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第3話

地獄のランチタイムが始まった。果たして一馬と後藤の試験やいかに、、、

11時のオープンまで30分あるので葵は新人二人にお店の開け方やオープンの段取りを教えていた。二人はメモを取りながら葵の後を金魚のフンのようにくっついていった。キッチンはキッチンで新人君たちに食材の場所や食器洗い機の使い方などを教えていた。


午前11時アクアオープン。お店の扉を開けると開店を待っていたお客様が2,3組いた。

「いらっしゃいませ。大変お待たせいたしました。さあどうぞ」

葵が愛想良くお客様を中へ誘導する。今日もまたアクアが目覚めた。

ランチタイムは相も変わらず混雑していた。後藤は他のファミレスで経験があるのか周りの動きを見ながら見よう見まねで業務をこなしていた。一馬は従業員の動きをじっと見つめてはしきりにメモを取っていた。それを見て葵はすかさずツッコミを入れた。

「メモを取るのもいいけど体もちゃんと動かしなさいよ」

「はっはい、すみません、、、」

一馬は葵の言うことに素直に従った。この子たちは鍛えればモノになるかもだわ。葵は心の中でそう思っていた。

一方冴子は時々フロアを覗いていたがキッチンの新人君たちの動きがあまりにも遅いのでキッチンに渇を入れていた。

「いきなり食事を作れって言ってるわけじゃないんだから先輩の動きを見ながら食器を洗ったり雑用をしっかりやってちょうだい。ほらそこのボウルをかたづけて!」

キッチンのメンバーは冴子の怒鳴り声などお構いなしに黙々と料理を作っている。冴子の怒鳴るのはいつものことなので全く気にしていないようだ。

お店としては特に大きなトラブルもなく無事にランチタイムは終了した。冴子はフロアの二人と葵を休憩室に呼んだ。

「お疲れ様でした。1日目はどうでしたか。結構きつかったんじゃないかしら。辛かったらいつでも辞めてもらっても構わないけど早めに言ってちょうだいね。葵、どうだった二人は」

「うん、思ったよりもよかったよ。愛想もいいし、テキパキ動いていたし。二人さえやる気があれば大丈夫じゃないかな」

「そう、よかったわ。じゃああと1日ランチタイムお願いね。もう上がっていいわよ。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

「失礼します」

二人は早くその場から立ち去りたいのか、さっさと休憩室を出て行ってしまった。休憩室には冴子と葵だけになった。

「さっきの評価は本音で言ったの?」

「そうよ、二人ともいい動きをしていたわ。ここじゃなくても必要としている所なら即採用になってるんじゃないかしら」

「そう、よかったわ。でも問題はキッチンね。全く使えないわ。今の子ってなんで周りの空気が読めないのかしら」

「今の子って周りと協力して何かをやるってことが苦手なんじゃないかな。あの子だけのせいじゃないだろうけど、そういう時代なのかねぇ」

「あと1日はがまんするけどその後はクビね」

「フロアの二人は大丈夫だと思うよ」

「葵がそういうのなら大丈夫ね。わかったわ、フロアはそのまま継続してもらいましょう。ありがとう。フロアに戻ってもらってもいいわ」


冴子は休憩室で一人タバコに火をつけながら考えていた。フロアの二人はどうだったのだろう。特に一馬の動きは気になっていた。あれだけのことを言っていたのだからそれなりの動きはしているのだろうか。明日はフロアを見る時間も作ろう。


次の日は日曜日だけあって昨日よりお客様の入りが多かった。冴子は昨日フロアを見たいと思っていたが昨日以上の忙しさのためキッチンに掛かりっきりになってしまった。新人君たちが色々ミスをしてしまいその後始末に追われてしまったのだ。昨日以上にイライラしてしまい新人君以外にもキツく当たってしまっていた。

「ふぅ、何とかランチタイムは乗り切ったわね。さて新人君たちに判決を言い渡しますか」

冴子はまずキッチンの新人君たちを呼び出した。

「二日間お疲れ様でした。あなたたちもわかっていると思うけど、こんな動きじゃこのお店ではやっていけないと思うわ。二日分のお給料は払いますから他の仕事を探してちょうだい。厳しい言い方だけどお店のレベルを落とす訳にはいかないのよ。わかってちょうだい。」

新人君たちは覚悟をしていたのかさほどショックを受けている様子はなかった。

「ご迷惑お掛けして申し訳ありませんでした。これからまた修行していつの日かまた働けるように出なおしてきます。ありがとうございました」

「そう言ってもらえるとうれしいわ。二日間ご苦労様でした」

空気が読めないと思っていたけど去り際は見事だわ。冴子は変な所で感心していた。

「ふぅ、なんとか店長の機嫌がもどったみたいだ。前もってヤツらに言っておいてよかったよ」

冴子の判決を陰で聞いていたキッチンの先輩たちはホッと胸をなでおろした。

「でも新人君たちがいなくなるってことはまた俺たちでやっていかないとだろ。結構きついよなぁ、、、」

「そうだよな。ただでさえ人が少ないのに店長の厳しい一言で新しく入ってくる人がほとんどいないしなぁ」

キッチンのメンバーも固定されてしまっているのでかなり疲れがたまっていたのだ。


「なんですって!あなた誰に向かって口をきいているの。何様のつもり?もう一度言ってごらんなさい!」

キッチンのメンバーが話していると休憩室から冴子の怒鳴り声が聞こえてきた。

「ですからお願いされる前にこちらからお断りします。今の状態でこのお店を続けていったら確実に潰れますよ。あなたはプライドが高いからその理由を認めたくないだろうけどその理由が知りたかったらいつでも連絡下さい」

一馬は顔を拭いたおしぼりをテーブルに置いて冷静に続けた。

「私の言い方が生意気なのは謝ります。でもあなたは頭が切れる人で冷静で物事の判断がしっかりできる人だ。少し時間をかけて考えれば私の言っていることがわかるはずですよ」

「もういいわ。言い訳は聞きたくないわ。あなたの望み通り今日限りで辞めてもらって結構です」

「ありがとうございます。お世話になりました。また近いうちにお会いできることを祈っています」

「祈るのは勝手だけどその祈りは一生届くことはないわ!」

一馬はかすかに笑みを浮かべて休憩室を出て行った。

「後藤くん!あなたはどうなの?」

冴子はとなりで呆然としていた後藤に一馬と同じような口調で質問した。

「えっ、あっ、おっ俺いや自分はその、、、」

「あっ、ごめんなさい。つい同じように訊いてしまったわ。後藤くんは続けてもらえますか。仕事ぶりもよかったのでお店としてはお願いしたいのですが」

「はっ、よっ、よろしくお願いします」

「こちらこそよろしく。深夜営業は少し先になるから当面はディナーの後半からラストまでをお願いします。葵、それでいいわね」

「あっあぁ、それでいいよ」

葵もその一部始終を見ていたので半ば呆然としていた。冴子の叫び声はキッチンにもフロアにも響き渡っていたのだ。

その日のアクアの水はよどんでいた。従業員の動きも心なしか鈍いような感じである。神秘的なイメージがウリのお店もこの日ばかりは都会の汚れた空気に汚染されたような雰囲気がただよっていた。


冴子は珍しく葵を誘って飲みに行った。葵もなんとなくそうなると感じていたのか、冴子の誘いに二つ返事でOKした。冴子のイメージからするとおしゃれで薄暗いバーを想像するが、アクアのイメージとかぶるので飲みに行くときには明るい感じの居酒屋などをあえて選ぶようにしていた。今日も例外なくチェーン展開している赤い看板の居酒屋に入っていった。

「私は生、葵は?」

「私も生でいいや」

二人は生ビールが来るやいなやかんぱーいとジョッキを派手にぶつけ中ジョッキを一気に飲み干した。

「ぷはーっ。やっぱりはじめの一杯は一気にいかないと」

「そうだね」

「すみませ〜ん。生二つ追加で」

「サエ、酔っ払う前に言っておくけどワリカンだからね。私今月結構厳しいんだ」

「ん?いいよいいよ。今日は私がおごるから。私から誘ったんだからジャンジャン飲んでいいよ!」

「ホント?じゃあ遠慮なくいただきま〜す」

二人は付き合いが長いせいかお互いに駆け引きない関係で成り立っていた。普段からお互いに言いたいことを言っているが、それは相手を信頼している証であった。

「あいつどう思う?なんかムカつくんだけど」

「あいつって、あの佐々木一馬のこと?うーんなんかよくわからないよね。出来るんだか出来ないんだか。ただ仕事中にしきりにメモを取っていたのが気になったけどね。私の指示をメモるだけならあんなにメモはしないし、、、」

「そう。あと面接の時も今日の最後もそうなんだけどオロオロしている感じだったのがおしぼりを顔で拭いた途端に急に冷静沈着なキャラに変わったの。私が上に立っていたのに立場が急に逆転してしまったみたいで、、、何が何だかよくわからなくなってしまったわ」

「普通のサラリーマンがダブルワークで応募しに来た感じじゃないみたいだね。どうするの?これから。彼に連絡するの?」

「あの場で大見得切ったからすぐには連絡できないわ。私のプライドも許さないし。しばらく考えて頃合をみて何か口実をつけて探ってみるわ」

「わかった。サエ、一人で抱え込まないでいつでもサポートするから遠慮なく言ってね」

「ありがとう。葵のことはいつも頼りにしているわ」

「よしっ、仕事の話はおしまい。明日のことは気にしないでジャンジャン行こう!」

「そうね、ガッツリいきましょう。でも明日のことは考えましょう」

「まぁまぁ堅いこと言わずに店長さん」

「もうやめてよ、二人の時は店長なんて照れくさいわよ。サエでいいわ」

「了解!」

その日は二人で浴びるほどの酒を飲んだ。店のお酒が無くなるのではないかと心配するくらいだった。そして二人はほとんど記憶をなくしたまま夜が更けていった。




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