第八話 忿怒
〈【群れの長】を喪失しました〉
〈【指揮】【共鳴】を喪失しました〉
えっ?
〈【孤高の主】を獲得しました〉
〈【支配】【支配無効】を獲得しました〉
へっ?
〈配下の骸を魔力リソースに変換。主に還元します〉
はっ?
目の前で起こった現象は、摩訶不思議だった。【理の声】が無情に告げたそれを気にする余裕が無くなるほどのことだった。
きょうだいたちが光を放ち、次の瞬間には、色とりどりの光球となって、次々と俺に吸い込まれていった。
「なんだ?これは?」
その様子に、剣士もまた、驚いていた。
そうだ、コイツの能力は確か。
『名称:御剣 空海 性別:男
種族:人間 天職:剣士
レベル:43/200 状態:健常
パラメータ
筋力:480 体力:432 魔力:212 技巧:380 敏捷:462
スキル
特性:【異界の魂】【異界の肉体】【理の声】【自動翻訳】【気配察知:lv.2】【直感】
戦術:【剣術:lv.4】【隠密:lv.2】
魔術:
耐性:
称号:【異界人】【転移者】【冒険者】 』
俺との差は、二倍より少し低い程度。そして、【異界人】と【転移者】の称号。【能力閲覧権】はないが、【理の声】を持ってやがる。おそらく、人間のまま、こちらに来たコイツにとって、これはただのゲームの延長。
「さて、君も経験値になってくれ」
あぁ、確定だ。せめて、英雄の礎とかに言い換えれば、まだ、確信を得ることはなかったのに。
獣になって、三ヶ月が経とうとしている。これが生存競争なら、まだ、許せたかもしれない。否、それこそ生存のために復讐を諦めることができた。
あぁ、だが、コイツは。無駄な争いを引き起こし、あまつさえ、それに勝利した。
ワレラケモノノホコリヲブジョクシタ
「……アオォォォォオーーーン!!!」
【咆哮】の許す限りに目一杯、叫んだ。
小鳥たちが飛び立った。近場にいた魔物たちが逃げ出した。
一匹のちっぽけな獣の嘆きと怒りの咆哮は、森の主の元まで届いていた。
「ぐっ!?」
剣士は、【咆哮】の効果により、竦んだ。
〈忿怒の臨界を確認〉
〈【忿怒の魔王】を獲得しました〉
〈【忿怒の罪】を獲得しました〉
〈強制進化を実行します〉
影に覆われた。狼は、燃ゆる影に覆われた。
「なんだ!?」
剣士が驚愕の声を上げる。だが、ゲーム感覚の抜け切らぬこの男は、それを傍観した。どうせ、自分が負けることはないとタカを括って。
〈蓄積した魔力リソースを消費します〉
〈成功しました〉
〈進化先を一角狼(王種)に決定します〉
〈【獣の感覚】が【魔獣の感覚】に昇華しました〉
〈【咆哮】が【獣魔咆哮】に昇華しました〉
〈【獣の毛皮】が【魔獣の毛皮】に昇華しました〉
〈【槍術】【獄炎】【再生】【獄炎無効】を獲得しました〉
〈獲得しているスキルのレベルがアップしました〉
燃ゆる影が晴れた。
「一本角を生やした狼?」
剣士の言うように、それは金色の一本角を生やした漆黒の毛並みの魔狼だった。尾だけが燃えるように赫く、その体躯は、四足歩行でありながら、人間の胸の位置に匹敵する。
『名称: 性別:雄
種族:一角狼(王種) 闘級:C
レベル:1/80 状態:健常
パラメータ
筋力:1175 体力:1175 魔力:1175 技巧:1175 敏捷:1175
スキル
特性:【異界の魂】【理の声】【自動翻訳】【能力閲覧権:lv.4】【魔獣の感覚:lv.3】【支配:lv.2】【忿怒の罪:lv.1】【再生:lv.1】
戦術:【爪牙術:lv.7】【獣魔咆哮:lv.3】【疾駆:lv.5】【隠密:lv.4】【奇襲:lv.4】【槍術:lv.3】
魔術:【獄炎:lv.1】
耐性:【魔獣の毛皮:lv.2】【支配無効】【獄炎無効】
称号:【異界人】【転生者】【孤高の主】【忿怒の魔王】』
闘級がC!飛び級か!あぁ、神よ!
いや、感謝するべきじゃない。感謝すべき対象なら、こんなことになりはしなかった。
「ひっ!?」
狼に睨まれたクウは悲鳴を上げた。【直感】がさっきから、逃げろと囁いている。
だが、逃げ出すことなどできはしない。さきほどよりも、よほど格の差が開いた能力値。逆転だ。
狼は【疾駆】した。ただ、それだけで良かった。
金色の角を構えて、剣士を突き飛ばした。
もう、見えない。森の入り口まで飛んでいったのではないだろうか?
あぁ、虚しい。角が男を貫いた感覚はあった。こんな森で助けなど期待できまい。きっと、死んでいる。
あぁ、なんか眠い、な。
ドサッと、音を立てて狼は眠り倒れた。急激な肉体変化による疲労だった。
そこに一匹の狐が現れた。大きな狐で、尻尾が九本もある。
狐は狼を見つめている。
『……ふっ、おもしろい』
はっきりと狐はそんな思念を無作為に飛ばした。
狐は、目に見えぬチカラで、狼を運び、その場を去っていった。