再会 一
街には翌日も滞在した。
定食屋では「なんでも東のほうで皇女の死体が見つかったそうだ」と噂を流し、屋台では「皇帝がここの領主を疑っているらしい」などと吹き込んだ。
まあ、この程度で状況を変えられるとは思わない。
可能なら、もっと大規模に情報戦を仕掛けたいところだ。
宿に戻ると、俺たちはそれぞれ腰を落ち着けた。
実際やってみるとあまりに地味で、作戦と呼べるレベルでもない気がしてくる。
茨が何度もこちらを見ているのに気づいた。
「茨さんよ、言いたいことがあるならハッキリ言ってくれていいんだぜ。俺はこいつを完璧な作戦だとは思っちゃいないし、批判されるのにもなれてるつもりだ」
批判に慣れてるどころか、苦情しか記憶にない。賞賛された過去もあったはずなのだが。まあそこは、俺という人間の性格なので仕方があるまい。
茨は溜め息をつき、長い髪をかきあげた。
「違う。お兄ちゃんのこと思い出してたの」
「似てるのか?」
「似てない! ちっとも似てない!」
兄のことになるとすぐムキになる。
「分かった分かった。ちっとも似てないんだな」
「けど、お兄ちゃんもね……。そういう作戦を立てるのが好きな人だったの」
「どこかに属してたのか?」
俺はごく当然の質問をぶつけただけなのに、茨に睨まれてしまった。
「普通、そう思うよね……。でもね、お兄ちゃんはどこにも属してなかった。なのに勝手に作戦を立てて、いろんなところに持ち込んで、使ってくれって頼んでたの。よしゃいいのにさ」
「えぇっ……」
「それでウザがられて、どこもかしこも出禁になったわ」
自業自得では!?
いや、言うまい。
言えば怒らせるだけだ。
茨は「はぁー」と盛大に溜め息をついた。
「でね、ある組織に作戦を売りつけようとして、門前払いされたから、今度は敵対する組織に持ってったの」
「なかなかの蛮勇だな。で、どうなったんだ?」
「そのまま行方不明になった」
「……」
まあ、そう、なる……だろうな。
作戦を立てるのは結構だが、それをしたら自分がどうなるのかを考えることも必要だ。最初は「第三者」でも、首を突っ込んだ瞬間「当事者」になるのだから。
「どこの組織だ?」
「分かんない。でもたぶんだけど、最初に門前払いされたのが例のシンジケートだったから、次に行ったのはそこのライバル企業ってことになると思う」
「薬物でシノいでる連中か……」
あのとき危険をおかしてシンジケートまでついて来たのは、それが理由か。
スマイル・タウンで捕まっていたのも納得できる。
「つまり、あそこに居合わせた忍者みたいなヤツは、ライバル企業の刺客ってことか?」
この問いに、茨は首をかしげた。
「分かんないわ。ライバル企業がどこのどいつなのか、じつはまだ把握してないの」
「なら、なぜ帝都に?」
「スマイル・タウンで聞いたから。お兄ちゃんらしき人物が、帝都に向かったって」
そういうことか。
情報としては弱い気もするが、他に手掛かりがないのなら仕方がない。
ふと、黙って聞いていたキュウ坊が口を開いた。
「その企業のことは分からないけど、もしかするとあの忍者、お父さまが雇ってる烏賊組かも」
「烏賊組?」
「裏でコソコソ汚れ仕事をやってる人たち」
「ほう」
もしそれが事実だとしたら、皇帝は、領主殿の資金源を断とうとした可能性がある。
俺が扇動せずとも、すでに動いている、か。
「皇帝がシンジケートを潰したのなら、俺たちにとってはいいニュースだ。キュウ坊、お父上は、君を救おうとしてる可能性があるぞ」
明るい話題のはずだが、しかしキュウ坊は顔をしかめてしまった。
「どうせボクのためじゃないよ。お父さま、帝国のことしか考えてないもん」
立場が立場だけに、たとえ皇帝であろうと、みずからの幸福だけを追求するわけにはいかないのかもしれない。
キュウ坊もそのための犠牲になった。
「統治者ってのは、意外と自己を犠牲にしないと成り立たないものなんだろうな」
慰めにもならないが、俺はそんなことを言った。
ウマい思いをできるのは、統治者の周辺で甘い汁をすすってる連中だけだろう。その代わり彼らは、統治者の気分次第で首をハねられる可能性を得る。
人間は一人では弱い。
しかし人数が増えると、今度は仲間内での綱引きが始まる。
どちらがいいのかは分からない。
速く行くなら一人で行けばいい。
遠くへ行くならみんなで行けばいい。
そんなアフリカの言葉を思い出す。
俺はこの言葉が好きだ。
なぜなら、まず「自分がどうしたいのか」を選ばせ、その上で解決策を与えてくれるからだ。どちらかが正しくて、どちらかが間違ってるなんてことは言っていない。
答えというものは、前提となる条件ごとに異なる。
逆を言えば、前提条件が存在しないならば、答えもまた存在しない。
なのに人は、誰かをだますとき、前提条件を伏せて、答えだけを迫ることがある。俺はこういうのには特に警戒している。
*
俺たちは帝都へ向かうのではなく、領内の街を回ることにした。
古代遺跡で鍋を手に入れ、別の街へ移動しては売りさばく。
街では情報収集を兼ねて風説の流布。
そんなことを何度か繰り返した。
その日も、俺たちは安い宿に部屋をとっていた。
外では雨が降っていた。
「しとしと……」
茨は寝そべって、憂鬱そうな顔で床を見つめている。
キュウ坊も窓際で雨音を聞きながら、感傷にひたっている様子だった。
いちおうは俺の作戦を受け入れてくれている。
しかし納得しているのかどうか。
気温はそれほどでもないのだが、湿度が高い。
千年経ったくらいでは、この国から梅雨というものはなくならないらしい。
「あ、お客さん、困りますよ」
階下から声がした。
トラブルだろうか?
何者かが近づいてきているらしく、ギッ、ギッと階段のきしむ音がした。
「誰か来るぞ」
俺は念のため、床のベースボールキャップをキュウ坊へ投げた。
「失礼する」
戸の前で男の声がして、こちらの返事も待たず部屋に入り込んできた。
忍者のような黒装束。
ただし顔は出している。
「誰だ?」
俺はあえてそう尋ねた。
だが初対面じゃない。シンジケートの本部で会った男だ。
男はまず戸を閉め、部屋の中を見回し、小さく息を吐いた。
「忘れたのか? 麻薬シンジケートの本部で会っただろ」
「おぼえてるよ。けどあんたが忘れろって言ったからな」
「じゃあ『はじめまして』ってことにするか? 俺はとある組織の使いで、名を霧隠完蔵という。いくつか聞きたいことがあって来た」
男はスッとその場に腰をおろした。
顔立ちのシャープな、目つきの鋭い男だ。
いきなり仕掛けてこないところを見ると、襲撃が目的ではないのだろう。わざわざ顔まで出しているくらいだ。
「なにが聞きたいんだ?」
「上からの命令で、ここ数日のお前たちの動向を追わせてもらった。不審な点が多すぎる」
まあそうだろうな。
少し調子に乗ってやりすぎた。
完蔵は眉間にしわを刻み、こちらを見た。
「そもそも何者なのだ?」
「東のほうで村長をやってた柴三郎だ。追い出されたけどな。そっちは村で一緒だったキュウ坊。もう一人は途中で拾った茨さんだ。素性はよく知らない。互いに詮索しないのが俺たちのいいところでな」
「東というのは、どれくらい東だ?」
「スマイル・タウンよりもっと東だよ。地名は知らない。俺たちはただ村って呼んでた」
「帝国の管轄外だな。次は、旅の目的を聞かせてもらおう」
目的、か。
怪しまれないためにも、少し脚色したほうがいいだろう。
「どこか住めそうな場所を探してたんだ。こっちは活気があるし、モノが豊かでいい。だからどこかの街に落ち着けないかと思ってね。けど旅の途中で、ここの領主が皇帝の座を狙ってるって話を聞いたんだ」
「誰から?」
「誰? みんな言ってるよ。街で聞いてみるといい」
「お前たちが噂を流しているようにも見えたが」
「こっちは事実かどうか調べて回ってただけだ。もし戦争が始まるようなら、すぐにでも逃げなきゃならないからな」
だんだん表情がカタくなっている。
まったく信用していない感じだな。
完蔵はさらにこう続けた。
「古代遺跡にも立ち入っていたな? あそこは危険な場所で、普通、足を踏み入れたら二度と戻ってはこれない場所だ。なのにお前たちは、まるでただの森のように出入りしていた。どうやった? あの悪霊を寄せつけぬ技術でもあるのか?」
あの悪霊とか言われても、こちらはまともに見たこともないのだが。
俺は肩をすくめてみせた。
「そりゃ商売上の秘密ってヤツさ。どこの誰だかも分からない相手に教えるわけにはいかない。特に、人の休憩中に、いきなり押し入ってくるようなヤツにはな」
アポイントメントもナシにやってきて、一方的に質問をぶつけてきたのだ。印象がよくないことくらい分かるだろう。
それに、情報はタダじゃない。
完蔵が渋い表情でなにやら考え込んでいたので、俺は助け船を出してやった。
「ただ、もしあんたが手を貸してくれるっていうなら、こっちも考えを変えるかもしれない」
「手を貸す? この俺が? お前たちに?」
「イヤなら帰ってくれて構わないぜ。俺たちだって暇じゃない。危なそうなら別の場所へ行くだけだ」
本当はわりと暇だし、帝都に用があるからよそへは行かないわけだが。
完蔵はかすかに息を吐いた。
「言うだけ言ってみろ」
「じつは茨さんのお兄さんが行方不明でね。シンジケート絡みらしいんだが。なにか手掛かりはないかと思って」
すると、ずっと寝そべっていた茨が身を起こした。
「棘って言うの。自分のこと策士だと思い込んでるひょろひょろの男。知らない?」
このとき完蔵の眉がピクリと動いた。
あきらかになにか知っている様子。
だが彼はすぐに表情を消し、こう応じた。
「知らんな。力になれそうもない」
ま、普通なら、ここで穏便にご帰宅願うところだ。
しかし悪いクセが出て……。
とにかく俺は、彼を追い詰めることにした。
「なあ、あんた、烏賊組の霧隠完蔵さんだよな? 自分でシンジケートをつぶしておいて、知らないってこたないだろ」
「!?」
「おっと動くなよ。この部屋には罠が仕掛けてある。俺はここに座ったままあんたを殺せるぞ」
もちろんそんな罠はない。
だが、衝撃波は使える。もし信じないなら少しビビらせてもいい。
「も、目的はなんだ……」
「目的? さっき言った通りだよ。ただお互い協力したいなと思ってるだけだ」
「やはり貴様なのだな、カラテで中野を倒したのは」
「そうだ。けど暴力は好きじゃない。こっちは身を守りたかっただけだ」
しかもカラテではない。
完蔵は歯噛みしている。
ま、考える時間くらいは与えてやろう。
どうせ結論は決まっているのだ。
(続く)




