熱源。
お題箱に来てた「黒金が熱出す話」です。先日俺が39℃を超える熱を出したので自信あります。任せてほしい。時系列的にはインシデントの後です。
朝、黒金はアラーム通りに目を覚ました。時計は8時半を指している。元より目覚めは良くない方だけれど、今日は特に気怠く、なかなかベッドを離れるにならなかった。
一方、そうしなければならない程の倦怠感でも無く、彼は相棒が来るまでの間、準備をすることにした。
以前までは朝食もカップ麺だった彼だが、相棒の厳重注意を受けて以来食パンをオーブンで焼いて食べていた。
即席麺依存症とも呼んでも差し支えのなかった彼でも『朝食にトーストとコーヒー』といった優雅に感じられる食事は存外悪くなかったので、気に入っていた。
けれども目覚めた時からの倦怠感は消えず、どうにも朝食をしっかり摂る気にならず、コーヒー1杯で済ました。
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午前10時、玄関のベルが鳴ったので鍵を開けに行く。火曜は時間しっかりにやってくる。彼女は彼の顔を見るや否や怪訝な顔をしてこう言った。
「体調大丈夫なの?」
「まあ多分、仕事出来ない程じゃない」
後に火曜は『この時速攻休ませとけばよかった』と後悔することになる。
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昼前、彼は自分の症状が悪化し続けているのを自覚する。倦怠感に増して軽度の頭痛、しかして動けなくなる程強いほどでは無く、深呼吸をすればマシになるぐらいで、無視をした。
彼がいつもと違う事は誰の目で見ても明らかだった。当然、彼女の目でも。
「ホントに大丈夫なの?」
「大丈夫だってば。それに案件溜まってるし、こんなのでへたばるにもいかないだろ」
こう言い出すと彼は言う事を聞かないのを知っていたので、彼女はそれ以上言わなかった。
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昼過ぎ、彼の痩せ我慢ははっきり言って限界に達していた。一応頭痛薬は飲みはしたものの、治る気配が無いどころかより酷くなっていた。思考は正直ままならない。息を吸う度にその痛みが増していくようにすら思えた。
その上、どこか熱っぽさを感じ始める。部屋の気温が高い訳じゃないのは彼女の顔を見れば分かることだった。
冷たい外気を求めて一度ベランダに出て、戻って来た時だった。
「熱、測った方が良いんじゃない?」
「そんな熱っぽそうに見えるか?」
「とにかく」
本人は気が付いていないようではあったが、実際に彼の耳たぶは真っ赤になっていた。
黒金は言われるがままに温度計を取り出し、肌着の内側にそれを入れる。1分しない内にそれは計測が終わったことを告げた。
「うーん……」
温度計はデジタルに『39.4℃』と表現をしていた。
「見せてくれる?」
彼女は返事を聞かずにふいをついて彼の手から温度計を取り上げ、表示された文字を見た。
「はあ!?」
「39℃超えてるらしい……はは」
黒金は目を逸らしながら笑った。
「仕事してる場合じゃないでしょ、早く休んだ方が絶対良い」
「でも────」
「あのさあ……39℃超えとか四の五の言ってる場合じゃないってわからないの?」
火曜は半分呆れながら言った。
「分かった、今日は休む……」
「やっと言うこと聞く気になった?」
「ああ、まあ」
彼はおぼつかない足で棚から何かを取り出すと彼女に手渡した。
「えっと……?」
それは鍵であった。
「ほら、帰る時に一応鍵閉めといて……」
自分の体温を知り、より彼は弱々しくなって行く。
「じゃあ……部屋で横になるから……お疲れ様……」
「お疲れ様……?」
彼はそのまま自分の部屋へと戻って行った。
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部屋で解熱剤を飲んでベッドで横になる。普段着から寝衣に着替えたは良いが、薬は未だ効かず身体は熱く、頭は痛く、眠れる気配がなかった。
さらに熱の所為でかく汗に身体を冷やされ、熱いのに悪寒を感じる。一言で表すならめちゃくちゃだった。
寝れないし、かと言って起きていても辛いだけ。何かを考えようとしても頭は働かない。意識が薄くなっても、頭痛に叩き起こされる。そんな状態が続いていた。
しばらくして解熱剤が効き始め、副作用もあってか意識が遠のいて行くのを感じた時、彼はようやく目を閉じらことを許された。
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彼が目を覚まし、窓の方を見るともう真っ暗であった。けれども部屋の外から音がする。彼はそこから出ることにした。
まだそこには火曜がいて、丁度帰る準備をしていた。
「起きたんだ。おはよう」
「あ、ああ。おはよう………なんでこんな時間まで?」
少し困ったような顔をして火曜は言った。
「ええと、溜まってる仕事片付けてから帰ろうと思ったら遅くなっちゃってさ」
「じゃ丁度帰る所か、おつかれ」
彼は帰るところを呼び止めた形になったことを申し訳なさそうな表情をした。
そのまま彼女は玄関へと向かい、そのまま扉を開ける。その時、彼女は何かを思い出したかのように彼の方へと振り向いた。
「ああそれと───」
「冷蔵庫にお粥入ってるから。体調悪いんだから絶対即席麺なんて口にしないこと。多分レンジであっためた方が美味しいと思う………それじゃ」
彼女が部屋から出ようとして行くのを彼は呼び止めた。
「待って」
「ん、どうかした?」
「色々、ありがとう」
その言葉を聞き、彼女は少し笑ってからもう一度口を開いた。
「どういたしまして」
冷たい夜風が部屋に入って来て彼の頬を撫でた後、扉は閉じられた。
倦怠感に包まれていた肺は別の何かで満たされる。けれども彼はそれが何であるかは知らなかった。