11 魔導バスケットボール
いろいろあったけど俺は男子更衣室で着替えをすませ、次の体育の授業へと参加する。
今日は体育館で、『魔導バスケットボール』の授業だった。
†『魔導バスケットボール』というのは、一部の魔法の使用が許されたバスケットボールのことである。
オグル族のいかつい体育教師は、準備運動のあとに俺たちに向かって言う。
「『魔導バスケットボール』といっても今日は基礎をやるぞ!
まずはパスの練習をするから、男女でペアを作れ!」
クラスメイトたちは思い思いに声をかけ、即席のペアを作り上げている。
俺は考えるまでもなく、リンカーベルのところに向かった。
「おい、リン、一緒にやろうぜ」
するとリンカーベルは、特大の豆鉄砲をくらった鳩みたいな顔になる。
「り、リン!?」
「ああ、お前、リンカーベルって名前じゃなかったか? だからリンでいいだろう」
「ちょ、ちょっと!? いきなりなんで呼び捨て!? それに愛称だなんて、まるで……!」
言いかけて、うぐっと口をつぐむリンカーベル。
「まるでなんだよ? それにクラスメイトなんだから呼び捨てくらいいだろう。お前もミカって呼んでいいから」
「あなた、ミカっていうの?」
「ああ、ミカエルシファーだからミカだ」
「ふぅん、だからミカくんなのね。ミカくんってなんか変なカンジ」
「だろ? だから呼び捨てでいいって」
すると、ふふっと微笑むリンカーベル。
コイツはいつも小難しい顔をしているけど、そのほうがずっといい、と俺は思う。
しかし彼女はハッとなって、
「って、そうじゃなくって なんで私がミカくんとペアを組まなくちゃいけないのよ!?」
「しょうがないだろ、お前がいちばんよく知ってる女子なんだから」
「わ、私が、いちばん……!?」
「ああ、だから今日だけは頼むよ」
「しょしょっ、しょうがないわねぇ……」
俺が差し出した手を、まんざらでもない様子で取ろうとするリンカーベル。
すると俺たちの間を、薔薇の香りを含んだ風が吹き抜けた。
たて続けに薔薇の花びらと声が、同じ方角から飛んでくる。
「待ちたまえ」
見るとそこには、エルフ族のクラスメイトが立っていた。
緑色の長髪を優雅になびかせる色男だった。
「リンカーベルさんお相手は、この薔薇術師のフローレンスに決まっているのさ」
まわりにいた女子たちが、キャーッと歓声をあげる。
「フローレンスさまーっ!」
「Aランクのリンカーベル様にお似合いなのは、やっぱり同じAランクの殿方よね!」
「フローレンス様なら、見た目もリンカーベルさんにつりあってるし!」
「だからミカくん、あたしとペアを組もうよ!」
フローレンスはフッと鼻で笑った。
「ほら、レディたちもああ言っているよ。これで少しは身の程がわかったかな?」
俺としてはペアを譲るのは構わなかったが、なんだかコイツの態度が鼻につく。
「いつもはそうだったとしても、今日は俺が最初に声をかけたんだ」
「ふふっ、モテない男の横恋慕ほどみっともないものはないよ。
リンカーベルさんを見てみるといい、このフローレンスをあんなにも求めているじゃないか」
しかしリンカーベルは真顔で、
「たかがパス練習なんだし、私はべつに、どっちでもいいけど」
「ふふ、わかっているよ、照れているんだね。
ならばキミの前でお見せしよう、格の違いというものを」
フローレンスは俺に向き直ると、どこからともなく取り出した薔薇を一輪、足元に投げてよこした。
「決闘だ、Fランクくん。
リンカーベルさんのペアの座を賭けて、『魔導バスケットボール』勝負といこうじゃないか……!」
俺は『魔導バスケットボール』なんてやったことがなかったのだが、もはや引き下がるわけにはいなかなかった。
「やめてふたりとも、決闘なんて!」と叫ぶリンカーベルをよそに決闘を承諾すると、
『決闘開始!』
俺とフローレンスの間に、魔導スクリーンが浮かび上がった。
クラスメイトたちはざわめきながらも後ずさる。
リンカーベルだけは介錯人のように、その場から動かなかった。
遅まきながらも気付いた体育教師は、「お、おい、お前たち! こんな所で決闘なんかするんじゃない!」と止めに入ろうとしたが、
「申し訳ありませんが、先生は引っ込んでいてください。学院法規により、決闘は合意が成立すれば授業中に行なってもかまわないはずです」
フローレンスのピシッとした一言によって黙らされていた。
「ルールはこうだ、Fランクくん!
このフローレンスから、10分以内にボールを奪ってみるがいい!」
フローレンスがそう宣言した途端、俺たちの横に魔導スクリーンが現れ、10分のカウントダウンを開始する。
「八百万の花の精霊! そのなかでももっとも気高く美しい薔薇の精霊たちよ!
我が元にこぞりて、我が手となれ! 見えざる薔薇の御手っ!」
詠唱ととも薔薇の花びらを含んだつむじ風が起こり、足元にあったバスケットボールを天井高く巻き上げる。
「さぁ来てみるがいい、Fランクくん! その名にふさわしく、醜く足掻くがいい!
このボールをリーンベルさんだと思って、必死にかかってくるがいい!
しかしいくらがんばったところで、このボールには指一本触れることすらかなわないのさ!
なぜならばこのボールはすでに、このフローレンスに夢中だからさ!」
「キャーッ、フローレンスさまーっ!」と歓声がおこる。
しかしその間にもボールはふわりと放物線を描き、俺のふところにおさまっていた。
歓声は間を置かず、
「フローレンスぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!?!?」
と驚愕に変わっていた。
フローレンスはボールを取られたことに気付いておらず、挑発的な笑みを向けている。
しかし俺の手にバスケットボールがあるのを見て、ふと薔薇の竜巻を見上げた。
瞬間、笑みが消える。
「ば、ばかなっ!? フローレンスがキープしたボールは、Aランク以上の生徒には奪われたことのなかったのにっ!?
い、いったい、なにをやったっ!?」
「そんなに驚くこともないだろう。
お前が薔薇の精霊に向けた術式、そこに介入して、ちょちょっと風の流れを書き換えてやっただけだ」
これにはいつの間にか隣にいたリーンベルも驚いていた。
「い……インタラプトっ!? 発動前ならともかく、発動した術式に介入するのはSランクの技術よ!?
それに、精霊ごとの言語の翻訳も必要だし! だいいち、こんな短時間でできるもんじゃないわ!
トリックじゃないとしたら、あなたいったい何者なのっ!?」
「なんだかよくわからんけど、そんなに難しいことでもないだろう。
少なくともこの程度の書き換えであれば、俺には朝飯前だ」
するとクラスメイトたちが、ざわっ……! とざわめく。
そんなに驚かれることを言ったつもりも、やったつもりもないのだが……。
フローレンスは歯噛みをしていた。
「ぐぐぐっ……! こっ、こんな屈辱は初めてだ……!
我が一族に伝わる、『薔薇紋語』……!
その美しき術式を書き換えるとは、薔薇園を土足で踏みにじるにも等しい行為……!
どんな手を使ったのかは知らんが、許さない……! 許さないぞぉぉぉ……!!」




