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25 魔導マッサージ

 これでシスイの精神論も少しはマシになるかと思ったが、そんなことはなかった。

 ヤツはほんのわずかな間だけ、しおれた花のようになったあと、


「だ……だが拙者は騙されんぞ! ミカエルシファー!

 貴様はマジックアイテムを使ったのであろう!」


 完全なる断定口調で、俺をビシッと指さした。


「いや、使ってないよ」


「ウソをつくな! 証拠はいくらでもあるのだ!

 『解錠』の授業ではプロでも難しいレベルの解錠をこなしたそうではないか!

 もちろん、Aランクの生徒でも到底無理なことを、Fランクの貴様にできるわけがない!

 そなれば『解錠』のマジックアイテムを使ったのは明らかではないか!」


「だから、使ってないって」


「それどころか、この国でもトップクラスの魔導施錠である女子更衣室の裏口を解錠したそうではないか!

 この国でも世界最高クラスの封印をだ!

 ということは、貴様が使っていたのは、盗賊団などが使う非合法なマジックアイテム……!

 そのくらいのことは、風紀委員のほうでとっくに調べがついているのだ!

 貴様の性根は腐りきっており、心までFランクなのだ! ミカエルシファー!」


 俺は別に、俺のことを悪く言われるのはなんとも思わない。


「これからの状況証拠からするに、この出来損ないに『剣圧上昇』のマジックアイテムを使ったのは明白!

 なぜならばこの出来損ないは、拙者がいくら教えても板割りができなかったのだからな!

 出来損ないどうし、仲良く傷を舐め合っているがいい!」


 しかしさすがにこの一言にはカチンときた。


「どうした、怒ったのか、Fランク!

 しかしFランクの貴様が怒ったところで、Aランクの拙者に敵うわけがなかろう!

 おい、汚い手で触るなと言っただろう!」


 シスイは、伸ばした俺の手を払おうとしたが、俺はそれよりも早くヤツの腕を後ろに捻り上げ、床に押し倒した。

 それがあっという間の出来事だったので、シスイは虚を突かれたような声をあげる。


「えっ!? な……なにをした、貴様っ!? Fランクの貴様に、この拙者を倒すことなど、できるわけが……!」


 俺はオヤジから習ったドスの聞いた声を、ヤツの頭上に降らす。


「おい……!」



†少年が父親……すなわち魔神から習った『ドスの効いた声』……。

 それはたったの二文字であったが、地獄の釜蓋が開いたかのような、恐るべき怒声であった……!



 それだけで、シスイばかりかまわりにいた部員まで、「ひいっ!?」と色を失う。


「俺のことは、なんとでも言え……!

 だが、部員(アイツ)のことを『出来損ない』って呼ぶのだけは、許せねぇ……!

 なぜならばアイツは、誰よりも一生懸命だからだ……!

 それに部員ってのは、ともに戦う仲間じゃないのかよ……!?

 シスイ……もっと自分の部員の力を、信じてやれっ……!」


 タタミにめり込むように顔を伏せたシスイは、たまらず叫ぶ。


「うっ……! うううっ! わ……わかった!

 もう部員のことは悪く言わない! だから、だから離せっ!」


 どうやら反省したようなので、俺はドス声モードをやめる。

 しかし、拘束は解除しなかった。


「いや、まだだ」


「えっ」


「身体を触ってみたら、お前にも溜りがあるようだから、せっかくだからほぐしてやるよ」


 俺はうつ伏せになったシスイに馬乗りになると、背中に両手を這わせ、マッサージをはじめる。

 オフクロ直伝の『魔導マッサージ』だ。


「ああ、こりゃいろんな所にアストラル溜まりがあるなぁ。

 どうりでこんな凝り固まった頭になるわけだ」


 肩甲骨のあたりから順番に、背筋をなぞるように親指で押してやると、シスイの身体がビクンと跳ねた。


「んふうっ!? や……やめろっ、離せっ! ミカエルシファー!」


「本名だけど、そのミカエルシファーってのやめろ。ミカでいい」


「だ、誰が、貴様を愛称でなど……! あんっ!?」


「別にいいじゃないか。呼ばないならもっと強くするぞ」


「やっ……やめっ!? あはあんっ!? わ、わかった! ミカ! わかったからやめてぇ!」


 シスイは懇願しはじめるが、俺はやめない。


「滞留してたアストラル溜まりがなくなっていくのは気持ちいいだろう?」


「そ、そうだけど、やめてっ! お、お願いっ!」


 シスイは俺の下でジタバタともがきはじめるが、俺はやめない。


「まぁ任せとけって、一度知ったら病みつきになるから」


「や、やだあっ、やだやだあっ!?

 わ、私、剣士なのよ!? 剣士はなにがあっても不動心を保っていなくちゃいけないの!

 こんな気持ちいいことを知ったら、私、私っ……!」


 不意に「しまった!」とばかりに、両手で口を塞ぐシスイ。

 赤熱した首筋を動かして見やった先には、魔導剣道部の部員たちが。


 部員たちはみな、「とんでもないものを見てしまった」みたいな顔をしている。


「きゃ、キャプテンが……」


「自分のことを『私』なんて言ってる……」


「それにキャプテンの素の声って、あんなに可愛いかったんだ……」


「ずっと厳しい声で怒鳴り散らしてたから、知らなかった……」


 シスイは口を塞いでいた手で、今度は顔を覆ってイヤイヤをはじめた。


「や……やめてっ! 見ないで、見ないでぇ!

 こんな姿、部員に見られたくないっ!

 い、今まで築き上げてきた私の威厳がっ、剣士としての尊厳がっ!」


「お前が本物の剣士だっていうのであれば、こんなことくらいで部員は離れていったりしないよ。

 ちゃんと築き上げたものってのは、そう簡単には無くなったりしない。

 剥がれ落ちるとすれば、つまらないプライドで装った薄っぺらな見栄だけだ」


「い……いやぁぁぁぁっ!? これ以上されたら、おかしくなっちゃう!

 なんでもする、なんでもするからやめてっ、お願いしますっ!

 私が私でなくなっちゃうみたいで怖いんです! だから、だからっ……!」


「いいや、お前はお前でなくなるんじゃない。俺の手で、本当のお前になるんだ

 意地を張るのはやめて、すべてを曝け出すんだっ!」


 俺はトドメを刺すように、臀部の上をキュッと押す。

 すると、


「でっ……でちゃうぅぅぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~っ!!」


 シスイは畳をバリバリと引っ掻きながら、弓なりにピーンと身体を反らす。

 ガクガクと痙攣していたが、やがて全身の力がグッタリと抜け、ぜいぜいと肩で息をする。


 額や頬に黒髪が張り付くほどに汗びっしょりだ。

 悪いアストラル溜まりがたくさんあったからな。


 シスイはしばらく休んでいたが、不意にパッと身体を起こすと、いつもの鬼面で俺を睨みつけてきた。


「よ、よくも拙者に恥をかかせてくれたな……!」


 しかしその眼力は、以前のようなトゲトゲしさはない。

 むしろ、ほどよく力の抜けたいい表情になっていた。


「まあそう怒るなって、お前のアストラル溜まりもなくなったから、かなりパワーアップしてるはずだぞ

 試しに板割りをやってみな。おい、部員たち、板の準備してくれるか?

 たぶん5枚じゃ足りないと思うから、10枚並べてくれ」


 すると、部員たちは「は、はい!」と直立不動になったあと、板割りの台をテキパキと並べなおしてくれた。

 シスイはフンと鼻を鳴らす。


「剣圧で板割りは、拙者の最高記録でも5枚、師範級でも7枚がせいぜいなのだ……!

 10枚など、できるわけがなかろう……!」


「まあまあ、いいからやってみろって」


 俺に促されて、シスイは嫌々ながらも真面目に板割りに取り組む。

 すると、


 ……スパパパパッ……! カァァァァァァァーーーーーーンッ!!


 木板は障子紙かと思うほどに、あっさり10枚を貫いていた。

 瞬間、彼女は取り戻したはずの鬼面を、あっさりと外す。


「う……うそっ!? うそうそうそうそっ、うっそぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!?

 朝早くから夜遅くまで練習しても、5枚がやっとだったのにっ!?

 なんでなんでなんで、なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーっ!?」


 叫ぶだけでは足りないのか、その場でぴょんぴょん飛び跳ねるシスイ。

 まるで真冬から突然春を迎えた仔ウサギみたいだ。


 しかしまたしても我に返り、パッと俺を見た彼女は、なんとも複雑な表情を浮かべていた。

 怒りと困惑、歓喜と羞恥がごちゃまぜになった、幼子のような泣きべそ。


「な……なんでっ!? 悔しいのに嬉しい!? すっごく悔しいのに、すっごく嬉しい!?

 う……嬉しいですっ! 嬉しい嬉しい嬉しいっ! 嬉しいですぅぅぅぅーーーーーーっ!!」


 俺は、歯を食いしばりながら「悔しいです!」なんて言うをヤツを、これまでいっぱい見てきた。

 でも歯を食いしばりながら「嬉しいです!」なんて言うヤツは初めてだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] シスイが壊れた、まあ良い意味で部員達が就いてくるでしょう。
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