16 閑話
†これは、ミカがボーツラクス王国を旅立ってから、三日後の出来事である。
結婚後、初めての旅行へと旅立っていたミカの両親は、足早に、いや、光速で亜空間を突っ切っていた。
「あなた! 急ぎましょう!」
「うむうむうむうむ……! ミカが心配であるなるなるなるな……!」
†なんとこの両親、1年間は帰ってこないと宣言したはずなのに、わずか1ヶ月ほどで息子の元へと戻っていたのだ……!
なぜならばこの2人、いや、魔神と女神であるから、2柱と呼ぶべきか……!
いずれにせよ、尋常ならざる『過保護』であったのだ……!
まさに、人智を超えるほどの……!
しかしふたりは、我が家のある丘の上にたどり着いて、愕然とする。
こぢんまりとした『魔法屋』はそこにはなく……。
かわりに、でかでかとした『ボーツラクス王国立 高級魔法団』なる建物が……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
†時を同じくして、ボーツラクス王国城は、建国始まって以来の未曾有の危機に包まれていた。
なんとグリーンドラゴンが王城を襲来していたのだ……!
この国の王族たちは、謁見場の中で右往左往していた。
少年を追い出した張本人である、プーパリンまでも……!
「だーっ!? なんでなのだ、なんでなのだーっ!?
いままでこの国は、一度たりともドラゴンの襲来など、受けたことはなかったのだーっ!?」
†彼女のお抱えである、高級言語を操る魔術師たちで構成された『高級魔法団』たちは、結界を張りながら必死に叫んでいた……!
「ひ、姫! 落ち着いてください! ドラゴンの襲来は天災のようなもの……!
今まではたまたま運が良かっただけなのです!」
†否……! そうではない……!
ドラゴンがこの国を襲わなかったのは、ひとえに魔神の父と女神の母、そして少年の魔法による守護があったからに他ならない……!
「そっ、それでもミカであれば、世の命令であればグリーンドラゴンくらい討伐していたのだ!
外にいるグリーンドラゴンを、さっさと殺すのだーっ!
ミカにでてきて、なんでそなたらにできないのだーっ!?」
「む、ムチャです!
グリーンドラゴンを討伐するとなると、我々クラスの腕前の術者があと200人は必要です!
そのミカという者が討伐したのは、きっとトカゲか何かに違いありません!」
†これも、否……!
少年であれば、グリーンドラゴンより格上のドラゴンであったとしても、撃退していたであろう……!
「でもご安心ください、プーパリン様! 我らが『高級魔法団』が、この城を守ってみせましょうぞ!
いくらグリーンドラゴンとはいえ、総勢100名の術者が作り出した結界を破れるはずがありません!」
†不意に、風が哭いた……!
そこは、室内であったはずなのに……!
……ゴッ!!
瞬転、謁見場の壁は消え去り、周囲からは丸見えの状態になっていた。
真っ二つにへし折られた城の上部分が、まるでウエハースのごとく天高く舞い上がっている。
100名もの術者が作りだしていた結界など、始めから無かったかの如く……!
そしてそこには、翼をはためかせて見下ろす、入道雲のようなグリーンドラゴンが……!
しかしそれすらも些末なこと思えるほどのものが、浮いていたのだ……!
それは……。
少年の、両親っ……!
かたや太陽のような輝きを、かたや暗黒太陽のようなダークオーラを放つ、ふたつの存在。
空を粉々にするよほどの激声が迸った。
「……ミカちゃんを、どこへやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!?!?!?!?」
†この怒声は国じゅうに鳴りわたり、この国にいたすべての者が耳にしたという。
眼前に落雷が落ちたかのような迫力に、姫のドレスの中と、魔導師たちのローブの中は……。
無力な赤子のように、すでに、びっちゃびちゃ……!
この国を絶体絶命に追い込んでいたグリーンドラゴンを気にする者など、もはや誰もいなかった……!
「あっ……あわわわっ、ああっ、はわわわっ!」
†プーパリンはとうとう腰が抜け、へたり込んでしまう……!
声にならない声と、涙と鼻水が止まらない……!
神々たちは、ふたたび声を荒げた。
「答えろぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
ミカちゃんを、どこへやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
†いつも恐ろしい怒り顔をたたえている魔神の顔は、もはや限界突破。
目をそらしたいのにできず、息がまともにできない。
ありとあらゆる臓器が危機を訴え、体液が漏れ出すのが止まらない。
まるで心臓をわし掴みにされ、生命を絞られているかのようだった。
そしてさらに恐ろしかったのは、女神……!
いつも微笑みを絶やさぬ女神の顔には、もはや慈悲も憐憫も、およそこの世の情けと呼べる感情は欠片もなかった。
『ミカちゃんを危ない目に遭わせたヤツは絶対殺すウーマン』どころか……。
『ミカちゃんが危ない目に遭ったらこの惑星ごと滅ぼすウーマン』と呼ぶに相応しい、この世の終わりのような形相であった……!
「……ギャオォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!」
†ここでついに、グリーンドラゴンが動き出した。
「モンスターの頂点に立つ、この俺を無視するな!」と言わんばかりに怒り狂う。
宙に浮いている人間らしき者たちに、一撃必殺の炎を吐きかけようとしていた。
しかし、魔神と女神が視界の端で捉えただけで、
「……ゴエッ!? グエッ!? ギエェェッ!?」
全身の骨を砕かれているような嫌な音とともに、苦しみ悶えはじめた。
最後は、赤い水で満たされた風船が爆発するかのように大爆発。
「ギエェェェェェェェェェェェェェーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!?!?」
†嵐のような血風となって、城下町を真っ赤に染め上げていた。
謁見場は血のプール状態、アップアップと溺れるプーパリンに向かって、最後の声が降り注いだ。
「答えよ、愚かなるものよのよのよ……!」
「ありとあらゆる苦しみを与えられて地獄へと堕ちて、なおも責苦を味わっている、あのトカゲのようになりたくなければ、答えるのです……!」
「「ミカちゃんを、どこへやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」
生死の境を彷徨うプーパリン。
尽きかけた生命を振り絞り、ある方角を指さす。
すると、世界滅亡の予兆のように空を蹂躙していたふたつの彗星は、その方角へと飛び去っていった。




