18 アストラル・パンチ
俺の元にやってきネイチャンは、俺の手を握りしめて離そうとしない。
ヴェールの向こうでダイヤモンドのように輝く光の粒をたくさん浮かべながら、一方的に俺に語りかけてくる。
「会いたかったわぁ、会いたかったわぁ、ごはんちゃんと食べてる? ちゃんと眠ってる? お小遣いは足りてる?」
「お前、いったい何者なんだ? 俺のことを知ってるのか?」
するとネイチャンは、ハッと我に返った様子で、
「あ……あらあら、つい取り乱しちゃったわ。ごめんなさいね。
はじめまして、私のことは『お姉ちゃん』って呼んでね」
「オネイチャン……? お前、ネイチャンって名前じゃなかったか?」
「そうなんだけど、ミカちゃんのような弟を持つことが夢だったの」
「なんだかよくわからんけど……まぁよろしくな、ネイチャン」
俺が『オネイチャン』と呼ばなかったことが不服だったのか、ネイチャンはいじけた様子を見せていた。
「ネイチャン様、そろそろお戻りになってください! あなた様はこんな所にいてはいけません!」
しかしお付きの男たちによって引き剥がされ、泣く泣く教室をあとにする。
そのあとはようやく始業となったのだが、教師であるヤイミはすっかり抜け殻になっていた。
「Fランクに……SSSランクのお方が……会いに……来る……なんて……ありえない……ざんす……」
壊れた魔導ラジオみたいに、同じことを繰り返すばかり。
ぜんぜん授業にならないまま、放課後を迎えた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
今日の放課後も、俺は部活動を見て回っていた。
体育館の運動部のほかに、武道場も尋ねてみる。
この学院は体育館が4つもあり、武道場も武道系の部活動の数だけあるという。
まずは『魔導空手部』が練習をしているという武道場に行ってみた。
練習の邪魔をしないように、道場の片隅にそっとお邪魔したのだが、なんだか様子がおかしい。
ガンバレイが、複数のガラの悪そうなヤツらに怒鳴られている真っ最中だった。
「おい、ガンバレイ! 俺たちが寝技の練習すっから、女をさらってこいって言っただろ!
他の新入りどもはみんな行ったのに、なんでテメーだけ言うとおりにしねーんだよ!?」
「俺様は田舎でも魔導空手をやっていたが、魔導空手に寝技はなんてものはねぇ!
それに俺様は昨日から入部したばかりだが、先輩たちはちっとも練習してねぇじゃねぇか!」
すると先輩たちは、ギャハハと笑った。
「『俺様』だってよ! 何様のつもりだコイツ!?」
「いーから言われたとおりに女をさらってこいよ!
お前と同じ、Dランク以下のヤツだぞ! 下位ランクのヤツなら何したって、俺たち上位ランクにはお咎めナシだからな!」
「おっ!? 新入りどもが戻ってきたようだぜ!?」
すると、道場の入り口から数人の男子生徒たちが現れた。
猿ぐつわをした女生徒を抱え、えっちらおっちらと運び込んでくる。
「先輩、お待たせしました! 同じクラスの女子をさらってきました!」
「おおっ、でかした! お前ら次の大会でレギュラーに使ってやるよ!
おい、そこにいるデカブツ! テメーは補欠だ! 俺たちが部室で寝技の練習してっから、パンでも買ってきな!」
「パンを食いながらパンパンするのがサイコーなんだよな、ぎゃはははははは!」
「おい、パン買ってこいってのが聞こえねぇのかよ、このデカブツ!
……なんだぁ、その顔は?」
棒立ちであったガンバレイは、握りしめた拳を無言で持ち上げる。
その拳は、怒りで小刻みに震えていた。
「ははっ、このデカブツ、俺たちを殴ろうとしてるぜ!」
「やってみろよ! Dランクのお前がCランクの俺たちに手ぇ出したら、どうなるかわかってんだろぉ!?」
先輩たちに茶化され、ガンバレイは歯を食いしばりながら拳を降ろす。
しかし、部室に運び込まれようとしている女生徒が激しく暴れた拍子に、殴られているのを目にした途端、
「お……男の拳は、女を痛めつけるためにあるんじゃねぇ……!
男の拳は、男の拳はっ……!」
ガンバレイは、降ろしたはずの拳をふたたび振り上げた。
しかし先輩たちは怯まない。
「下位ランクのヤツが上位ランクのヤツを殴ったりしたら、大変だろうなぁ! 1ランク降格どころじゃすまねぇぜ!」
「そうだ、たしかこの前、Fランクのヤツが転入してきたんだろ!? ソイツと同じFランクになっちまうだろうなぁ!」
「Fランクになりたきゃ、やってみろよ! 俺たちに教えてくれよ!
男の拳は何のためにあるってぇ!? ぎゃはははははは!」
「お……男の拳はっ! 女を守るためにあるんじゃぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
……がばあっ……!
ついに振りかぶられた拳を、
……ガシィィィィィィーーーーーーーーーーンッ!
俺はヤツの背後で受け止める。
「み……ミカっ!?」
「よくやった、ガンバレイ。お前の気持ちは俺がしっかり受け取ったぜ。あとは、俺に任せろ」
俺はそう言いながら、驚くガンバレイの前に立つ。
先輩……いや、俺にとってはチンピラどもが「なんだぁ、テメェ!?」とさっそく絡んできた。
「見たことねぇ顔だなぁ、テメーも転入生だろう!?」
「転入生なら下位ランクだろうが!? 俺たちに盾ついてタダですむと思ってんのかぁ!?」
「転入早々、Fランクになりてぇみたいだなぁ! ぎゃはははははは!」
「お前らの脅し文句はその1パターンのみかよ。鳥の鳴き声のほうがまだマシだな。
いいから囀ってないでかかってこいよ」
しかし俺がまったく怯む様子がないので、チンピラどもはついに気付いたようだ。
「まさか、テメェ……!?」
「『Fランク』かっ……!?」
「男と男の喧嘩に、ランクは関係ない。
それと、俺は魔導空手はやったことがないが、それも関係ない」
俺は見よう見まねで魔導空手の構えを取る。
そして一言。
「初めてでも、お前らみたいなチンピラには負けないからな」
それがよっぽど効いたのか、
「てっ……てめぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーっ!!」
チンピラたちは一斉に俺に襲いかかってきた。
俺はトロくさいパンチにカウンターを合わせる。
カウンターというのはかなり高度なテクニックだと思うが見事にキマる。
顔面にパンチを叩き込まれたチンピラは鼻血を吹き出しながら吹っ飛んでいく。
他のチンピラたちは今にも殴りかかってきそうだったが、急にあとずさった。
「なっ、なんだぁ、いまの打撃は!?」
「フィジカル体が出した打撃じゃないぞ!?」
「まっ、まさか……アストラル体で……!?」
†そう……! 少年が放った打撃は、人智のものではない……!
肉体の身体は動かさず、アストラル体を肉体から分離させ、殴りつける……!
その名も『アストラル・パンチ』……!
またの名を……!
「『アストラル正拳』っ!? う、ウソだろっ!? アストラル体で打撃だなんて、魔導空手の世界チャンプでもやっとの技なのに!?」
「世界チャンピオンでもフィジカル体と分離できるのはほんの数センチだけだ! 別の身体みたいに分離させるだなんて、不可能だ!」
「ということは、きっと何かのトリックだ! トリックで俺たちをビビらせようとしてるんだ! かまわぇね、やっちまえっ!」
アストラル体による打撃というのはフィジカル体の打撃に比べて高速で、しかもフィジカル体ではガードできない。
そのため、俺のパンチは面白いようにチンピラどもに決まる。
フィジカル体はアストラル体に干渉できないのに対し、アストラル体からは一方的に干渉できるという特性があるからだ。
簡単に言うと、幽霊と戦うようなもんだな。
「魔導空手有段者の先輩たちが、まるで相手になっていない……!?
つ、強すぎるっ……!? み、ミカ……! お前はいったい、何者なんだっ……!?」
ガンバレイが唖然としている間に、俺はチンピラどもを全員のしてやった。




