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第2話

第1話では出で来なかった店の名前。第2話でしずくさんが命名してくれました。アクアです。それがそのままこの小説のタイトルとなっています。それではしずくさんの部分をお楽しみ下さい。

【Aqua】-アクア-


都内、ビジネス街からも住宅街からも離れたひっそりとした場所に、この店はある。

店の名を表すように『水』をコンセプトにした店内は窓というものが存在せず、代わりに窓際と呼ばれる場所には壁一面に大きな水槽が佇んでいる。

水槽の向こう側は黒で覆われており、外から室内が見えなければ中から外を見る事も出来ない。

青い世界に抑えられた白の照明・・・中に入れば、全く別の空間。

その店は、大人から子供まで幅広く人気があった。


その珍しさ故、来店客の年層は固定されない。

昼夜問わず社会人や、家族連れが出入りする。

土日、ランチ時でなくても混んでいるのはこういう理由だった。


この店が出来た当初は社会人、カップルがターゲットだったが、新しく家族も対象にして行こうと今の店長である冴子は敢えて子供向けのメニューを取り入れ、子供視線の場所にちょっとしたインテリアを置くなどして年層の拡大化を図った。


それが見事に的中し、今ではそれが当たり前になっているから社会人と家族連れが一緒の空間にいる事に客は違和感を感じる事もなければ、クレームをつける者もいない。


店内は内装に凝っているからそれ程広くなく、家族が10組でも入れば満席になってしまうくらいの大きさだった。

暫く固定の従業員でやっていたが昼の人手が足りなくなったのと、今回新たに深夜営業を行うに伴って深夜勤務出来る従業員を同時に募集した、という訳だ。


午前10時、一馬は更衣室から出てくるとすぐ隣の休憩室に入った。

休憩室には一馬の他に一人しかいなく、設置されたテレビの方を向いてしまって背中しか見えない。

ファミレスの休憩室とは言え店長が女だからだろうか、白基調の部屋は綺麗に整理整頓させられていた。所々にフロアで使われているインテリアが飾られている。


アクアの従業員はそんなに多くない。ピークの昼時でさえフロアは冴子を含めて5人程で回している。冴子ともう一人社員がいて、他3人が学生だ。

頻繁に使われる部屋ではない為か、そんなに汚れないのだろう。


「あっ、おはようございます!」

一馬の声に振り返った人物は同じ格好をしている。

黒のベストとパンツ、中には白いシャツを着ていて胸元には深緑のネクタイをしていた。

後ろから見ると髪が短かった為か良く分からなかったものの、大きめの瞳と薄くだがメイクされた顔で性別が女性だと判別できた。

「今日から入る人だっけ?私は松永葵。同い年だから敬語とか要らないから、宜しく」

片手をヒラつかせながらあっさりとした挨拶をして葵は笑った。

髪の色はいじってないのか綺麗な黒で、ワックスを付けている。

「俺は佐々木一馬、宜しく。あれ、制服・・・」

いきなり敬語を口に出す所を抑えて、一馬は短い挨拶を交わした。

それと同時に改めて葵を見ると、すぐに目に付いたのは胸元のネクタイだった。


「ああ、これ。私だけちょっと特別に借りてるんだよ。だってパンツの方が動きやすいし」

一馬の視線に何が言いたいのかを理解した葵は、ネクタイに指先を触れながらそう言った。

アクアの女性用制服は、パンツの代わりにタイトスカート、それに深緑のネクタイの代わりに深紅の紐リボンとなっていた。

そう、葵が身に着けているのは男性用制服だった。

面接をした際、冴子の身に付けていた制服と違うので一馬の中で些細な疑問を感じたのだろう。

「本当はダメなんだけどねー、まぁサエも良いって言ってるし」

店長である冴子の愛称なのだろうか、そう言うと葵はうんうん、と一人で頷いた。

葵は短大卒の後、ずっとこのアクアで働いている。

数少ない社員である葵は、丁度冴子が店長として店にやって来たと同時に店に入ったので冴子とは関係が長い。

最初はきちんと敬語を使っていたのかもしれないが、今は違うのだろう。葵の口調からその様子が伺われた。

「折角の深夜希望なのに、テストとは言え時間潰してまで昼働かせるのはねー・・・私もどうかと思うんだけどさ。まぁ、今日明日頑張って」

「ああ、頑張るよ」

肩を竦めて苦笑混じりに言った葵に、一馬は笑って返した。


一馬の希望している深夜の時間帯、家族連れは全く来ない。

客層が限られるその時間帯は、一日のうちかなり落ち着いた時間帯になるからだ。

一番客の出入りが激しいのは、やはりディナーよりもランチになる。

家族、カップル、社会人・・・全てが訪れるこの時間帯に入れる事によって、どれだけ出来るかが時間を掛けずに見られるという訳だ。


冴子は無駄に時間を掛ける事が嫌いだ。

普通だったら研修の為に一人に何日も何週間も掛ける、という事をしない。

その冴子のやり方に着いて行けないバイト希望者は後を絶たない。

しかし、最初こそ厳しくても慣れてしまえば仕事は細かく教わる事が出来、何よりも口うるさく言う者もいないので仕事しやすい場所となる。

従業員は皆その事を実体験として把握してはいるが、敢えてそれを言う者はいない。

後が楽だと勘違いしていると、仕事が疎かになるからだ。


午前10時15分

一馬は葵と話している間に、いつの間にか周りに従業員が控えている事に気付いた。

コックも増やすのだろう、白いエプロンを身に着けた人物も何人か見える。

勿論、一馬と同じ時間から入る後藤という男も制服姿で少し離れた位置に座っていた。


フロアに続く扉の向こうからパンプスの近づく音が聞こえてきた。

部屋にいた従業員がそちらに視線を向けると、扉の開く音と同時に現れたのは店長の冴子だった。黒い長めの髪を纏めてアップにし、少々キツそうに見えるその表情でゆっくりと従業員を見回した。


「おはようございます。今日はランチタイムに新人さんが二人入るので、困ったらフォローし合いましょう。・・・葵、フロアへの誘導は任せたわ。それでは、今日も宜しくお願いします」

「了解ー」

冴子の短めの挨拶に対し、慣れた様子の葵の返事で返したのが10時25分。

先に出た冴子の後を続いて葵が扉を出る。

緊張するそれぞれの思いの中、一馬と後藤は戦場の扉をくぐった。




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