安全装置(セーフティ)
朝、午前10時、職場......もとい彼の部屋のインターホンを鳴らす。
珍しく、音は鳴っても反応はない。一度彼に電話をかける、反応はない。
かと言って彼がこの時間帯に家を空けるときは何かしらで連絡を飛ばす。中にいるか「何か」あったかのどちらかだろう。
私は基本6時、遅い時は7時にマンションを出る。近頃は案件が溜まっており私が帰った後も仕事をしてそのまま眠っているのだろう。そう信じ、彼から念のためと渡された合鍵をその扉の鍵穴に差し込み、右に回す。
近隣の住民はもう出払っているせいか、静かだった五階フロアにがちゃりと鍵が開く音が響き渡る。
そのままドアノブを下ろし前にやる。中は静か、ただ明かりがつきっぱなし。一先ず彼の部屋におそるおそる入る。
彼は机にそのまま突っ伏して眠っていた。
彼は普段から『気さく且つ冷静』、そう振舞っているものの、周囲に気を張ることを忘れようとしない彼が、こんなにも無防備に。睡魔に従って。
机の上には書類の束が有った。きっとこれらと格闘していたに違いない。
『起きて』と声を掛けようとも思ったけれど、この滅多にお目にかかれない彼の状態をを失うのも勿体無くて私はこっそりと「彼の仕事」を奪い。彼のベッドに転がっている毛布を掛けてやった。
黒金が慌てて部屋を出てきたのは11時を過ぎた辺りだった。
「おはよう」
私はこれでもかと言う笑みと共に朝の挨拶を彼に投げかける。
「あ、ああ。おはよう」
少しばかり上ずった声で返される。
「寝坊した手前聞きづらいんだけど、書類の束って知らない?俺の側にあった筈なんだけど」
慌てふためく様子が面白い。
「もしかしてコレのこと言ってる?」
私はさっきより目を細め書類の束を見せつける。
「ソレだよソレ。昨日の間には仕上げるつもりだったんだけど」
不安そうな顔をする彼にソレを渡す。
「はいどうぞ」
「悪いね…………ん」
彼は何かに気づいたようだ。
「何か問題でも?」
わざとらしく、口角を上げながら彼の顔を覗き込み反応してみせた。
「いや……ごめん」
彼はさも真剣そうな目で私に謝ってきた。私が求めていたのはそれじゃない。不服そうな顔になっているのが自分でもわかる。
「違うよね?」
「ああ、そうだな」
「ありがとう」
「どういたしまして」
少しの間を置いた後に彼は慌てて体制を整える。それは彼がいつもの「気さくそうな振る舞い」に戻った事を意味する。
黒金はいつも一人で抱え込む。こうなるのも考えものだ。
プロローグから本編開始までの時間軸の話です。