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08 アストラル・ブレード

 俺の初登校の通学路は、阿鼻叫喚の渦に包まれていた。

 ただでさえ遅刻の俺はこのまま無視して学院に向かっても良かったのだが、後味が悪そうだったので皆をなだめる。


「いや待ってくれ、これはただの事故なんだ。

 事故で成立した婚姻なんて、取り消せばいいだけじゃないか」


 「なぁリンカーベル」と同意を求めると、うなだれていたリンカーベルは「そうね……」と幽鬼のごとく立ち上がる。

 彼女は腰から二本の剣をぶら下げていたのだが、その下のほうにある柄をガッと握りしめると、俺に挑みかかるように言った。


「決闘よ! エルフ族の魔導婚姻は、決闘によってのみ取り消すことができるのよっ!」


 ざわっ、と周囲がざわめく。


「な、なんだ、事故だったのか……!」


「どうりで、おかしいと思ったんだ! リンカーベルさんとFランクじゃ、月と肥溜めだもんな!」


「決闘なら、どう考えたってリンカーベルさんの勝ちだ!」


 ヤジ馬の男たちは、急に元気を取り戻してリンカーベルをけしかける。

 俺はやれやれと、あぐらをかいた。


「俺が負ければ婚姻は解消できるってことか。

 わかったよ、そういうことなら煮るなり焼くなり好きにしな」


 元々は俺の不注意から起こったことだから、ボコられても文句は言えない。

 俺は覚悟を決めていたのだが、それがリンカーベルのシャクに障ったようだ。


「ふざけないで! 真剣を使って真剣に決闘しないと魔導婚姻は破棄できないのよ!

 さぁ、いますぐ立って剣を抜きなさい!」


「真剣で真剣に? しかし真剣で真剣にやったら……」


「殺されるとでも思っているの!? 大丈夫、殺さない程度にしてあげるわ! 

 でも二度とそんなことができないようにキツいお灸は覚悟なさい!」


「え? そんなことって?」


「私のファーストキ……いや、なんでもないわ!

 あっ、それよりもあなた、学院の生徒のくせして、剣も持っていないの!?」


「いや、剣なら持ってるよ」


「ならば、それを抜きなさい! いくわよ!」


 リンカーベルは問答無用とばかりに剣を抜いた。

 途端、鞘から弾ける水のようなオーラが溢れ出す。


 「おおっ……!?」と周囲が驚きの声をあげる。


「せ、精霊剣、ミュースレイン……! 水の妖精騎士(フェアリーセイバー)のみが持つことを許される、聖剣……!」


「学院でも一度も抜いたことがない、その剣を抜くということは……!」


「ほ……本気だ! リンカーベルさんは本当に本気なんだ!」


「リンカーベルさんは剣術でもトップクラスなのに……! 聖剣なんて使ったら……!」


「あのFランク、死んじゃうんじゃないか……!?」


 周囲の反応からするに、どうやら(やっこ)さんは本当に本気のようだ。

 こうなったら相手をしてやって、よきところで負けてやればいいだろう。


 でも、少なくとも今は本気であることを示すために、俺は『抜いた』。


 ……パンッ!


 開いた両手の、親指側の側面を打ち合せる。

 すると、俺の手の甲にある剣のタトゥーがうっすらと光を帯びた。


 そして両手をグーに握りしめ、左手を柄、右手に鞘を持っているようにイメージする。

 あとは、剣を引き抜くように、左手と右手を、ゆっくりと離せば……。



 ……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……!



 俺の右手に、光の剣が、現れるっ……!

 すると、リンカーベルは腰が砕けんばかりに驚き、ヤジ馬たちに至っては驚きのあまりひっくり変えl


「えっ、ええっ!? な、なにもない所から、剣を出すなだんて……!?」


「う、ウソだろっ!? どんな魔法剣でも、フィジカル体があるはずなのに……!?」


「あの剣には、ないっ!?」


「あ、あれはもしかして、アストラル・ブレードっ!?」


「実体のない、アストラル体のみで構成された剣だっていうのか!?」


「そんなバカなっ! 多くの魔法研究者が研究してるのに、まだどの国でも実用化されてないんだぞ!」



†そう……!

 少年が引き抜いたのは、アストラル・ブレード……!


 その銘は『アカシャ』……!


 そう……!

 まぎれもない『万物のすべての理を知る剣』である……!


 この声は届いていないが、少年は使うことができるのだ……!


 この、『私』をっ……!



 俺の手のなかで、光速で振動しているアカシャ。

 妖艶なる魔光と、羽虫のような音をあたりに振りまいている。


 俺は居合抜きのような、腰だめの構えをとった。


「さぁ、やろうか」


 俺がやる気を出したところで、俺とリンカーベルの間に『決闘開始!』の魔導スクリーンが浮かび上がる。

 どうやら学院には『魔導法規』が存在し、この決闘が正式なものであると認めたようだ。


 しかし対戦相手であるリンカーベルは、さっきまであんなにやる気だったのに、いまや魔神を前にしたかのような表情になっていた。

 ヒザをこすりあわせるような内股で、ガクガクと震えている。


 しかし彼女はぶるんと顔を振るうと、


「そ……そんなの、ハッタリよっ! なにか仕掛けがあるはず……!

 幻術!? それとも、単なる手品!?

 いずれにしても見破ってやるわ! 打ち破ってやるわ!

 い……いくわよっ! えっ……えええーーーーーいっ!!」


 絞り出すような蛮声とともに、地を蹴って剣を振りかぶる。

 飛びかかってくる彼女を、俺は瞬きをガマンして迎え撃つ。


「スプラッシュ……!」


 リンカーベルどうやら剣技を放とうとしているようだ。

 いちおう抵抗するフリくらいはしておいたほうがいいと思い、俺はアカシャの柄を、そっと動かす。


 すると、



 ……ドンッ!!!!



 空間が歪むほどの圧力(プレッシャー)が生まれ、俺を中心として全方位に広がった。


「きゃあああああああああああああーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 絹を裂くような悲鳴とともに、吹っ飛ばされるリンカーベル。


「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁあーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「えっ、ええええええええええええーーーーーーーーーーーっ!?!」


 周囲のヤジ馬たちは腰を抜かしていたので飛ばされずにすんでいたが、台風の中にいるように髪の毛が逆立っていた。


 しまった、またやりすぎた……!


 リンカーベルは撃ち出されたような勢いで吹っ飛んでいき、壁に激突しそうだったので、俺は咄嗟に魔術で空気のクッションをつくり、受け止める。

 そして羽毛のようにふんわりと、地面に着地させた。


「う……な、なんとも、ない……!? ど、どうして……!?」


 ぺたんと女の子座りしたまま、目をぱちくりさせているリンカーベルに、俺は近づいていく。

 しゃがみこんで視線を合わせ、肩に手を置くと、彼女はビクリとした。


「なっ、なに……!?」


「いいから、ちょっとじっとしてな。……これでよし、っと」


 すると、空に再び花火が打ち上がる。

 ヤジ馬も含め、こぞって見上げた大空には、


『リンカーベル様のご婚姻は、破棄されました』


 喜んでいるのか残念がっているのかよく分からない、微妙な形の文字が浮かび上がっていた。


「ええっ!? どうして!? 私は決闘に勝っていないのに……!? どうして魔導婚姻が破棄されたの!?」


「きっと、お前の思いが天に通じたんだろ」


 というのは真っ赤な嘘である。

 俺がリンカーベルのアストラル体から、エルフ族の魔導婚姻の術式に干渉して、ちょちょっと書き換えてやったんだ。


「う、うそ、そんなことがあるわけが……!」


 リンカーベルは驚きの連続なのか、もう瞳孔が開きっぱなし。

 俺は落ち着かせる意味も込めて、彼女に言ってやった。


「人間のアストラル体が思う気持ちは、魔法なんかよりずっと強いんだ。

 わかったらお前もエルフ族のしきたりなんかに囚われず、もっと自由に生きたらどうだ。

 俺のことが嫌いならわざわざ決闘なんてせず、『アンタなんか大嫌い』ってハッキリ言えばいい。

 人を好きか嫌いかを決めるのは、しきたりなんかじゃない。お前自身の気持ちなんだからな」


「人を好きか嫌いかを決めるのは、私自身……」


 リンカーベルは人としていちばん大切なことを思い出したかのように、俺の言葉を真摯に繰り返す。


 俺は「そうだ」と彼女の肩をポンポンと叩いてから立ち上がった。

 そして俺は、いまの俺にとっていちばん大切なことを思いだす。


「……あっ、しまった、登校途中だったんだ!」


 走り出す俺の目の前に『決闘に勝利しました!』の魔導スクリーンが。

 そして背後からは、本来の元気を取り戻した少女の声が。


「あ……アンタなんか、大っ嫌ぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーっ!!」

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[一言] それがキミの答えか、リンカーベル。 まあでも、自分の意志で伝えたんだから、それも悪くなかろう。
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