あの時、好きになりました
最後に砂臥 環 様にお願いして描いていただいだイラスト画像があります。
アホさを可愛さに見事に互換してくださり、もうデンジャラスラブリーです。
ありがとうございました。
彼女の少し荒れた細い手をとると、そこから微かな緊張が伝わってきた。
宥めるように、優しく両手で包み込む。愛しい彼女を脅かさないように――そっと告げた。
「結婚してください」
「……え?」
彼女が戸惑いの声をあげる。無理も無い。私達は、まだ『会った』とも言えない関係なのだから――――。
「一体何故……」
「聞いて欲しい。貴女に心奪われた訳を」
そして受け入れて欲しい。
私は風の吹き抜ける回廊で、彼女に語るのだった。
恐れ多くも友人と名乗る許可を得ている王子を訪ねて、王宮までやってきたこの日、私は恋に落ちた。
まだ未成年であるため、時間の都合がつけやすい王子を強襲し、いつものくだらない話に興じながら対面へと座った私は、ある事に気が付いた。
王子、鼻毛が出てる――。
「それでじいやの目を掻い潜ってさ……」
「あ、ああ、それで?」
何とか相槌は打つものの、目の前のソレが気になってしようがない。
時折興奮した王子の鼻息にそよぐのはやめてくれ。じいやの目を掻い潜る王子の目を掻い潜ってここまで育ったんだなとか、感慨深くはならないからな!
注視しないように、それでも目線が行くのは止められずソワソワしていると、メイドが茶を持ってきた。伏し目がちにそっとテーブルに置き、体を起こそうとして目線を上げ、一瞬止まる。
あ、気づいたな。
釘付けになったまま口元を震わせている。どうやら伝えるかそのまま下がるかで迷っているらしい。動揺の為か、手も微かに上下している。
そこはスルーしていいんだよ。
他人の慌てる姿に、却って冷静になれた。
そう、見て見ぬ振りが正しい。
後で侍従が「今気が付きました」という体で処理するのを待つのだ。
不興を買うのを恐れて、夜の手入れまでそのままかも知れないがな。権力者も中々に不憫なものなのだ。
「ん? なんだ? もう下がっていいぞ?」
挙動不審のメイドに王子が気付いた。そりゃ不審だからな。しかし折角声を掛けられても動かない。どうしたんだ?
……! 何という事だ! 親指と人差し指が輪になっているじゃないか!!
おお、神よ……まさか抜く気じゃないだろうな!
震える腕をそっと持ち上げるメイド。
ちょちょちょちょっと待て、早まるなーっ!
スパーンっと彼女の頭にトレイが飛んで来た。
「まあ! 申し訳ございません、少々手が滑りました」
ベテラン女官はオホホホと笑いながら、頭と首を押さえる彼女を引きずるように連れて行った。
「貴女の容赦無い一撃に、王家への忠誠と己の職務への矜持を見ました。あの時の貴女の気高い美しさが忘れられません。どうか私を選んでください」
「お断りします」
スッパリと振られた訳だが、その時の彼女の蔑んだ眼もまた美しく、忘れられずにあの手この手で口説き落とすまでの一年半は存外楽しいものになった。
その間に、間違った勇気を振り絞っていたあのメイドは王子と結婚したのだが、毎朝の鼻毛の手入れを買って出たそうだ。
私はこの平和な国を愛してやまない。あと嫁も。
イラスト/砂臥 環 様