04 メイドゲット
俺は無事、センキネル総合魔法学院の中途入学試験に合格した。
この学院では成績によってランク分けされるらしいのだが、入学時のランクは使用言語によって決められるらしい。
幻の低級魔術と呼ばれた『魔神語』を使う俺は、最低の『Fランク』だそうだ。
まあ入学さえできれば、ランクなんてのはあとでどうとでもなるだろう。
そしてセンキネル総合魔法学院は全寮制で、今日の午後には入寮できる手筈になっているらしい。
それまでの時間を潰すために、俺は入学案内が書かれた『魔導パンフレット』を見ながら街を歩いていた。
†『魔導パンフレット』というのは、他の世界でいうところの……。
そう、『パワポ』である……!
えーっと、始業は6時? ずいぶん早いな。
昼休みは12時からで、授業は16時まで。
そしてそのあとは部活動か。
俺は生まれてこのかた学校なんて行ったことがなかったから、なんだか楽しみだな。
授業は選択制で、授業に必要なものは学院内にある購買で購入可能……。
ただしゴーレムだけは販売していないので、ゴーレム課を専攻する者は、入学前に準備されたし……。
また日々の生活をサポートするために、使用人をひとりまで住まわせることが可能……。
使用人は人型のゴーレムでもかまわない、か……。
そして俺は気がつくと、街はずれにあるジャンク街に来ていた。
そこには油の匂いが充満しており、古びた魔導装置が積み上げられた店がそこかしこにある。
魔導車に、魔導二輪、魔導金庫に、魔導保冷庫……本当に、なんでもあるな。
俺にとっては魔導装置自体が珍しかったので、あれこれと見てまわった。
ふと、ゴーレムを扱っている店の裏路地に、ゴーレムが打ち捨てられているのを見つけた。
身長1メートルくらいの幼い見目の女型のゴーレムで、おかっぱ頭に、黄ばんだ陶器の肌にメイド服。
格好からするに、どこかの金持ちのお屋敷にでも仕えていたんだろうか。
彼女のヒザの上には、ブリキみたいな板金でできた小さなドラゴンのゴーレムが転がっていた。
こっちはたぶん、金持ちのお坊ちゃんのオモチャだったんだろうな。
店の主人が「欲しかったらもってきなよ」と声を掛けてくれた。
「いいのか?」
「ああ、ソイツらはガワは悪くないんだが、アストラル体がおかしくて、売り物にならないんだ。
しかもアストラル体は取り外せない厄介なヤツでなぁ。
処分するにも金がかかるから、そのままほっぽってあるんだよ」
取り外せない『アストラル体』……?
俺はその言葉に引っかかったが、アストラル体が入っているのであれば、起動させればすぐにゴーレムとして使える。
「じゃあ、どっちももらっていくよ」
「そうこなくっちゃ! それじゃ使用者情報を書き換えるからな!」
店の主人は魔導スクリーンを開いて、手早くゴーレムの所有権を俺に移した。
これでこのゴーレムたちは俺のものになったが、同時に管理責任も問われることとなる。
また不要となった場合は、俺が金を払って処分しなくてはならない。
邪魔だったゴーレムを処分できて上機嫌の店主に見送られ、俺はジャンク街をあとにした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ジャンク街の近くにある公園で、さっそくゴーレムをセットアップする。
まずはメイドのほうだ。
ベンチに腰掛け、小さな身体をヒザの上に乗せて抱っこする。
彼女のアストラル体の情報が、俺の頭のなかに流れこんできた。
そして俺は、とんでもない事実に気付く。
このアストラル体……人間のものじゃねぇか……!
†『アストラル体』というのは、この世界における物理的存在である、『フィジカル体』と対をなす概念である。
ひとことで言い表すなら、人間の肉体に宿る、『心』『精神』『魂』といった類いのもの。
その中身は、『術式』と呼ばれる命令文の集合体。
いうなれば、人間の性格や行動原理をプログラム化、記憶をデータ化したものといっていいだろう。
人間の身体能力を数値化して、魔導スクリーンで可視化できるのも、このアストラル体のデータを参照しているからである。
また魔法の宿ったものには、すべてアストラル体が存在する。
ゴーレムなどは、人間からアストラル体を与えられることで、初めて動き出す。
ゴーレムのアストラル体は、人間が魔法で作り出したものが一般的なのだが……。
なかには人間のアストラル体を引き出し、それを人形に埋め込むというやり方がある。
するとそのゴーレムは生きた人形のようになり、多くの情緒を持つようになるのだが……。
そんなことをするのは、まさに外道の所業に他ならない……!
「このアストラル体は、まだ子供じゃないか……。ひでぇことをするヤツがいるもんだ」
俺は歯噛みをしながら呪文を詠唱し、その子を再起動してみた。
すると、ガラスの瞳が、瞼をひらくように光を取り戻す。
「こ……ここ……は……? ……はっ!?」
少女は俺の姿を認めるなり、しゅばっと飛び退き、地べたにひれ伏した。
「すすっ、すみませんです! あなた様が、新しいご主人様なのですね!
ははっ、はじめまして! ピアと申しますです!
ふふっ、不束者ですが、どうか、どうか……!」
ピアと名乗った少女型メイドゴーレムは、きゅっと丸まるような土下座で、ただでさえ小さな身体をさらに縮こませていた。
俺は彼女のそばに近づいていって、ゆっくりとしゃがみこむ。
「ピアか、俺はミカエルシファーだ」
「みみっ、ミカエルシファー様っ!
あなた様のような立派なお名前の、そして身も心も完璧なお方に使えることができて、ピア、とっても幸せです!」
「そんなに恐縮しなくてもいいから、顔をあげて」
そう声をかけると、ピアはチワワみたいに震えながら、おずおずと顔をあげる。
その頭を撫でてやろうと手をかざすと、彼女は雷に打たれたみたいに、ビクンッ! と後ずさった。
「ごっ、ごめんなさいです! ごめんなさいです! ごめんなさいですっ!
ピアがすべて悪かったのです! とても反省しておりますです!
どうか、どうか、お許しくださいです、ご主人様っ!」
手を上にあげただけだというのに、すごい怖がりようだ。
どうやら前の主人に、ぶたれ続けてきたんだろう。
俺は自分にできる精一杯の、やさしい声を出す。
「ピア、安心しろ。もうお前をぶつヤツはいない。
俺は絶対に、お前をぶったりしないからな」
……そっ。
とピアの頭に手を乗せる。
俺は雛鳥でも愛でるように、やさしく、やさしくピアの頭を撫でてやった。
すると、最初は手のひらに伝わってくるくらい、恐怖に震えていたピアであったが……。
やがてその震えは、感激に変わる。
「あっ……! ああっ……! ありがとう、ございますです……!
ぴっ、ピア……! ご主人様に撫でていただくのは、初めてなのです……!
ご主人様に撫でていただけるのが、こんなに嬉しいことだなんて……!
ピアは世界一、幸せな女の子なのです……!」
彼女は感極まった声で、何度も何度も俺にお礼を言う。
それがおべんちゃらでなく本心から出た言葉なのは、すぐにわかった。
なぜならば、彼女の瞳の端にはおおきな雫が浮かんでいたからだ。