27 修理屋ミカ
『黒魔術同好会』の騒動を解決した次の日、俺はいつものようにネイチャンに起こされていた。
例の押しかけ大聖女様は、朝から飽きることなく俺のそばにいる。
「ミカちゃん、耳かきしてあげる。さ、お姉ちゃんのお膝においで」
「いや、いいよ、そろそろ学院に行かないと」
「あら、今日は土曜日だからお休みよ?」
実家のあったボーツラクス小国を出てからというもの、俺は土曜も日曜もない生活をしてたからすっかり忘れてた。
「そうだったのか。なら、今日は街にでも行ってみるかな」
「お出かけするのね? それじゃあ、お姉ちゃんがお小遣いをあげます」
すかさず俺の目の前に、魔導スクリーンが現れる。
『ネイチャンさんが100万クレジットを送金してきました。受領しますか?』
俺はすぐにキャンセルした。
「俺のオフクロみたいなことするなよ。
オフクロでもないお前から100万も貰うわけにはいかない。
それに、俺は15になった時にオヤジとオフクロに言われたんだ。
独り立ちしろ、って。だから金が必要なときは自分でなんとかするよ」
俺はごくごく当たり前のことを言ったつもりだったが、ネイチャンの顔からはずっと絶やさなかった微笑みが消えていた。
自分がしたことを後悔するように、「ぐぬぬ……!」と下唇を噛みしめている。
「大聖女サマがそんな顔するなよ。とにかく、気持ちだけ頂いておくよ」
俺は自室で出かける準備をすませ、寮を出た。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
久々に繰り出した街は、休みだけあって賑やかだった。
俺もつい浮かれそうになったが、気を引き締める。
なぜならば、ネイチャンに小遣いを心配されるまで、俺は無一文であることを忘れていたからだ。
学院にいる以上は衣食住に困ることはないが、これからは金が必要な時も出てくるだろう。
だから今日、街に出てきたのは遊ぶためではなく、稼ぎ口を探すためだった。
学生の稼ぎ口といえば、やっぱりアルバイトだろうか。
しかし、平日の昼間はずっと授業がある。
夕方に働こうにも、学院の門は平日には夕方に閉まってしまうから、寮に戻れなくなってしまう。
今日みたいな休日なら、学院の門も遅くまで開いているから、休日限定のアルバイトなんかどうだろう?
しかしそんな都合のいいアルバイトなんて見つかるわけもなく、途方に暮れていると……。
ふと道路の片隅で、煙を吹く魔導車を見つけた。
†魔導車というのは、魔力をエネルギーに走る四輪車のこと。
別の世界では『自動車』に相当する。
魔導車のオーナーらしき人物は、ボンネットを開けて悪戦苦闘の真っ最中。
どうやら修理しようとしているようだが、顔が真っ黒になるばかりで一向に魔導車は動き出す気配がない。
俺はなんとなく声をかけてみた。
「おっちゃん、俺が見てやろうか?」
「えっ? キミは魔導車の整備ができるのか?」
「ああ、田舎にいるときに、頼まれて魔導車を作ってたんだ。
こんな立派な金属のじゃなくて、木製だけどな」
「木製の魔導車? そんなの走ったらすぐにバラバラになっちゃうだろ?
まあいいや、それでも私よりは詳しそうだから、ちょっと見てくれないか」
俺はおっちゃんのかわりにボンネットに顔を突っ込み、魔導エンジンなどを手で触ってみる。
「工具は使わないのかい?」
「ああ、まずは触って確かめるんだ」
「ははっ! 触って確かめるって、生き物じゃあるまいし……」
……ドゥルルルルンッ!
おっちゃんの小馬鹿にしたような口調は、唸りをあげたエンジン音によって断ち切られた。
「す……すごいっ!? あっという間に直すだなんて!?
いったい何をやったんだ!?」
「魔導車を制御する術式をちょっと書き換えたんだよ。
無駄が多い術式だと、魔導エンジンがちょっと不調を起こしただけで雨後かな動かなくなるんだ。
でもこれで快調に動くようになったはずだ」
おっちゃんは半信半疑だったが、運転席に座ってふかしたとたんに上機嫌になった。
「こりゃすごい! 買ったばかりのときと同じパワーに戻ってる!?
これは少ないけどお礼だ、とっといてくれ!」
「えっ、5万クレジットも? こんなに受け取れないよ」
「いいから受け取ってくれよ!
俺は何台も魔導車に乗ってるけど、整備工場に持ってったら大抵、新しいのを買ったほうが安いって言われるんだ!
その出費に比べたら、5万クレジットなんて安いもんさ!」
そこまで言うのならと思い、俺はおっちゃんからのお礼をありがたく頂戴した。
颯爽と走り去っていくおっちゃんの魔導車を見送りながら、俺はふと思う。
「もしかしてこれって、商売になるんじゃ……!?」
俺はさっそく街の広場の一角を陣取ると、魔導スクリーンを浮かべて客寄せを始める。
「さぁ、いらっしゃいいらっしゃ! 『修理屋』ですよ!
壊れたものならなんでも直します! 今なら開店サービスで、値段はお安くしときますよ!」
しかし、道行く人は立ち止まることすらしない。
「修理するくらいなら、新しいの買ったほうがいいのにねぇ」などと言いながら通り過ぎていく。
それでもあきらめずに呼びかけを続けていると、小さな女の子が声をかけてきた。
「おにいちゃん、ほんとうになんでもなおせるの? なら、チロちゃんをなおして」
女の子は、大事そうに抱えていた犬のぬいぐるみを俺に預けてきた。
「チロちゃんは、いなくなったママからかってもらったわんちゃんで、わたしのいちばんのおともだちなの。
でも、きゅうにうごかなくなって……
おもちゃやさんにいっても、なおせないからあたらしいのをかえっていわれて……」
どうやらこの『魔導都市センキネル』には、物を直して使うという習慣がないらしい。
どうりでジャンク品を扱う店があんなにあるわけだ。
俺は、どれどれ、と犬のぬいぐるみの術式を覗く。
……こりゃ、オモチャとはいえひどい術式だな……。
俺が田舎にいた頃、子供たちに頼まれて作ったヤツのほうが、よっぽどいいぞ……。
逆につい最近まで動いていたのが不思議なくらいだ。
きっと、この女の子がとても大切にしてたんだろう。
アストラル体というのは『精神』であるといわれているように、宿る物に『心』を与えるものなんだ。
それは人工的な術式によって作られたものとはいえ、根本は人間のアストラル体と同じであるといわれている。
愛情を持って接すれば長持ちするし、逆に粗末に扱うと、部品はどこも悪くなくても動かなくなってしまう。
俺が少し術式をいじってやったら、ぬいぐるみは元気に「キャン!」と鳴いた。
すると、寂しげだった女の子の顔が、晴れ渡るように明るくなった。
「う……うわぁぁぁぁーーーっ!? チロちゃんがないた! チロちゃんがないたーっ!?」
チロはきゃんきゃん鳴きながら、俺の手から女の子にぴょんと飛びかかる。
久しぶりの飼い主との再会に、感情を爆発させているようだった。
「きゃはははっ! くすぐったいよ、チロっ! きゃはははははっ!」
女の子はチロはひとしきりじゃれあったあと、
「チロをなおしてくれて、ありがとうおにいちゃん!
おれいはなにをすればいいですか!? わたし、あんまりおかねはないんですけど……。
がんばって、いくらでもはらいます!」
「お礼はいらない。そのかわり、ひとつお願いをきいてくれるか?」
「はい、もちろんです! なんでもします!」
「これからもずっと、チロを大切にしてやってくれ。
それに、壊れたものをすぐに買い換えるんじゃなくて、チロみたいに大事にする気持ちを忘れないでほしい」
「はい、おにいちゃん! わたし、チロちゃんだけでなく、ぜんぶのものをたいせつにします!」
「そうか、偉いぞ!」
女の子は何度も何度もお礼を言ったあと、チロと仲良く走り去っていった。
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