「なかなかの蛮勇だな。で、どうなったんだ?」

「そのまま行方不明になった」

「……」

 まあ、そう、なる……だろうな。

 作戦を立てるのは結構だが、それをしたら自分がどうなるのかを考えることも必要だ。最初は「第三者」でも、首を突っ込んだ瞬間「当事者」になるのだから。


「どこの組織だ?」

「分かんない。でもたぶんだけど、最初に門前払いされたのが例のシンジケートだったから、次に行ったのはそこのライバル企業ってことになると思う」

「薬物でシノいでる連中か……」

 あのとき危険をおかしてシンジケートまでついて来たのは、それが理由か。

 スマイル・タウンで捕まっていたのも納得できる。


「つまり、あそこに居合わせた忍者みたいなヤツは、ライバル企業の刺客ってことか?」

 この問いに、茨は首をかしげた。

「分かんないわ。ライバル企業がどこのどいつなのか、じつはまだ把握してないの」

「なら、なぜ帝都に?」

「スマイル・タウンで聞いたから。お兄ちゃんらしき人物が、帝都に向かったって」

 そういうことか。

 情報としては弱い気もするが、他に手掛かりがないのなら仕方がない。


 ふと、黙って聞いていたキュウ坊が口を開いた。

「その企業のことは分からないけど、もしかするとあの忍者、お父さまが雇ってる烏賊組いかぐみかも」

「烏賊組?」

「裏でコソコソ汚れ仕事をやってる人たち」

「ほう」

 もしそれが事実だとしたら、皇帝は、領主殿の資金源を断とうとした可能性がある。

 俺が扇動せずとも、すでに動いている、か。


「皇帝がシンジケートを潰したのなら、俺たちにとってはいいニュースだ。キュウ坊、お父上は、君を救おうとしてる可能性があるぞ」

 明るい話題のはずだが、しかしキュウ坊は顔をしかめてしまった。

「どうせボクのためじゃないよ。お父さま、帝国のことしか考えてないもん」


 立場が立場だけに、たとえ皇帝であろうと、みずからの幸福だけを追求するわけにはいかないのかもしれない。

 キュウ坊もそのための犠牲になった。


「統治者ってのは、意外と自己を犠牲にしないと成り立たないものなんだろうな」

 慰めにもならないが、俺はそんなことを言った。


 ウマい思いをできるのは、統治者の周辺で甘い汁をすすってる連中だけだろう。その代わり彼らは、統治者の気分次第で首をハねられる可能性を得る。

 人間は一人では弱い。

 しかし人数が増えると、今度は仲間内での綱引きが始まる。

 どちらがいいのかは分からない。


 速く行くなら一人で行けばいい。

 遠くへ行くならみんなで行けばいい。


 そんなアフリカの言葉を思い出す。

 俺はこの言葉が好きだ。

 なぜなら、まず「自分がどうしたいのか」を選ばせ、その上で解決策を与えてくれるからだ。どちらかが正しくて、どちらかが間違ってるなんてことは言っていない。


 答えというものは、前提となる条件ごとに異なる。

 逆を言えば、前提条件が存在しないならば、答えもまた存在しない。

 なのに人は、誰かをだますとき、前提条件を伏せて、答えだけを迫ることがある。俺はこういうのには特に警戒している。


 *


 俺たちは帝都へ向かうのではなく、領内の街を回ることにした。

 古代遺跡で鍋を手に入れ、別の街へ移動しては売りさばく。

 街では情報収集を兼ねて風説の流布。

 そんなことを何度か繰り返した。


 その日も、俺たちは安い宿に部屋をとっていた。

 外では雨が降っていた。


「しとしと……」

 茨は寝そべって、憂鬱そうな顔で床を見つめている。


 キュウ坊も窓際で雨音を聞きながら、感傷にひたっている様子だった。

 いちおうは俺の作戦を受け入れてくれている。

 しかし納得しているのかどうか。


 気温はそれほどでもないのだが、湿度が高い。

 千年経ったくらいでは、この国から梅雨というものはなくならないらしい。


「あ、お客さん、困りますよ」

 階下から声がした。

 トラブルだろうか?

 何者かが近づいてきているらしく、ギッ、ギッと階段のきしむ音がした。


「誰か来るぞ」

 俺は念のため、床のベースボールキャップをキュウ坊へ投げた。


「失礼する」

 戸の前で男の声がして、こちらの返事も待たず部屋に入り込んできた。

 忍者のような黒装束。

 ただし顔は出している。


「誰だ?」

 俺はあえてそう尋ねた。

 だが初対面じゃない。シンジケートの本部で会った男だ。


 男はまず戸を閉め、部屋の中を見回し、小さく息を吐いた。

「忘れたのか? 麻薬シンジケートの本部で会っただろ」

「おぼえてるよ。けどあんたが忘れろって言ったからな」

「じゃあ『はじめまして』ってことにするか? 俺はとある組織の使いで、名を霧隠完蔵きりがくれかんぞうという。いくつか聞きたいことがあって来た」

 男はスッとその場に腰をおろした。

 顔立ちのシャープな、目つきの鋭い男だ。

 いきなり仕掛けてこないところを見ると、襲撃が目的ではないのだろう。わざわざ顔まで出しているくらいだ。


「なにが聞きたいんだ?」

「上からの命令で、ここ数日のお前たちの動向を追わせてもらった。不審な点が多すぎる」

 まあそうだろうな。

 少し調子に乗ってやりすぎた。


 完蔵は眉間にしわを刻み、こちらを見た。

「そもそも何者なのだ?」

「東のほうで村長をやってた柴三郎だ。追い出されたけどな。そっちは村で一緒だったキュウ坊。もう一人は途中で拾った茨さんだ。素性はよく知らない。互いに詮索しないのが俺たちのいいところでな」

「東というのは、どれくらい東だ?」

「スマイル・タウンよりもっと東だよ。地名は知らない。俺たちはただ村って呼んでた」

「帝国の管轄外だな。次は、旅の目的を聞かせてもらおう」

 目的、か。

 怪しまれないためにも、少し脚色したほうがいいだろう。


「どこか住めそうな場所を探してたんだ。こっちは活気があるし、モノが豊かでいい。だからどこかの街に落ち着けないかと思ってね。けど旅の途中で、ここの領主が皇帝の座を狙ってるって話を聞いたんだ」

「誰から?」

「誰? みんな言ってるよ。街で聞いてみるといい」

「お前たちが噂を流しているようにも見えたが」

「こっちは事実かどうか調べて回ってただけだ。もし戦争が始まるようなら、すぐにでも逃げなきゃならないからな」

 だんだん表情がカタくなっている。

 まったく信用していない感じだな。


 完蔵はさらにこう続けた。

「古代遺跡にも立ち入っていたな? あそこは危険な場所で、普通、足を踏み入れたら二度と戻ってはこれない場所だ。なのにお前たちは、まるでただの森のように出入りしていた。どうやった? あの悪霊を寄せつけぬ技術でもあるのか?」

 あの悪霊とか言われても、こちらはまともに見たこともないのだが。

 俺は肩をすくめてみせた。

「そりゃ商売上の秘密ってヤツさ。どこの誰だかも分からない相手に教えるわけにはいかない。特に、人の休憩中に、いきなり押し入ってくるようなヤツにはな」

 アポイントメントもナシにやってきて、一方的に質問をぶつけてきたのだ。印象がよくないことくらい分かるだろう。

 それに、情報はタダじゃない。


 完蔵が渋い表情でなにやら考え込んでいたので、俺は助け船を出してやった。

「ただ、もしあんたが手を貸してくれるっていうなら、こっちも考えを変えるかもしれない」

「手を貸す? この俺が? お前たちに?」

「イヤなら帰ってくれて構わないぜ。俺たちだって暇じゃない。危なそうなら別の場所へ行くだけだ」

 本当はわりと暇だし、帝都に用があるからよそへは行かないわけだが。


 完蔵はかすかに息を吐いた。

「言うだけ言ってみろ」

「じつは茨さんのお兄さんが行方不明でね。シンジケート絡みらしいんだが。なにか手掛かりはないかと思って」


 すると、ずっと寝そべっていた茨が身を起こした。

おどろって言うの。自分のこと策士だと思い込んでるひょろひょろの男。知らない?」

 このとき完蔵の眉がピクリと動いた。

 あきらかになにか知っている様子。

 だが彼はすぐに表情を消し、こう応じた。

「知らんな。力になれそうもない」


 ま、普通なら、ここで穏便にご帰宅願うところだ。

 しかし悪いクセが出て……。

 とにかく俺は、彼を追い詰めることにした。


「なあ、あんた、烏賊組の霧隠完蔵さんだよな? 自分でシンジケートをつぶしておいて、知らないってこたないだろ」

「!?」

「おっと動くなよ。この部屋には罠が仕掛けてある。俺はここに座ったままあんたを殺せるぞ」

 もちろんそんな罠はない。

 だが、衝撃波は使える。もし信じないなら少しビビらせてもいい。


「も、目的はなんだ……」

「目的? さっき言った通りだよ。ただお互い協力したいなと思ってるだけだ」

「やはり貴様なのだな、カラテで中野を倒したのは」

「そうだ。けど暴力は好きじゃない。こっちは身を守りたかっただけだ」

 しかもカラテではない。


 完蔵は歯噛みしている。

 ま、考える時間くらいは与えてやろう。

 どうせ結論は決まっているのだ。


(続く)

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