12 新婚カップル誕生
フローレンスはあっさりボールを取られ、今にも地団駄を踏みそうなくらいに悔しがっていた。
俺はそのボールを指の上で回転させながら、ヤツに言ってやる。
「決闘は俺の勝ちだな。だからリンは俺のパートナーだ」
するとなぜか、隣にいるリンカーベルの破裂音が止まらなくなった。
「ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱっ!? パートナーっ!?
ミカくん、いきなりなにを言い出すのっ!?」
「なにをって、お前こそなにを言ってるんだよ。
俺とフローレンスのどっちがお前とパス練習をするかを決めてたところだったじゃないか」
するとリンカーベルは発火したように真っ赤になった。
そして耳まで真っ赤になった顔を「そそっ、そうね! パス練習の話だったわよね!」と押えてイヤイヤをはじめる。
リンカーベルと出会ったばかりの頃は、彼女のことを堅物で澄ました性格だと思っていた。
だがこうして接してみると、ずいぶん表情豊かだな、と俺は思う。
しかしその認識も正しくはないようだった。
赤くなったリンカーベルを見て、周囲のクラスメイトは驚いている。
「あんなにアタフタしているリンカーベルさん、初めて見た……」
「リンカーベルさんも、照れることがあるんだ……」
「高嶺の花と呼ばれるほどに凜としてるリンカーベルさんも、やっぱり普通の女の子なんだなぁ……」
そしていつの間にか、フローレンスは立ち直っていた。
フッ、と貴公子の微笑みで前髪をかきあげると、
「まだ決闘は終わってはいないよ、Fランクくん」
「えっ、まだ何かあるのか?」
「当然じゃないか、フローレンスがキミのボールを奪う番が残っているよ」
最初の決闘の条件にはそんなことは含まれていなかった気もするが、まあいいか。
「わかった、じゃあ奪ってみろよ。俺は10分ボールを取られなければいいんだな」
「いや、後攻の場合は、先攻の残り時間に10分を加えたものが攻撃時間になる」
俺たちの横にある魔導スクリーンを見ると、『09分05秒』で止まっていた。
ということは俺は55秒でボールを奪ったことになるが、ほとんどフローレンスがくっちゃべっている時間だったので、実質5秒といったところだろう。
いずれにしてもその残り時間に10分が足され『19分05秒』になった。
しかも追加ルールはそれだけじゃないらしい。
「そして後攻側がボールを取った場合は、先攻側の結果に関係なく、その時点で後攻の勝ちとなるんだ」
これにはさすがに、俺のまわりでもヒソヒソ話しがおこった。
「これって、後攻がメチャクチャ有利じゃない?」
「うん。なんで残り時間を足すのか意味わかんない」
「19分もあったらどんな魔法でも息切れして、ボールを取られちゃうでしょ……」
「っていうか、後攻が取ったらその時点で勝ちっておかしくない?」
密やかなるヤジを吹き飛ばすように、フローレンスは叫んだ。
「それでは決闘を続けようではないか、Fランクくんっ!
さっきはわざとキミに華をもたせてあげたんだよ!
負け組のキミに、お情けで勝利の美酒をひと舐めさせてあげたのさ!
さぁ、夢の時間は終わりだ! そろそろ姫君を取り戻させてもらうよ!」
そして、高らかに詠唱を始める。
「八百万の花の精霊! そのなかでももっとも気高く美しい薔薇の精霊たちよ!
我が元にこぞりて、その諸身を剥けっ!」
フローレンスの周囲に無数の点が浮かび上がる。
それは、よく見たら薔薇のトゲだった。
はっ!? と息を呑むリンカーベル。
「そ、それはっ……!? 『魔導バスケットボール』で許されている攻撃魔法は低級までよっ!?
そんな上級魔法を使うだなんて……!」
「ふふっ! リンカーベルさん! これは『魔導バスケットボール』の試合ではありません!
これは、男どうしの決闘……! 決闘なら、上級魔法もありなのですっ!」
「たとえ決闘でも、そんな上級魔法をクラスメイトに撃っていいわけないでしょう!?」
リンカーベルはなにを思ったのか、今まさに俺に向けて放たれようとしている千の棘たちの前に、両手を広げてたちはだかった。
「ミカくんが死んじゃうわ! やめてっ! やめてぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーっ!!」
†少女は飛び出し、少年の盾となった……!
それは勇ましくもいじらしい行為であったが……。
当人の内心はかつてないほどに、困惑していた……!
――え……ええっ!? なんでなんで、なんでっ!?
なんで私、こんなに必死になって止めようとしてるの!?
ミカくんは、私のファーストキスを無理やり奪った男の子なのよ!?
なんでそんなヤツを、私は必死になって守ろうとしてるの!?
なんでなんでなんでっ!? なんでぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!?!?
しかしそのグチャグチャな思いは、周囲に伝わるはずもなかった……!
なぜならば今の彼女の表情は『ザ・委員長』……!
クラスのいさかいを身体を張って収めようとする、クラスの鑑のような姿であったから……!
そして非情にもフローレンスの詠唱は、止まることがなかった……!
「薔薇たちよ! 我が剣となり、あやつを撃てっ! 幾千もの棘薔薇っ!」
†マシンガンをブッ放したような激音が、体育館を震わせる……!
まさに弾丸のような鋭い棘たちが、少女そして少年に、雨となって降り注いだ……!
絶体絶命の、ピンチ……!
しかし少年は、すでに終えていた……!
『詠唱』をっ……!
朝露に濡れる薔薇が花開くように、そっと紡ぎ出していたのだ……!
魔神より与えられし、言霊を……!
「危ないから、ちょっとこっち来てろ」
俺は手を伸ばし、前に立っていたリンカーベルの襟首を掴み、抱き寄せる。
不意を突かれたのか、「きゃんっ!?」とかわいい悲鳴をあげて、俺の胸に飛び込んでくるリンカーベル。
刹那、
……シュバババババババババババババーーーーーーッ!!
俺たちのすぐ両脇を、棘の洪水が通り過ぎていく。
俺の腕のなかで、リンカーベルは目をぱちくりさせていた。
「えっ……? 棘が、よけて……?」
彼女はなにが起きているのか、まったく理解できていない様子だった。
夢のなかにいるかのような、ぼんやりとした表情で俺を見上げると、
「こ……これも……あなたがやったの……?」
「言っただろ。この程度の術式を書き換えるのは朝飯前だって」
†そう……!
少年は『幾千もの棘薔薇』の術式を書き換え、対象である少年を『いないもの』とし……。
弾丸の軌道を、すべてそらしていたのだ……!
薔薇のトゲたちは迷うように、少年と少女の間を、ぐるぐる、ぐるぐると……!
その様は『薔薇紋語』の魔法の特性である華麗さと相まって、幻想的な光景を作り出していた……!
棘の嵐の中央にいる、少年と少女……!
ふたりはさながら、新婚旅行のダイビングで小魚の群れに祝福される、カップルのようであった……!
「き……きれい……! 薔薇の棘が、こんなにきれいだったなんて……!」
「見て! 棘の群れの真ん中に、ミカくんとリンカーベル様がいるわ!」
「ああっ、抱き合ってるぞ!?」
「リンカーベル様、ミカのやつに抱きしめられて、ウットリしてる……!」
「ううっ……! 悔しい……! 悔しいけど、なんて絵になるんだ……!」
「い……いいなぁ、リンカーベル様! わたしもミカくんに抱きしめられたい!」
「ちょっとあなた、Dランク以下は男じゃないって言ってなかった!?」
「そうだけど、ミカくんにだったら抱きしめられてもいいと思っちゃった! だってなんだかカッコイイんだもん!」




