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怒りと嘆きの獣道  作者: 龍崎 明
序章 イジュラの森
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閑話 少女と牙折れ

閑話です、連続投稿であり、前話が第六話となっております。

 その少女は名を、リゼット・プランティと言った。この世界においても、最多の人類である人間族に産まれ、従魔師の天職を神より授かっていた。


 天職とは、人類にとっての闘級である。神より授かる最も適性のある職業とされ、条件を満たせば、より上位の職に転職でき、これが人類にとっての進化である。

 転生者のワイルドウルフのように、詳細な能力を見れるわけではないが、名称、性別、種族、天職もしくは闘級の四項目は、【鑑定】のスキルで確認することができた。


 リゼットは、美少女と言って差し支えない器量であった。クセのない茶髪は太陽の光を反射し、ぱっちりとした目は、キラキラした黒瞳を宿している。鼻筋がスッとしており、唇は優しげに弧を描いている。


 今日、リゼットは森に来ていた。若気の至りで村を飛び出し、駆け出し冒険者となったリゼットは、薬草採取の依頼を受けたのである。村娘であったリゼットは、生来、活発であったため、猟師のおじさんに付いてまわって、その辺りの知識は豊富であった。


 危険の少ない依頼だったように思う。平時であれば、間違いのない事実だ。森の浅いところであれば、弱い魔物にしか出会わず、その弱い魔物であれば、従魔師のスキルで追い払うことができた。生涯のパートナーとなる従魔を未だ、見つけていないとしても、その程度のことはできたのだ。


 しかし、イジュラの森は今、平時とは少し違った。獣にしては、過ぎたる知恵を得たあの狼によって、森の生態系に少なくない影響が出ており、尚且つ、リゼットは、一つのことに集中すると周りが見えなくなる性質だった。


「あっ、向こうにも群生地だ!」


 なまじ、目が良かったために、次々と薬草の群生地を見つけ、奥へ奥へと、歩みを進めてしまっていた。


 いつもなら、それは幸運なことだった。いくら、周りが見えなくなるからと言って、雰囲気がガラリと変わる本当の奥地に入ることはなかっただろう。けれど、その奥地から追われるように逃れてきた獣がいた。


「ブモォォ!!!」


 猪の悲鳴だ。お昼休憩に、サンドウィッチを齧っていたリゼットは急ぎ、その場を立ち去ろうとした。果たして、逃げることは叶わず、目の前に、ドスンと音をさせて、不時着したワイルドボア。


「ブル?」

「えっ?」


 そう不時着した。お互い何が起こったのか、わからず、数瞬の硬直。やがて


「ブモォォ!?!」

「えーーー?!!」


 猪はまるで、リゼットの存在に驚いたように、立ち上がることも忘れ、脚を必死に動かしている。一方、リゼットもこの巨体が投げ飛ばされた事実に気づき驚愕の声を上げた。


 二人とも、いや訂正、一人と一匹は、重大なことを忘れていた。猪はなぜ、自分がここにいるのかということ、リゼットは、猪の巨体を投げ飛ばすほどの存在がこの近くにいるということだった。


 ノシノシと、余裕のある足音が響き、その音に気づいたリゼットと猪。一人と一匹は同時に、錆び付いたブリキ人形が如く、ゆっくりとそちらに視線をやった。


「きゃーー!!」「ブモォォオオ!!」

「グラァアア!!!」


 一人と二匹の叫びが響き渡る。


 そこにいたのは、闘級:Eのワイルドベアであった。


 ここで我に帰ったのは、猟師のおじさんに付いてまわっていたリゼットである。野生の二匹より、野生らしいとはこれいかに。

 猪はよく見れば、至るところから、血を流しており、右の牙はポッキリと折れてしまっていた。実のところ、流血は熊の仕業だが、牙が折れているのは、あのワンコの仕業なのだが、それを少女が知る術はない。


 E級は、今の少女には対応不可能とはいかないまでも、荷の重い相手だ。十中八九負ける。そして、死ぬのだ。


 逃げるか。と一瞬、過ったものの熊は背を向けた者を優先して襲う習性をしているのが基本であるとリゼットは冷静に思い出した。


 猪をチラッと見る。頼りなさそうな、おそらく、臆病な性格の個体。仲間からは見捨てられたのか、それとも、もう喰われたのか。


 これもまた、運命かも。


 少女は、わざとロマンチックに思考をもっていき、【回復魔術】を猪に掛けてやった。


「ブモ?」


 みるみると塞がる傷口。痛みの消える身体に猪が疑問の声を上げた。


 続いて、リゼットは【強化魔術】をありったけの魔力で行使した。もちろん、臆病な猪に対してだ。


「ブモモ?」


「今のあなたはいつもより、強いのよ!さぁ、あの熊に突っ込んで!私を信じなさい!」


 従魔師として、【意思疎通】のスキルを持っているリゼットの言葉は、明確なイメージとして、猪に伝わった。

 猪は、半信半疑ながらも、意を決して立ち上がり、逃げてもどうせ死んでしまうと、格上の熊と向き合った。


「行っけぇ!!」

「ブモォォ!!」


 熊が様子の変わった獲物に戸惑っているうちに、猪はリゼットの言葉を受けて、勇気を振り絞り、渾身の突進を敢行した。


 まさに、猪突猛進。平時の1.5倍ほどの速度で突っ込み、自分よりも大きな熊を吹き飛ばす。

 その土手っ腹には、残った左の牙によって、穴が開けられ、間もなく、熊は絶命した。


「やったー!」「ブモォォ!」


 死の淵からの生還に喜びを露わにする一人と一匹。一頻り、喜んだ後、少女は持っていた果物を差し出しながら、猪に言った。


「私、従魔師なの。あなた、私のパートナーにならない?」


「ブモ!」


 猪は二つ返事で了承し、少女の手にあった果物を貰った。


「よろしくね、あなたの名前は……レイバックとかどう?」


「ブモ?ブモモォ!」


「気に入った?あなたは今日から、レイバックよ!それじゃ、私の暮らしているところに帰りましょう!」


「ブモ!」


 かくして、臆病な牙折れ猪は、レイバックという名を貰い、従魔師のパートナーとしての猪生を歩み始めたのだった。

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