31 またあした
俺とリンカーベルは、力を合わせて子供たちのおもちゃを直した。
全員を捌ききる頃には、すっかる日も傾いていた。
「おにいちゃん、おねえちゃん、おもちゃをなおしてくれて、ありがとーっ!
このおもちゃ、これからもたいせつにしますっ!!」
「ああ、そうしてくれ」
「みんな、気をつけて帰るのよーっ!」
子供たちは最後に勢揃いして、ぺこりと頭を下げて帰っていく。
彼らが夕陽の街角にまぎれるまで、リンカーベルはずっと手を振っていた。
「悪かったな。街歩きをするはずが、こんなことに付き合わちまって」
振り向いたリンカーベルは、大きな仕事を終えた後のような、やりきった笑顔を返してくれる。
「ううん、私、子供大好きだから、とっても楽しかったよ!
あの子たちの笑顔が見られて、本当によかった!」
「そうか、ならよかった。手伝ってくれてありがとうな」
「こちらこそ、手伝わせてくれてありがとう!」
リンカーベルは俺と打ち解けてくれたのか、よく笑ってくれるようになった。
以前までは目が合うだけで、しかめっつらをしてたのに。
不意に、俺の腹がぐぅと鳴った。
リンカーベルはその音すらも愛おしいかのように、ふふっと微笑む。
「おなかすいちゃったね」
「そうだな。なにか食べて帰るか」
「うん! レッツゴー!」
まるでそうするのが当たり前であるかのように、俺の腕に抱きついてくるリンカーベル。
今日一日で、ずいぶん仲良くなれたな。
俺たちはビーフボールが美味しいと評判の、ファーストフードの店に入った。
「うわぁ、すごい! 私、こんな横に長いテーブルでごはん食べるの初めて!
椅子を引いてくれる人がいないだなんて、なんだか新鮮!」
店に入ったリンカーベルは、『すごい』と『初めて』を連発。
「ええっ!? もう出てきたの!? すごいすごい! しかも前菜じゃなくてメインディッシュからなんて、初めて!」
「ファーストフードだからな」
「そうなんだ! それにこのお皿、すごく深いのね! こんなお皿、初めて見たわ!」
「なんだ、どんぶりも知らないのか」
「どんぶり? 魔導調薬とかに使う、ホウキギの実のこと?」
「そりゃ『とんぶり』だな。東の国から伝わった食器だよ」
「へぇぇ! すごいすごい! この中に入っているのはなあに?」
「ビーフボールだよ。牛肉を玉葱といっしょに、甘辛いタレで煮込んだものだ」
「すごい! こんなに薄い牛肉初めて見た! 煮込みって普通、牛肉の塊を使うのに!?」
「金持ちのイメージとしてはそうだろうな。でもそれも旨いから食べてみろよ」
「うん! 我らが森、我らが湖、我らが大地に住まう精霊よ……」
「……あの、食前のお祈りはこういう所ではしないんだよ」
「えっ、そうなの?」
「ああ、ここは早く食べられるのが売りのところなんだ。だから冷めないうちに食べようぜ」
「はい! いただきます!」
リンカーベルは簡易式のお祈りで、アルバイトであろう定員に向かって一礼する。
長い髪をかきあげると、スプーンを使ってすくいあげたビーフボールを、上品にひと口。
途端、新しい世界の扉が開いたかのように、瞳孔を全開にする。
「おっ……おいしぃっ! この牛肉、私が普段食べてるのと全然違う味だけど、すっごく美味しい!
なんていうか、ものすごくガツンとくる感じね!」
「気に入ったか? ならそんなひと口づつじゃなくて、かっこんでみたらどうだ?」
「かっこむ?」
「そう、こうやってどんぶりを持って、口を付けていっぱいに頬張るんだ」
「そ……それって、マナー違反じゃないの……?」
「この店にはマナーなんてないんだよ! 好きなように食べるのがいちばんなんだ、お前もやってみろ!」
「う、うん!」
リンカーベルはおそるおそるどんぶりを持ち上げ、小さな顔を突っ込むように傾ける。
スプーンをつかって、はぐはぐと一気喰いした。
どんぶりを置いた彼女の顔は、欲張りなハムスターみたいに膨らんでいた。
恥ずかしそうに口を手で隠し、もむもむと噛んで飲み込む。
「ぷはっ、お……おいしぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーっ!!」
「だろう? どんぶりってのは、そうやって食べるのが一番なんだ」
「うん、とってもおいしい! シェフさん、このビーフボール、とってもおいしいです! ありがとうございます!」
リンカーベルが輝く瞳で店員にそう言ったとたん、まわりの客から和やかな笑い声がおこる。
「えっ? 私なにか、変なこと言いました……?」
「わっはっはっ! お嬢ちゃんみたいな女の子がこんな店に来たのは初めてだぜ!」
「お嬢ちゃんみたいないいとこのお嬢様は、俺らをゴミみたいな目で見やがるけど、お嬢ちゃんは違うな!」
「よぉし、俺がギョクをおごってやるよ!」
「ギョク……? ミカくん、ギョクってなあに?」
「生卵のことだよ。ビーフボールに入れるとうまいんだ」
「な……生卵を食べるの!? 火を通してない卵なんて、私、初めて!
でも、ここにいるみんなが食べてるってことは、食べても大丈夫なのよね!
おじさん、いただきます!」
「おおっ、初めてとは思えない、いい食いっぷりだな!」
「お嬢ちゃんみたいな金持ちもいるんだなぁ! 気に入ったぜ、がっはっはっはっ!」
さすがは学院のアイドルといわれたリンカーベル。
普通はこんなファーストフードの店じゃ客同士が会話することなんてないが、今や彼女を中心に大盛り上がりだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ビーフボール屋をあとにした俺たちは、夜風に吹かれながら北へと歩き、リンカーベルの屋敷へと向かっていた。
「ああ……まさかこんなに遅くなるとは思わなかったわ……。
じいやに怒られちゃう……」
「俺も一緒に謝ってやろうか?」
「ううん、子供じゃないんだから大丈夫よ。
それにしても今日は、とっても楽しかったわ!
こんなに楽しかったのは、生まれて初めてかも!」
「そりゃ大袈裟だな。でも気に入ってくれてよかったよ。
またヒマなときは、連れてってやるよ」
「うん!」
それからリンカーベルは、屋敷に着くまでずっと黙り込んだままだった。
門の前まで着いた彼女は、思い切った様子で振り返ると、
「あの、ミカくん……」
思いつめた表情で、俺を見つめた。
「なんだ、どうした?」
「今日は、本当にありがとう……。
今日一日だけで、私に数え切れないくらい、たくさんの思い出をくれて……」
「なんだなんだ、それじゃもう二度と会えないみたいじゃないか」
「ううん、そうじゃなくて……。
ミカくんには感謝してもしきれないから、お礼がしたいの……。
エルフ族の、『親愛』の証を……」
「そんなのがあるのか?
重いもんじゃなきゃ、もらってやるよ」
不意に、一陣の風が吹いた。
風になびいたリンカーベルの髪が、俺の鼻をくすぐる。
とんでもなく、いい匂いだな、と思ってると、
……ちゅ。
妖精が触れたかのような軽い感覚が、俺の頬に起こる。
リンカーベルは俺の頬から顔を離すと、たっ、と踵を返して門をくぐり、振り返ることなく屋敷の中へと走り去っていった。
俺は、まだあたたかい頬を撫でながら、ひとりつぶやく。
「これが、エルフ族の『親愛』か……。
本当に今日一日で、ずいぶん仲良くなれたな……」
不意に、夜空が七色の光に彩られる。
どこかで誰かが、花火を打ち上げたようだ。
†少年は知らない……!
リンカーベルの感情が、爆発寸前であったことに……!
屋敷内を爆走した彼女は、じいやの呼び止めも振り切って自室に飛び込み、ベッドにダイブ……!
そして枕に顔を埋めて、ジタバタともがきはじめるっ……!
「ば……バカっ! バカっ! バカぁ! 私ったら、なんてことを……!
左頬へのキスは、エルフ族にとっての『婚約』……!
ミカくんとはついこのあいだ、『婚姻』を破棄したばっかりなのに……!
私ってばなんで、自分からすすんで再婚約しちゃってるの!?
バカじゃないの、私!?
うわああああんっ!? はずみとはいえ、とんでもないことしちゃったぁ!
どうしたらいいの、どうしたらいいのぉぉぉぉぉーーーーーっ!?!?」
そう……!
少年は知らなかった……!
いま夜空を彩っている花火に混ざって、とんでもない魔導スクリーンが浮かび上がっていることに……!
『リンカーベル様、ご婚約おめでとうございます!』
このお話はここでひと区切りですので、ひとまずここで完結とさせていただきます。
ここまでお話を読んでいただき、誠にありがとうございました!
そして新連載、開始しました! 面白いので是非見てみてください!
このあとがきの下に、お話へのリンクがあります。




