第11話 3つの宝冠
「レオね、分かった。ところで、あなたは騎士?」
「……そうだ」
レオは悲し気に目を伏せる。悔しいが、その様子すら様になっている。
「何かあったの?」
思わずマイアは同情するように聞いてしまったが、レオは話すのを躊躇っている。
「教えて下さい。今、騎士の中で何が起きているんですか? 急に魔女のクランを襲撃したり、魔女を執拗に追いかけてきたり……」
「君は、魔女が騎士のクランで何をしたのか知らないのか?」
魔女と騎士はお互い驚いた顔をする。
「とりあえず、お互い知らなきゃいけないことがあるみたいね」
マイアの言葉にミミとレオが頷く。3人は適当な石に腰かけた。
「始まりは、1人の若い魔女が騎士団長の元にやってきたことだった」
苦い顔でレオが話始めた。
「その魔女が言うには、魔女の中に"青冠"を盗み出そうと企てている者がいる、と言ってきた」
「"青冠"を!?」
ミミが今までにない程驚いた声を上げる。
「アズ……なに?」
聞いたことのない単語に、マイアは首を傾げた。
「魔女のくせに宝冠を知らないのか?」
「私、魔女じゃないからね。 ついでに言えば、ここの世界の住人でもないし」
「……?」
レオの顔に困惑が浮かぶのを見て、マイアは軽く手を振る。
「ま、私の話は良いわ。それで、その宝冠って何?」
「賢人よりそれぞれのクランに賜った宝冠のことだ。騎士の"青冠"、魔女の"赤冠"、哲学者の"白冠"」
「つまり、価値ある宝ってこと?」
「……物凄く大まかに言えばそういうことだ」
マイアの身も蓋もない言葉にレオが苦い顔をする。
「で、騎士達はその話を信じたの?」
「……騎士団長とその魔女が"青冠"が失くなっていることを確認したからな。それで、奪い返さねばという話になった」
「まさか、それで魔女の森を焼いたんですか?」
「そうだ」
レオの言葉を聞いて、マイアが呆れたように額に手を当てた。
「その段階に行く前に、もっと他にやれることあったわよね……」
話し合いとか、交渉するとか。何でいきなり襲撃なの?
「それは……あの魔女が森を焼き、魔女達を炙り出して捕えて尋問すれば良い、と助言したからだ」
「その魔女が本当のことを言っているかも分からないのに、いきなりそんなことを……?」
ミミも困惑を隠せない。
「もちろん騎士の中には懐疑的な者はいた。だが……騎士団長は魔女の助言に従うと……」
レオの顔に苦悶が広がる。その姿を見れば、彼が騎士のクランにやって来た魔女を信じていないのは間違いない。
「そして、騎竜使いに森を焼かせた」
「あの火を吹いてた竜……騎士達は竜を操れるのですか?」
ミミは森の中で煙の合間に見えた火竜の姿を思い出す。家を焼いたあの炎を。
「ああ。竜の仔を捕えて、調教してな」
「そうなんですね……」
「ちょっと、聞いても良い?」
マイアが軽く手を上げる。
「何だ?」
「何でしょう?」
「その3つの宝冠って、何か物凄い力があるとか、何かの効果があるものなの?」
2人は目を瞬かせる。
「はぁっ?」
「何でそんなことを?」
「だって、盗むからには何か価値があるってことでしょ? まさか、貴重だからっていうだけで他所のクランから宝冠盗むかな、って思って。熱狂的な骨董品コレクターとかならともかく。そうでないなら、魔女のクランにも”赤冠”があるのに盗む必要ある?」
それにこういうのって、やっぱり秘めた力とか持ってるのが定番じゃない?
「……他の宝冠は知らんが、少なくとも”青冠”には、そんな話は聞いたことはない。そもそも、”青冠”は騎士団長が新たに就任する際に、就任式に儀礼的に身に着けるだけのものだ」
「”赤冠”もそうです。大魔女の位に着く者が被るものとされています」
「だとしたら、きっと”白冠”も似たような用途で使われていると考えるのが妥当よね。じゃ、3つ揃ったらどう? 何かヤバい魔物が解放されるとか、何か凄い力を得られるとか……」
レオが不審そうにマイアを見る。
「何でそう、おかしなものを付与したがるんだ、宝冠に」
「いや、それ以外に魔女が宝冠欲しがる理由が分からないじゃない。ただ単に被りたいだけなら、”赤冠”の方が欲しいでしょ、魔女的には」
出ても居ない甲子園の土を貰っても困るもんね。感心はするかもしれないけど、欲しいかと言われれば、いいえ、である。
「確かに、大魔女の証である”赤冠”なら被ってみたいと思うのは、魔女ならおかしくないですけど……”青冠”が欲しいかと言えば、別に……」
魔女としては、そもそも”青冠”は眼中にないのが普通だと、ミミは思った。
「でしょう? だとしたら3つ揃えることに意味があるんじゃないの? 騎士達に森を焼かせ魔女を捕縛させたのは、森をがら空きにする為だとしたら……」
「!!」
ミミの顔に驚愕が広がる。
「そうなれば、森の中を探し放題で、めでたく”赤冠”をゲットよ」
「つまり、そのために騎士達は都合の良い駒にされた訳か……」
「まぁ、でもこれは全部ただの推測だけど……告げ口をしに来た魔女、相当怪しいと思うわ」
「やはりあの魔女っ!」
レオがぎりぎりと悔しそうに歯軋りした。
「それで、レオはどうしてここに倒れてたの?」
「騎士の中にだって、騎士団長と魔女のやり方に疑問を持つ者が居なかったわけじゃない」
「レオはその1人ってわけね」
眉間に皺を寄せ、マイアの言葉にレオは頷く。
「魔女の正体を探ろうとしていたんだが、捕まった……」
レオは苦しそうに言葉を紡ぐ。
「何が起きたのかよく分からない……散々他の騎士達に痛めつけられ、朦朧とした意識の中でその魔女が奇妙に笑っていたことだけは覚えているが……」
「では、その魔女がレオをここへ飛ばしたということでしょうか……」
「十中八九そうなんじゃない? 邪魔者を消したってことでしょ」
「……今思えば、騎士団長も様子がおかしかった。言葉で悪戯に騎士達を煽り立てていて、そんなことをされる様な方では無いはずなのに。他の騎士達もどこか熱に浮かされているように争いを望むようになっていった」
「その魔女が洗脳してるってこと?」
マイアが嫌そうな顔をした。
「その可能性はあるだろうな、残念ながら」
一体どんな魔女なのよ、その魔女。人を操るのが得意なのかしらね。
マイアが魔女の正体を考えていると急にミミが立ち上がった。
「獣笛の魔女……!」
「ミミ、どうしたの?」
「私達が逃げるとき、白い狼がやってきて騎士を襲いましたよね?」
「覚えてるわ。それで逃げ切れたようなものだし」
「私達はそれで星読台に行って、哲学者のクランへ逃れました。けれど結果として、騎士達に哲学者のクランへ来る口実を与えてしまったのでは……」
思えば違和感はあった。ミミはあの夜のこと思い出す。白い狼はミミやマイアを襲わず、騎士を狙って襲っていた。
獣笛は呼び寄せた獣を一時的に言うことを聞かせる術であるが、その獣が持つ能力以上のことは出来ない。
獣笛で呼ばれただけの野生の狼に、果たして騎士とそうでない者の区別がつくのか。それがミミの引っかかっているところであった。
あれは、もしかしたら本物の狼ではないのかもしれない。
「”白冠”を得るために、君達をわざと放したか……」
「待ってよ。確かに星読台には行ったけど、それは結果的にであって。確実に星読台に逃げ込むとは限らないんじゃ」
「哲学者のクランに逃げ込んだ可能性がある、という状況さえ造り出せれば言い訳は立つ。実際の目的は”白冠”だとすればな」
「だとしたら、もうヤバいかも……」
マイアは口に手を当てる。自分達は騎士が来たから逃げたのだ。
「今頃、捜索が始まってるかもしれないわ」