29 街へ出よう
いきなり俺に抱きついてきたリンカーベルは、俺の胸に顔を埋め子供のようにわぁわぁと泣きじゃくった。
俺は何も言わずに、彼女の頭を撫でてやる。
しばらくすると、彼女は顔をあげて、しゃくりあげながら言った。
「うっ……ひっく、オルゴールを直してくれて、ありがとう! 本当にありがとう、ミカくん!」
「良かったな、大事なオルゴールだったんだろう?」
「うっ、うん……! ひくっ、私が幼い頃にママからもらったオルゴールだったの。ママとの思い出だから、とっても大切にしてたんだけど……鳴らなくなっちゃったから、私、どうしようかと思って……!」
「そうだったのか、とても辛かっただろう。
オルゴールの人形の術式を調べたら、とても踊りたがっていたよ」
「ほ、本当に……? でもそれなら、どうして止まっていたの?」
「オルゴールはエルフ族が作ったもので、かなり昔に作られたものだったんだよ。
そのため、術式に使われていた年代の書式も古いままだった。
年代判定のところで術式がおかしくなっていて止まっていたから、そこを修正したんだ」
「そ、そうだったんだ……。
もしかしてミカくんって、エルフの古代術式が読めるの?
私たちエルフでも、もう誰も読める人がいないのに……?」
俺がその問いに答えることはなかった。
なぜならば、
「う……ウソだろ? ここいらの国でいちばんのオルゴール職人に金を積んで、何ヶ月かかっても直せなかったオルゴールが……。
こんなFランク野郎が、1日もかからずに直せるだなんて……!?」
ずっと蚊帳の外で愕然としていたダブルダブリューが、
「お……おいっ! テメェ、俺の女になにやってんだ!? さっさと離れろっ!」
突然我にかえって、俺に殴りかかってきたからだ。
「や……やめて、ダブルダブリューくんっ!」とリンカーベルの制止もむなしく、
バチン!
と、俺が片手間に放ったジャブがヤツの頬を捉えていた。
軽くやったつもりだったのだが、ヤツは「はぶうっ!?」ともんどりうって倒れる。
ヤツは赤くなった頬を押え、初めて殴られたような表情で俺を睨みあげていた。
「こっ、このFランク野郎っ……! オヤジにすらワンパン入れさせなかった、この俺を……!」
そしてヤツは勝ち目がないとわかるや、テーブルの上のオルゴールに襲いかかる。
「元はといえば、このオンボロオルゴールが全部悪いんじゃねぇか!
コイツのせいで、俺の女はおかしくなっちまったんだ! ブッ壊してやらぁ!」
「や……やめて、ダブルダブリューくんっ!」とリンカーベルの制止もむなしく、
ザクザクザクッ!
と、オルゴールの人形が放った針の剣の連撃が、ヤツの頬を捉えていた。
ヤツはまたしても「へぶうっ!?」と情けない悲鳴とともにブッ倒れる。
リンカーベルは目を丸くしていた。
「に……人形が、攻撃した……!?」
「ああ。術式の不具合で、踊る以外の機能が停止していたんだよ。
直すついでに、それも復活させておいた」
「あっ、ママから聞いたことがあるわ!
このオルゴールは宝石箱としても使えて、昔は悪者から宝石を守る機能があったって!」
オルゴールの人形は勇ましく剣を構え、倒れたダブルダブリューを威嚇している。
まさしく、正義の姫騎士と悪者の構図だった。
「く……くそっ、覚えてやがれ、Fランク野郎っ!
この俺を敵に回したらどうなるか、思い知らせてやるからなっ!」
ダブルダブリューは血まみれの頬を押え、いかにも悪人らしい捨て台詞を吐きつつ屋敷から出ていった。
リンカーベルは久しぶりに音色を取り戻したオルゴールをぎゅっと胸に抱く。
人形もこの時ばかりは踊るのをやめて、リンカーベルに抱きついていた。
リンカーベルはしばらく再会の余韻を楽しんだあと、わずかに赤みの残る瞳と、ほんのり赤く染まった頬で、俺に言う。
「あ、あの……ミカくん、その……。
あ……あなたにはいろいろ酷いことをされたけど……い、いまはとっても感謝しています。
本当に、ありがとう……!」
彼女は腰を折り、つむじが見えるくらいに深々と頭を下げた。
「気にするな。俺はただ、自分にできることをやっただけだ」
顔をあげた彼女は、ふふ、と笑う。
「あなたはいつもそんな感じよね。
すごいことをしてるのに、ぜんぜんそれを鼻にかけないんだから。
それに、トリックだ、インチキだ、って言われてもぜんぜん言い返さないなんて」
「すごいことをしてる自覚はないんだけどな。
それに、この程度のことをトリックとかインチキとか言われても、いまいちピンとこないんだよ」
「呆れた。あなたのしてきたことは、どれもとんでもないことなのに……」
「俺自身、とんでもないことをしたって思ってるのは、お前にキスしたことくらいだよ」
「も……もう、その話はやめて! あの時は、じいやを誤魔化すのに大変だったんだから!」
その時のことを思いだしたのか、唇を尖らせるリンカーベル。
しかしもう気にしていないのか、すぐに晴れやかな笑顔を取り戻した。
「そんなことより、お礼をしなくちゃね!
以前、オルゴール職人に修理を頼んだときは1千万クレジットでも無理だって言われたから、1千万でどうかしら?」
さらっと1千万もの金が出てくるあたり、さすがはお嬢様だと思う。
「いや、金はいらない。
それよりもひとつ、頼みを聞いてくれるか?」
「なあに? 私にできることならなんでも言って。
あ、わかった、昇格の推薦?
私は『引き上げ』をしたことはないんだけど、お願いすればたぶんすぐにBランクくらいには……」
†『引き上げ』とは、上位ランクの生徒が下位ランクの生徒を推薦し、昇格させることである。
「いや、そうじゃない。俺はこの街に来て間もないんだ。
お前はこの街で育ったんなら、この街には詳しいだろう?
ちょっと、案内してくれないか?」
「えっ……そんなことでいいの?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
リンカーベルは馬車を手配し、俺を街へと案内してくれた。
しかし彼女が案内してくれたのは街の北側、いわゆるセレブ街で、俺にとっては縁のなさそうな高級スポットばかり。
「なぁ、こんな肩が凝りそうな所ばっかじゃなくて、もっと庶民的なところに行かないか?」
「えっ、私にとってはここでもだいぶ庶民的だと思うんだけど……。
これ以上庶民的となると、街の南側のほうになっちゃうわよ?
私、南のほうには一度も行ったことがないんだけど……」
「だったら行ってみないか。行ったことのない所を開拓するのも楽しいもんだろ」
「ふふ、南側に誘ってくる男の子なんて初めてよ。
じいやからは、危ないから行っちゃダメだって言われてるけど……。
馬車の中から見るくらいだったら大丈夫よね。
御者さん、街の南のほうに行ってもらえますか?」
馬車が街の南側に着いたところで、御者は馬車の速度を緩め、ゆったりとした遊覧走行を始めた。
俺はこっそりと馬車の扉を開けると、リンカーベルにちょいちょいと指先で合図する。
「ミカくん、どうしたの?」
「馬車の中から見てるだけじゃつまらないだろ、街はやっぱり、実際に歩き回らないとな」
「ええっ? 南側は治安が悪いっていうじゃない、そんなところを出歩くなんて……」
「しーっ、声がでかいって! 俺も何度か来たことがあるけど、そこまで物騒な所じゃないから大丈夫だって!」
「ええっ、でも、もし何かあったら……」
「どうした? 怖いのか、お嬢様。いざとなったら俺が守ってやるから安心しろ」
「こ、怖くなんかないわ! それに、ミカくんに守ってもらわなくても大丈夫よ!
……え、えぇい、行ってみましょ!」
「そうこなくっちゃ!」
俺はリンカーベルの手を取り、雑多なる街へと飛び出した。
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