表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人造神話  作者: 不覚たん
極東編
1/39

それから千年が経った

 かつてビル街であった場所は、いまや鬱蒼とした森のようになっていた。

 緑に侵食された古代遺跡だ。

 日の光さえ届かない。

 神にすべてを奪われて以来、文明はいまだ回復していない。


「ねえ、昔話してよ」

「昔?」

「千年前でも、五百年前でもいいからさ」

「……」


 俺は旅をしていた。

 いや、旅などとカッコつけるのはよそう。

 目的地もない、ただの放浪だ。

 つい最近、自分で作った村を追い出されたばかり。

 かつて助けた小柄な少女だけが、なぜか一緒についてきた。


 俺は「そこに座ろう」と杖で指した。

 かつて縁石であったもの。

 道の大半は土と草で覆われていたが、縁石だけはしぶとくその場に姿を現していた。きっと手すりもあったはずなのだが、すでに錆びてしまって跡形もない。


「じゃあ、千年前の話をしよう」

「うん」

 目のくりくりとした、ショートヘアの少女。

 いっぺん貸しただけの俺のミリタリージャケットを、まったく返す気配もなく、自分のもののように着用している。

 いちおう男装しているつもりらしいが、どこからどう見ても女だ。


「こういう街には、むかし、人が住んでたんだ。電気があってな。いろんなものが、それで勝手に動いてた」

「うん」

 何度もした話だが、それでも彼女は興味津々といった様子でこちらを見つめてくる。


 俺は、しかし視線を街へやった。

 崩落しているものもあるが、残っているものもある。

 かなりの建築技術だ。

 あれから幾度となく自然災害が襲ってきたというのに。


「電気で光って、電気で喋って、店に誘導するんだ。店にはいろんな商品が並んでた」

「それも電気で動くんだよね?」

「食べ物以外はな」

「ねえ、村長さんは神の眷属なのに、電気の魔法は使えないの?」


 神の眷属――。

 神から能力を授かった数名の人間のことだ。

 中には天使を自称するものもいた。

 俺に言わせれば、過剰な暴力を備えただけの人間でしかないが。

 もしまだ生きていれば、この地上のどこかで人間たちを支配していることだろう。


「知ってると思うが、俺の力は、モノを壊す以外に使い道がない」

「ジャマな岩とか壊してたよね? みんな助けてもらってたはずなのにさ」

「彼らにも彼らの考えがあったんだ。俺はそれを理解したから、村を出た。もう村長じゃない」

「そんなことないよ。いまでもボクの村長さんは、村長さんだけだよ」


 素直でかわいい子だ。

 しかし会ったばかりのころ、彼女は野良犬のように他者を警戒していた。

 髪はボサボサで、薄汚れていて、男か女かも分からなかった。

 いや、彼女だけじゃない。俺が村に集めたのは、ほとんどがそんな人間ばかりだった。行き場を失い、明日をも知れない人間たち。

 皆、どこか遠くから逃れてきたのだろう。

 あえて事情は聞かなかった。

 俺は安全を提供し、ともに働き、村を大きくしていった。


 主食はイモだ。

 麦も育てた。

 スズメやイナゴ、ネズミ、イノシシなんかと戦ってきた。

 水を引き、ニワトリを飼い、誰もが満足に食っていけるようになった。


 少女は首をかしげた。

「ね、ほかには? 電気で移動して遠くに行けたんでしょ?」

「まあな。油も燃料に使った。普段料理に使ってるようなのじゃなくて、もっと火力の出るヤツだ」

「空も飛べたんだよね?」

「ああ」

「すごいよ! ボクもいつか乗ってみたいな。ね、村長さん、それ作ってよ。ボク、油集めるからさ」

「ムリ言うなよ。そういうのは、頭のいいヤツじゃないと作れないんだから」


 もちろんだが、俺は飛行機を作れるほど賢くない。

 村では水力発電も試みたが、うまくいかなかった。小型水車はかろうじて作れたが、磁石が手に入らなかった。そもそも製鉄技術さえ導入できなかった。

 たとえ千年生きようが、凡人は凡人のままということが痛いほどよく分かった。


「なあ、キュウ坊。俺についてきて後悔してないか?」

 すると彼女は、ぷうと頬を膨らませた。

「その呼び方やめて!」

「悪かった。キュウ太郎だったな」

「キュウ太!」

 本名かどうかは知らない。

 ただ、彼女が自分で名乗っている以上、それを信じるしかない。


「村にいたら、メシの苦労もなかったし、野宿だってしなくて済んだろう」

「ボク、嫌だよ。あんな村。村長さんのこと追い出すなんて。これって『恩を仇で返す』ってことでしょ?」

「まあそうだな。けど、流れでそうなったんだ」

「なんだよ、流れって。村長さん、お人好しすぎるよ」


 きっかけは些細な衝突だった。

 我が村から数キロ離れたところに、新しい村ができたのだ。すると縄張りに土足で入り込んできたとかで、その村の連中といさかいになった。

 何度も繰り返しているうち、口論から、やがて暴力沙汰に発展した。

 抗争は激化した。

 俺は何度も仲裁を試みたが、そのたびに破談になった。やがて我が村の住民は、俺を担いで「戦争」しようとし始めた。戦えば勝つことが分かり切っているから、安易な手段に訴えようとしたのだ。

 だが俺は、我が村の防衛には参加したが、相手の村に乗り込むことはしなかった。


 シビレを切らした男たちが、何度も決闘に出かけて行った。

 勝つこともあれば負けることもあった。

 被害が深刻になってくると、住民たちは俺に怒りをぶつけ始めた。

「リーダーシップがない」

「肝心なときに役に立たないのになにが村長だ」

 しかし俺は反論しなかった。

 飽きるほど見た光景だ。


 やがてどちらの村も戦いに疲弊し、休戦することになった。

 相手の村は、二度と縄張りに入り込まないことを約束した。

 その代わり、我が村は、村長の追放を受け入れた。


 俺が決めたわけではなく、住民が勝手に約束したことだが……。きっと彼らの総意であろうと判断し、素直に身を引くことにした。

 もちろん俺は聖人君子ではないから、その結果どうなるのかをなんとなく察しながらも。


「ねえ、村長さん。ボク、村長さんのことは立派な人だと思ってる。でも、なんで戦わなかったの? 戦えば勝てたのに」

 素直でいい子なのは間違いないが、この質問だけはうんざりする。

 俺は溜め息をなんとか呼吸で逃しながら、こう応じた。

「巨大な力が、人類を滅ぼすのを見たからだ」

「敵が死ぬのもイヤなの?」

「いいや。誰が死のうが知ったこっちゃない。何度も言ってる通り、俺は善人じゃないからな。それがたとえ仲間であろうと、本人が戦って死にたいと願っているなら、しいて止めるつもりはない。それに、俺を追い出したら、あの村は滅ぶに決まってる。敵のほうが強かったんだから」

 俺がそう告げると、彼女はぎょっとした顔になった。

「えっ? でも、もう二度と縄張りに入ってこないって約束じゃ……」

「その約束が本当に守られればいいけどな」

「……」


 我が村が負けなかったのは、俺がいたからだ。

 敵を片っ端から衝撃波でぶちのめした。

 だが、俺がいなくなれば、戦いには勝てなくなるだろう。


 千年も生きていると、こんなことは一度や二度ではなかった。

 人々は、俺のことを便利な道具みたいに使い始める。

 スイッチを入れるだけで、ジャマなモノを破壊する装置のように。

 期待通りに駆動しないと怒る。


 最初のころは、俺も英雄気取りで「無双」したものだ。

 殺せば殺すほど人々から賞賛された。

 だが所詮は道具。

 権力の象徴に仕立てあげられ、小ずるいヤツばかりがすり寄って来た。中には、俺の名を使って悪さをするヤツまで現れた。

 おおもとは俺の善意による無料サービスなのに、勝手にウマい商売にされたのだ。

 だから必要なとき以外、俺は手を出さなくなった。

 いらないと言われればいつでも去る。


 キュウ坊はおびえた顔をしていた。

「あ、あの、ボク、どうすれば……」

「放っておけばいい。彼らは自分たちで決断したんだ。その結果も受け入れるべきだろう」

「助けないの?」

「まだ滅ぶと決まったわけじゃない。約束は守られるかもしれないしな。それに、いま戻っても、きっとイヤな顔をされるだけだろう。サヨナラしたばかりなんだからさ」


 いま人類は、弓矢と棒切れで戦っている。

 しかし世界のどこかでは、銃が再発明されているかもしれない。

 なにせいまを生きる人々は文明のない世界で生まれ育ったが、俺たち神の眷属は文明のもとで教育を受けてきたのだ。知識はある。少なくとも知識の片鱗は。そのうち飛行機が飛んできてもおかしくはない。

 村と村との小規模なケンカではなく、大規模な戦争が起きる可能性だってある。

 どこかの神の眷属が、銃で武装して乗り込んでくるかもしれない。


 俺たちに能力を授けた神は、すでにこの世にいない。

 断言できる。

 なぜなら俺たちは、死の瞬間を見たのだ。

 高い高い鋼鉄の塔の頂上――。

 いざ団結して世界を再建しようというとき、それは起きた。


(続く)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ