09 授業で活躍
「大ちこく、大ちこくーっ!」
俺は1時間遅れて、ようやく校舎にたどり着いた。
校舎はこの学院の敷地のど真ん中にあり、見上げるほどに巨大。
街の外からは見たら、ちょっとしたモニュメントのレベル。
形状は、魔法にはおなじみの触媒である水晶の房みたいで、デザインからいっても文句なしの魔法学校だった。
俺は今日からここで学ぶことになるのだが、肝心の教室はどこなんだろう。
魔導モニターで入学案内を開き、見取り図を見ながら探し回っていると、
「わっはっはっはっ! こっちだ、ミカ!」
聞き覚えるのある笑い声に呼び止められた。
見ると、建物沿いの窓から乗り出している、ガンバレイの姿が。
「おっ、ガンバレイ、無事合格したんだな」
「わっはっはっはっ! 俺様を誰だと思ってるんだ! 一発合格に決まってるじゃねぇか! しかもDランクだぜ!」
Dランクのどこが凄いのか俺にはピンとこなかったが、ガンバレイが言うには、この学園の入試は結果に応じてD~Fランクを与えられるらしい。
ガンバレイは好成績だったので、いちばん上のDランクだったというわけだ。
しかしこの入試のランク付けには例外があって、権力者や金持ちの関係者の場合は、どんなに入試の成績がアレでもA~Cランクが与えられるそうだ。
Aランクといえば、俺がここに来る途中でぶつかったリンカーベルがそうみたいだったな。
「世の中、やっぱり金なんだな」
「わっはっはっはっ! そういうこった!
だが見ていろ、俺様は何としてもSSSランクにまで登りつめてやっからな!」
学園のランク付けには一般的にはAが最高らしいのだが、その上にさらにSからSSSまでの3ランクが存在するそうだ。
そのランクに入れる生徒はごくひと握りで、将来は世界を統べるほどの王や、伝説級の英雄になることを約束されたような者だけらしい。
ガンバレイは入学早々、やる気マンマンのようだ。
俺はそのやる気に、少しだけ興味を持った。
「そんなに出世して、なにかやりたいことでもあるのか?」
「わっはっはっはっ! 当然だ! 俺様は一族の期待の星だぞ!
我が一族の呪術、『巌徹語』を世界最強の魔法だと知らしめてやるんだ!」
「ふぅん、そういうことか。でもその期待の星が、朝っぱらから窓際でなにをやってるんだ?
授業はどうした?」
「わっはっはっはっ! 面白い冗談だ! 授業は8時からだぞ!」
「えっ? 入学案内には、6時登校って書いてあったんだが……?」
「Dランク以下は2時間前に登校して、掃除をしなくちゃならねぇんだよ!
面倒くせぇが、これをやらねぇと上に行けねぇからな!」
ガンバレイはおしゃべりしながらも、窓をキュッキュと拭いている。
そしてまわりをよくよく見てみると、ホウキを持って掃き掃除をしている生徒がそこかしこにいた。
俺は思わずガックリと肩を落とす。
「なんだよ……。どうりでリンカーベルたちは、あんなにのんびり登校してたのか……。
だったら、もっと寝てればよかったぜ……」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それからしばらくして授業が始まった。
教室は扇状の形をしていてかなり広く、ステージのような教壇を麓として、階段状の座席が丘のように広がっている。
座席はランクによって座る位置が決められていて、高ランク順。
俺は最低のFランクだったので、長い階段をひーこら昇っていちばん後ろの席についた。
1時限目の授業は『解錠』の魔法。
担当教師はヤイミだった。
ヤイミは『解錠』の基礎を、魔導教科書を読みながら説明する。
俺にとっては知っていることばかりだったが、人生初めての授業は新鮮だったので、俺は飽きることなく聞き入っていた。
ヤイミは『解錠術』の基礎をひととおり説明したあと、アシスタントらしき職員に指示し、大きな宝箱を教壇のとなりに運ばせた。
「それでは実技といくざんす。そうざんすねぇ、まずはそこのEランク、やってみるざんす」
ヤイミが当てたのは、俺の前にいる男子生徒だった。
当てられた生徒はおそるおそる前に出ると、たどたどしく『解錠』の呪文を詠唱する。
するとその最中、不意に宝箱がパカッと口を開け、突風を吐き出した
男子生徒は吹っ飛ばされ、「うわああああっ!?」と壁に激突してしまう。
「シェシェシェシェ! 解錠に失敗するとああなるざんす!
やっぱりEランクはだめざんすねぇ! みんなもあの無様な姿を笑ってやるざんす!」
すると、座席の前方から嘲笑がおこった。
低ランクの後部座席の生徒たちは、誰もが引きつり笑いを浮かべている。
俺の前に座っている生徒たちが、ヒソヒソと言いあっていた。
「ヤイミ先生はいつもああって、いつも低ランクの俺たちをバカにするんだ……」
「このあとにやらせる高ランクの生徒のために、引き立て役にするんだよな……」
すると彼らの言っていたとおり、ヤイミは次はリンカーベルを指名する。
リンカーベルはAランクのなかでも特に優等生なのか、いちばん前に座っていた。
「はい」と前に出た彼女は、鈴音のような声で呪文を詠唱、失敗時の罠を作動させることなく宝箱を開ける。
ヤイミは惚れ惚れとした様子で大絶賛。
「うぅ~ん! 実に見事な『麗鈴語』ざんす!
みんなもリンカーベルさんを見習うざんす! 拍手、拍手~っ!」
これには教室がひとつになったかのように、万雷の拍手が起こった。
リンカーベルは高ランクにも低ランクにも大人気なんだな。
リンカーベルはショーを終えたトップスターのようにぺこりと頭を下げると、なぜかチラリと俺のほうを見てから、席に戻っていった。
「えーっと、いつもならこれで授業は終わりなんざんすが、だいぶ時間が余ってるざんすから、もうひとり、やってもらうざんす!
別の宝箱を持ってくるざんす!」
運ばれてきのは、真っ赤な宝箱だった。
「この宝箱には、さっきのと比べてずっと高レベルの施錠がされているざんす!
それに罠も『突風』ではなくて、『火炎』の罠が仕込んでいるざんす!
なので解錠に失敗したら、黒焦げざんす!」
急に物騒な罠になったので、生徒たちはざわめきはじめる。
「出たよ、ヤイミ先生の生徒いじめ……!」
「すごく気に入らない生徒がいたら、ああやってムチャな実技をやらせるんだ……!」
「それでいじめ抜いて、自主退学に追い込むんだよな……!」
なんちゅう教師だ、と思っていたら、教壇のヤイミはまっすぐに俺を指さした。
「う~ん、それじゃあ、そこのFランクにやってもらうざんす!
Fランク、さっさと前に出るざんす!」
指名されてしまったので、俺はしかたなく席から立ち上がり、教壇に降りた。
「みんなも知ってのとおり、ここにいるのはこの学院でも久々のFランクざんす!
リンカーベルさんが優等生の期待の星といわれているのとは真逆で、いわば落ちこぼれの期待の星というわけざんす!」
ヤイミが俺を紹介すると、教室じゅうがどっと笑いに包まれる。
引きつり笑いだったEランクのヤツらも、自分より下の俺には満面の笑顔だ。
しかしいちばん前の席のリンカーベルだけは、ムスッとしたまま笑っていなかった。
「シェシェシェシェ! みんなはやさしいざんすから、残った授業時間をぜんぶ、この期待の星のために使うことに依存はないはずざんす!
みんなでFランクくんを応援してあげるざんす!」
ヤイミは楽しくてしょうがないといった様子で、俺の肩をポンポン叩く、
「さぁFランクくん、思うぞんぶん解錠するがいいざんす!
成功するまでは、やめちゃだめざんすよ!」
「あの、もう終わってるんですけど」
俺が指さした先には、
……かぱぁ。
と音が聞こえてきそうなくらいに全開になった、赤い宝箱が。
まるで服従のポーズをするかように、その中身を俺に差し出していた。
途端、しん、と静まり返る教室。
クラスメイトたちはもちろんのこと、リンカーベルまで呆気に取られていた。
ヤイミは目を出っ歯のように剥き出しにしながら、宝箱にとりつく。
「えっ……えええええっ!? あっ……ありえないざんす!? ありえないざんすっ!?
この宝箱にかけた施錠は、解錠魔法の専門家でもまる1日かかるほどの複雑な術式なのに……!?
それを詠唱もなしに開けるだなんて、ありえないざんすっ!?」
「いえ、詠唱はしましたよ。ほんの少しでしたけど」
「うっ、ウソを付くんじゃないざます! そんなわずかな詠唱で解錠なんてできるわけがないざんす!
きっと施錠の術式に不備があって、間違って開いたに違いないざんす!」
俺の言葉に振り向きもせず、ヤイミは半狂乱になって宝箱をいじくり回していた。
そして、よせばいいのに一度閉じた宝箱をまた開けたものだから、
……ゴォォォォォォーーーーーーーーーッ!
「しぇぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ヤイミは噴出した火炎によって、全身真っ黒焦げになっていた。