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夜散歩  作者: 黒羽カラス
4/5

第4夜 お兄ちゃん

 黒いTシャツにベージュのオーバーオールを合わせた。野球帽に伸ばした手は途中で引っ込めてブラウンのチューリップハットを被る。

「うん、可愛い」

 ギリギリで男子にも見える、と思う。リュックは部屋の隅でお留守番。財布は胸にあるポケットに入れた。

 うきうきした気分で自分の部屋を抜け出す。物音一つしない。廊下の隅を歩いて玄関に向かう。


 ドアの開く音がした。


 ほぼ同時にわたしは動きを止めた。意識した笑みで後ろを振り返るとお兄ちゃんが立っていた。パジャマではなくて赤いランニングシャツにジーパン姿だった。

 じっと見ているとお兄ちゃんは目を逸らした。ツーブロックの髪を手で撫で付けると前の方を指さした。

 頷いたわたしは玄関に急ぐ。お兄ちゃんは後から付いてきた。並んで靴を履いて一緒に外に出た。

 家の前の道で改めて向き合う。

「お兄ちゃんも夜の大冒険に出掛けるんだね」

「違う」

 一言で歩き出す。わたしは横に並んだ。歩幅が違うせいで軽いジョギングになった。

「お兄ちゃん、また身長が伸びた? 髪型のせいなのかな」

「184になった」

「4センチも伸びたんだ。やっぱり背が高いと世界が違って見えるのかな。わたしは152だからすごく気になる」

 お兄ちゃんは足を緩めた。こちらに顔を傾けて切れ長の目を更に細くした。わたしはオーバーオールの太腿の生地を摘まんでパンツルックを強調する。

「……肩車はしない」

「えー、期待したのにぃ。誰もいないし、恥ずかしくないでしょ。わたしなら平気だよ」

「……俺が恥ずかしい」

 髪に手を当てて足を速める。わたしは小走りで横に付いた。

「今更なんだけど、どこに行くの?」

「コンビニ」

「お兄ちゃん、甘い物は苦手だよね。お菓子の線はないからカップ麺かな。近所のコンビニにはイートインコーナーがないから家で食べることになるんだけど、手作りにこだわるお母さんに見つかるとマズイんじゃないの」

「目覚ましの単一電池」

 前を向いたまま、ぽつりと口にした。思い出した瞬間、頭の中でジリリリンと甲高い音が鳴り響く。

「あれねー。すごい音だから、わたしの部屋まで聞こえるんだよねぇ。スマホの目覚ましにする気はない?」

「無理、起きれない」

「それならわたしが起こして、あげられないんだよね」

「俺より寝るし」

 お兄ちゃんの目が優しくなる。笑っているのかもしれない。

 二車線の道路に出た。お兄ちゃんは迷わなかった。煙草の箱のような店舗に向かう。わたしは胸のポケットに手を当てた。


 今日は財布があるからお客さんになれる。


 暗い店舗を通り過ぎて光り輝くコンビニに到着した。前に見た時と同じで駐車スペースに車はなかった。隅の方に一台のママチャリが置いてある。

 お兄ちゃんが入る前に中年男性が店から出てきた。膨らんだビニール袋を提げていてカップ麺の一部が覗いていた。目にした途端、いつか食べたカレー味が口の中に広がる。


 買う物が決まった。


 お兄ちゃんの後ろに付いて店舗に足を踏み入れた。雑誌コーナーを風のように通り過ぎる。飲み物には見向きもしない。正面に見える奥の棚に突っ込んだ。

 数々のカップ麺に両側から押されて肩身が狭い。そんなほっそりした1個を手に取った。英語の名前が湯気のように揺らいでいる。単数形なのが少し気になった。麺は複数だからヌードルの後ろには『s』を付けた方がいいと思う。意見を求めようと周りを見て気付いた。

「あれ、お兄ちゃん?」

 速足で店舗を巡るとレジにいた。会計が始まる前に単一電池の横にカップ麺を置いた。

 お兄ちゃんは目で問い掛ける。わたしは飛び切りのスマイルを返した。

「ご一緒でよろしいでしょうか」

 レジの男性がお兄ちゃんに向かって言った。

「……はい」

 わたしは先に外に出た。明るい店舗に背中を向ける。視線を上にやると綻びのような星が見えた。

「奢るつもりはない」

「えー、わたしのスマイルは0円なの?」

 振り返ったわたしに手を突き出す。掌が催促するように上下に動いた。金運線はかなり短い。

「なーんてね。ちゃんと財布は持ってるよ。だから心配しないで」

 胸ポケットから財布を取り出し、中を広げた。白っぽい硬貨は1円だった。銀色は50円。100円と500円は不在で10円玉を数える。下の方には折り畳まれた1000円札があった。

「お兄ちゃん、あの、117円なんだけど」

「足りない」

「1000円はあるんだけど、お釣りはある?」

 窺うような上目遣いをするとお兄ちゃんは大げさな溜息を吐いた。

「……帰るぞ」

「大冒険は始まったばかりだよ」

「家でも冒険できるだろ。カップ麺で」

「えー、はい、そうですね」

 睨まれたわたしは大人しく家に引き返した。


                 ****


 部屋に戻った。パジャマに着替えたところでドアが控え目にノックされた。

 開けるとお兄ちゃんが立っていた。目を横に向けたまま、髪を撫で付ける。

「どうしたの?」

「単二の電池、あるか」

「どうだろう。なんで?」

 見つめているとお兄ちゃんの唇の端が吊り上がる。

「……単一じゃなかった」

「あ、そういうことね。ちょっと待ってて」

 机に直行して引き出しを開けた。ノートや文房具に混ざって細長い電池を見つけた。不要な単三を隅に押しやり、奥まで探す。

「ないかぁ」

 視線は下の大きい引き出しに向かう。

「懐中電灯はあるけど……そうだ!」

 急いで開けた。中にあった懐中電灯の中から電池を取り出した。握り締めて笑顔で戻る。

「お兄ちゃん、単二の電池があったよ」

「懐中電灯はいいのか」

「予備があるから大丈夫だよ」

「そうか、悪いな」

 軽く頭を下げてお兄ちゃんは自分の部屋に戻ろうとした。横を向いた状態で突然に止まる。迷っているような表情ではにかむ。

「今度、肩車をしてやるよ」

 早口で自らドアを閉めた。

「……お兄ちゃん」

 笑みが抑えられない。握った拳を無言で天井に突き上げた。

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