第十一話 ルピナス
白狼の女は、少女と言っていい年齢だろう。酷い生活だったせいか、肉付きは悪い。背に乗せて、移動するべきだ。
裸のまま、荷物を纏めている。気にした様子がないのは、忘れているのか、獣の俺しかこの場にいないからか。
『おい、お前、名前は?』
「えっ?はい、ブランカと言います」
【能力閲覧権】で調べることもできるが、コミュニケーションとしても、本人から聞かなければな。
『服はあるのか?』
「えっ?あっ……」
忘れていたらしい。急激に頬が紅潮し、アワアワと意味もなく手足をばたつかせた。
その様子を観察しながら、スプリンダに教わった【水魔術】を発動させる。
「ひゃっ!?」
驚愕の声を上げるブランカ。
「な、なんですか?」
『【水魔術】で、身体を洗っただけだ』
「あ、ありがとうございます」
文字通り、冷や水を浴びせられたようなものであるブランカは、落ち着きを多少、取り戻したようでいそいそと、簡素な布の服を取り出して、それを着ようとした。
『待て』
「こ、今度は何?」
『その服も洗う。少し、待て』
「わ、わかりました」
さっきと同じように、【水魔術】を発動。洗濯ほどではないが、まぁ、しないよりはマシだ。
今度こそ、着るように促せば、ブランカはお礼を言って、ささっと服を着た。
荷物の整理を終えて、男どもが残した肩提げ鞄を持つ。そして、俺に向き直った。
「準備できました」
『よし、行くぞ。背中に乗れ』
「へっ?」
予想外の言葉だったのか。間抜けな声を上げるブランカ。それに構わず、伏せの姿勢を取る。
『早くしろ』
「は、はい!」
タタっと駆け寄り、恐る恐る俺の背に跨るブランカ。
『しっかり捕まっていろよ』
「……」
当たり前のことを言ったはずだが、ブランカの返事がない。どうしたのか。背中にいるので、表情も窺えない。
「あの、あなたのお名前は?」
なるほど、それを問い掛けるタイミングでも測っていたのか。
『名はない。好きに呼べ』
「……では、ルピナスとか、どうでしょう?」
『ルピナス?』
「古き言葉で、狼を意味する花の名前です。花言葉は、『貪欲』『いつも幸せ』『想像力』です」
『「いつも幸せ」か……気に入った。これからは、ルピナスと名乗るとしよう』
〈名称をルピナスに決定します〉
【理の声】にも認められて、俺はルピナスという名を得たのだった。
……
男どもの焚いていた火を消して、ブランカを背に乗せ、【疾駆】する。
「すごい!速い!!」
感嘆の声を上げるブランカ。例によって、表情は窺えないが、キラキラとした瞳をしているのではないだろうか。
『振り落とされるなよ』
そう、注意しながらも、俺はもっと楽しませようと無駄に跳躍などしてみる。
「わぁ!!」
今まで、抑制されていた分の子供っぽさが溢れているかのようだった。
遠くに、明かりが見えた。
『街が見えたが、この街は素通りするぞ。あの男どもが目指していた街だろう?』
「えぇ、そうよ。その街よりも先には、確か、従魔の街と呼ばれる街があると聞いたことがあるわ。そこなら、ルピナスも目立たないんじゃないかしら?」
俺の問い掛けに、ブランカが答える。どうやら、獣人としての高性能な耳で、断片的ながらそれなりの情報を持っているらしい。
しかし、目立たないのは、難しいだろうな。
『名称:ブランカ 性別:女
種族:獣人(狼、アルビノ種) 天職:聖女
レベル:13/200 状態:衰弱
パラメータ
筋力:132 体力:142 魔力:280 技巧:121 敏捷:154
スキル
特性:【神聖性】【獣人の感覚:lv.1】【魔王の寵愛】【忍耐の罰:lv.1】
戦術:
魔術:【神聖魔術:lv.1】【回復魔術:lv.1】【強化魔術:lv.3】
耐性:【諦観】【孤独耐性:lv.5】【飢餓耐性:lv.4】【痛覚耐性:lv.7】【毒耐性:lv.2】【睡眠耐性:lv.3】
称号:【忌み子】【献身の乙女】【魔王の花嫁】【忍耐の勇者】』
『【神聖性】
どのような環境でも損なわれることのない優しく強い心。【神聖魔術】に補正。
【魔王の寵愛】
魔王の得た経験値と同量の経験値を獲得する。
【忍耐の罰】
〔守護〕の権能。
【諦観】
過酷な環境における精神的苦痛を無効にする。
【忌み子】
誕生より、呪われた不幸な子。せめてもの情けを。【諦観】を獲得。
【献身の乙女】
自らを犠牲にして他者を救う女性の証。【回復魔術】【強化魔術】を獲得。
【魔王の花嫁】
魔王に庇護された女性の証。【魔王の寵愛】を獲得。
【忍耐の勇者】
おめでとう、君は人類の救済者だ。【忍耐の罰】を獲得。』
ブランカの能力だ。レベルの割に高いパラメータ。痛々しい耐性スキル。後、魔王関連と勇者のスキル……。魔王の天敵が、その魔王の花嫁ね。ひどい矛盾だ。てか、嫁にした覚えはないぞ。
スプリンダの話では、特殊な能力を持つそれこそ、勇者や魔王、異界人でもない限り、【鑑定】スキルにより判明する名称、性別、種族、天職の四項目しか能力というのは知られていない。だから、目立つのはブランカのスキルのせいじゃない。天職だ。
聖女。聖職者系上級職。浄化と癒しのチカラに特化した正しく、英雄物語におけるヒーラーであり、メインヒロインにもなり得る天職だ。
【能力閲覧権】でわかるのは、その性能だけだが、おそらく、この天職は宗教系組織をはじめとして、保護という名の軟禁をしようと血眼になって探している代物ではないだろうか。
当然、そんなことはさせない。幸い、【鑑定】スキルは非常に珍しいというスプリンダの話だった。まぁ、やはり、大昔の常識ではあるが。能力としての【鑑定】は珍しいままでも、道具として代用品が開発されている可能性もある。油断は禁物だ。
俺が、今後のことを考えている間に、日が昇り、それが中天に差し掛かる少し前に、従魔の街テイマニアに到着するのだった。