[五 美杉長政] おまえ、敵だろ
ゲートを抜けると、眼の前に広がる世界は、フリーマーケットのような光景だった。食料や衣服など、様々な物品が売りに出されている。そのさらに向こうには、草原や山林が広がっていた。冒険の舞台だ。
来た。ついに来てしまった。
「すっげーな」
「想像以上にスポンサー企業が多いです。結構注目されているのかもしれませんね」
公平は、手前の店並を見ていたようだ。すごいはすごい。いきなり店だらけなのだ。
「こちら、始まりの広場でございます。各スポンサー企業の出店が許可されている場所です。今回の出店数は、七十五社です」
出現していたモンが、現在地の説明をした。冒険に出発するには、店並を歩き抜ける必要がある。モンに頷きを返し、歩き始めた。
「ねぇねぇ、あの服可愛いよ。買ってよー」
突然、ユユ三十二世から腕を揺すられた。
なんだろう。この馴れ馴れしさは。率直な感想をいえば、うざったい。
「金はねーよ」
「ぶーぶー」
「僕もありません。皆さん。スポンサーはいないのですね」
「ノイアー。提案があります。スポンサー様は募ることが可能です。スポンサーを獲得することで、所持金やスポンサー様の商品を得ることが可能です。利害が一致しますので、多くのスポンサー様は好意的なはずです」
「いらない」
「長政ちゃーん。お菓子~い~い~」
ユユが腕を掴み、身体を揺さぶってくる。
くそ。こいつ、何しに来たんだ。舐めきってる。
「ノイアーだっつーの。おら、饅頭でも食ってろ」
父からもらった饅頭を、ユユの口に突っ込む。
「もぐもぐ」
そっちが本名呼びを続けるなら、こっちも本名呼びにしてしまうぞ。思ったが、ユユは遊々で、呼び方が変わらなかった。気持ちだけのこととなる。
「美杉饅頭店様。確認しました。既にスポンサー様付きのようですね」
「え、なに。この饅頭?」
「はい、スポンサー登録されております。体力回復の効果があります」
なんと、いつの間に。何やってるんだ、うちの父ちゃん。
「おいちーよ」
「うるせー食ってろ」
追加の饅頭を、遊々の口内に押し込む。
「もぐもぐ」
公平が苦笑いを浮かべていた。
一つ息を吐いた。
「基本は、外部からの出資に頼らず、ゲーム内でやりくりする。興を削ぐような持ち込みやスポンサー契約は、うちのパーティでは禁止。この饅頭だけは別。異論は受け付けない」
「僕は構いませんよ」
「もぐもぐ」
「質問です、ノイアー。興を削ぐ、削がない、の境界が分かりません。教えて下さい」
モンに問われた。人工知能は、こういう適当表現の説明が面倒臭い。
「わからん。そういうのは感覚だから。説明しろと言われると、なんて言ったらいいかわからん。分からなければ、都度訊いてくれ。それでいいだろ」
店並は、なんとなく覗きはするものの、何も手にはしなかった。
店並の端まで辿り着くと、いつの間にか、一番先頭だった。どこのパーティもまだ店を回っているのだろう。
「ま行姉妹、入れるんでしょ?」
「いなくてもいいが」
「嫌だよー。入れようよー。見てみたいし」
それくらいならいいか、と思えた。
小屋のような建物の近くまで来ると、建物からAI支援キャラクターが出てきた。女性型が五体。
「左から、マーン。ミーン。ムーン。メーン。モーンという名のま行姉妹です。武器は、弓と短剣です。指示は、ノイアーの命令を優先的に受け付けます」
五体、横並びに整列した。容貌と身長を見る限り、年齢差がそれぞれありそうだ。
「つかこれ、何歳から何歳までいるの」
「下から、七歳、十二歳、十七歳、二十二歳、二十七歳となります」
「可愛いねえ」
遊々が近づき、モーンを撫でていた。
ま行姉妹は、会話は不可能のようだった。ヤー、としか発声しない。だから、こちらの指示は伝わるが、姉妹の意思はイエスしかわからない。イエスガール。ヤーガール。
「注意です。フィールドへ出る前に、マニュアルにも記述はありますが、リタイアについて、ご説明差し上げます」
モンが説明を始める。難しいことはなかった。身体の状態には六段階がある、という話だ。健康、異常、弱体、瀕死、死亡、消滅。
最も回避すべきは消滅状態で、消滅するとロールクエストが強制リタイアとなってしまう。死亡から回復する手段も現状ではないようなので、死亡もやはり回避すべきだった。
「じゃ、出発しよう」
「え、もう行くんですか。僕ら、一番っぽいですが」
「そりゃ行くだろ。クリアするために来たんだから」
言うと、公平が唖然とした。
「え、そんなにやる気だったんですか」
「当たり前だろ。やる気出していこうぜ。絶対クリアしてやるんだから」
「そ、そうですね」
ぞろぞろと、三人と五体で進んだ。モンは、姿を消している。
あっち、こっち、と先導をしながら、モンスターを探していた。とにかく戦ってみないと始まらない。
「何か探してるの、長政ちゃん?」
「ああ、探している。あと、ノイアーな」
「もしかして、あれ?」
遊々の指差す先を見ると、ボールのように跳ねる物体があった。いかにも弱そうで、倒しやすそうで、トレーニングになりそうな生物。それは雑魚敵だ。
「あれがモンスターだな。よーし行くぞ。ぶっ倒すぞー」
「え、あの、何も武器がないのですが」
「蹴る」
モンスターと決めつけたが、近づくと雑魚敵らしさがはっきりしてきた。バスケットボール大の胴体を跳ねさせて移動していて、その胴体には二つの眼と口がついている。こちらを視認すると、敵意を剥き出しにしてきた。
怯まなかった。
突撃。
取り押さえる。
取り囲む。
動かなくなるまで蹴りこむ。
撃破。
公平だけは、いささか躊躇を見せていたが、長政と遊々は、極めて楽しんだ。
モンスターが消滅すると、鉱石のような石ころだけが、その場に残った。戦利品だ。
「てーてってー。皆様が成長したことをお知らせいたします。スキルを覚えました。ご確認下さい。実績一『初めての討伐』を獲得しました」
抑揚のない短い音楽を口ずさみながら、モンが現れた。
「モンちゃん。もうちょっと楽しそうに歌ってもらえる? てーてってーーーててってってってーおういえぃ。……せめてこれくらいでさ」
「かしこまりました。遊々ちゃん」
それ、重要か? 重要だな。
視界にスキル一覧を表示した。一つ、一覧上に追加されている。
【見せやがれ】:対象をアナライズ(分析)することが出来る。
うーん。正直、わくわくするようなスキルではない。
「見せやがれ」
さっそく、公平に向けて使ってみた。
プレイネーム:一枚公平。
性別:男。
職業:営業。
スキル:【名刺交換】。
他に立体の線が表示された。公平から、パーティメンバーの長政と遊々へ伸びている。
「公平、名刺交換ってなに」
「あ、スキル名まで分かるんですか。説明としましては、『名刺を返せない相手にビーム(効果範囲10M 待機時間3秒)。交換成立時に名刺消費』だそうで」
「まさしく営業だな。意味不明なスキル効果だけど。希望職は魔法使いだったよな」
「ええ。喜ぶべきか、悩みますね」
「試してみようぜ」
雑魚敵を探した。
「ゲイラクシステム、一枚公平です。よろしくおねがいします!」
元気よく名刺を差し出す公平。手足もない相手モンスターは、当然名刺を返せない。
一……ニ……三。
差し出した名刺から光線が伸び、敵に直撃する。爆発音と共に、被撃部から煙が発生し、一撃で対象を倒した。
「すげえっ」
「ぱちぱちぱちー」
長政は興奮し、遊々は拍手をした。
なんて羨ましいスキルなのか。自分も派手なスキルが欲しい。いや、違う。騎士らしいスキルでいい。騎士らしいといっても、どんなスキルが好ましいのかは、今一想像できないが。
「つか、名刺を返せるモンスターっているのか」
「どうでしょうね」
実質、待機時間三秒のレーザーってだけなんじゃなかろうか。
続けて、遊々に対してもアナライズをしてみた。
プレイネーム:ユユ三十二世。
性別:女。
職業:遊び人。
スキル:【投げるよ】。
「おい、遊々。職業が遊び人になってるぞ」
「ん、ヒーラーって希望したんだけどね。でも、遊び人って、言い得て妙だね」
何が妙なんだよ。イメージそのままだぞ。言葉通りに受け取ると、悪い印象しかない。ちょっと期待していたのに、回復職じゃないのかよ。
「スキルが、投げるよ、ってあるけど」
「うん、説明文がね、『光球の投擲。対象には当たらない。』だってさ」
額に手を当てて考えた。
対象に当たらない。どういうことだ。それ、投げる必要ねーよな?
「まぁまぁ、試してみましょうよ。僕は、見てみたいと思います」
公平が空気を察してか、取りなそうとしていた。
やってみるしかない。また雑魚敵を探し、戦闘を開始した。
「投げるよっ」
手を掲げた遊々が宣言すると、手の平上に野球ボール大の光球が出現した。かっこいい。
遊々が振りかぶり、敵に向かって投げる。
次の瞬間、長政は空を見ていた。青い。流れる雲。
長政は上体を起こした。身体が重い。これが体力が減った状態だろうか。明らかに重力が強くなっている。
「何があった?」
「ユユさんが投げた球が、ノイアー君に当たりました」
「えへへ。ごめんちょ」
笑顔で首を傾け、軽く謝られた。この女、どうしてくれようか。役に立たないどころか、味方に攻撃までしてくる。
「おまえ、敵だろ」
「やだなー。そんなつもりはないよ。スキルが悪いの。スキルがね。ちゃんと当たるように練習するよ」
「つったって、スキルの特性で、当たらない、ってなっている以上、練習してもどうにもならないんじゃ?」
「愛があれば大丈夫」
なんだそれは。どこにあるんだ。
「使用禁止」
「えーーー。せっかく覚えたのにーーー」
「あのなあ。俺か公平が死ぬぞ」
「死ぬ前にやめるから」
「禁止。決定」
「しくしく」
饅頭を食べると、身体の重さは元に戻った。
なるほど。こうやって回復するのか。
敵にもアナライズを使ってみた。ボールのような雑魚敵は、ボンボンという名らしい。
ボンボンは二匹でも三匹でも、まとめて相手に出来そうだった。弱い。取り囲んでボコってもいいし、公平のビームで倒してもいい。
ボンボンを倒すと、鉱石のような石ころが落ちた。
「換金所でゴールドに換金が可能です」
その鉱石は、モンの説明を聞くや、遊々が積極的に拾うようになった。
拾った鉱石は、饅頭を入れていた紙袋に入れた。獲得物を収める袋が他になかったからだ。
ふと気になり、実績を空間に表示させた。
パーティごとに異なる実績が用意されていて、獲得可能になると一覧に表示される。
【1】初めての討伐 パーティが初めて討伐(獲得)
【2】トーカー パーティが会話したNPCが百人(未獲得)
【3】力を合わせて ****(未獲得)
【4】心優しき者 林道の村で少女の願いを叶える(未獲得)
【5】ワールドを知る者 ワールド全域の50%踏破(未獲得)
【6】オーク集落制圧 パーティがオークの集落を攻略する(未獲得)
【7】レアを逃さない パーティがレアモンスターの討伐(未獲得)
【8】金さえあれば パーティが合計で十万ゴールドを所持する(未獲得)
【9】視聴者の力 視聴者数がパーティメンバーの合計で1万突破(未獲得)
【A】君が勇者 ドラゴンを討伐(未獲得)
取得ポイント:10。
ひとつ、詳細の不明な実績がある。獲得の条件を満たせていないのだろう。
どんな実績があろうと、目指すはドラゴン討伐だ。あとは流れで、何をやりたいか考える。
「あれは何かな?」
遊々が片手を日除けにし、遠くを見ていた。
陽射しはある。ドームの中にいるはずだが、空には太陽が見える。なんらかの映像処理なのだろうが、随分とリアルなものだった。
遊々の視線の先を追うと、遙か先、巨大な何かがいた。
「なんだありゃ」
「ここからだと、よくわかりませんね」
みんな同じ感想だった。
「モン?」
「はい。あちらに見えます巨大な質量ですね。当ワールドを脅かす存在、ドラゴンでございます。ロールクエストのメインターゲットでもあります」
「あれがか。俺のドラゴンのイメージとは大分違うなあ」
遠い上に、森に隠れて半身しか見えないが、ドラゴンというよりは、恐竜のようだ。
「ちょっと大きすぎやしませんかね……。倒せるもんなんですか?」
「攻略情報に関しましては、非開示事項です」
あれを倒すとクリアか。規格外に大きすぎて、倒せる想像が沸かない。チクチク攻撃すれば、倒せるのだろうか。
「ま、ボンボンにも飽きてきていたところだ。向かってみるか」
始まりの広場から離れていくと、少しずつ遭遇する敵が強くなっていった。カラスのようなモンスターや、六本足の犬も出てきた。そういったモンスター達を相手に、拾った木の棒を武器として挑んだ。
遊々も軽い木の棒を選び、同様に近接戦闘をしている。長政は、遊々のフォローにも気を遣っていた。見ていると危なっかしい。
公平だけは、武器を持たず、名刺からビームを発していた。至近距離でないと当てられず、発射までに三秒の時差があるため、やはりフォローが必要だが、当たれば随一の破壊力だった。その破壊力を羨ましい気持ちで見ていた。
ま行姉妹は、役に立っていない。矢が当たるのは長女だけで、次女は対象が動いてなければ当てられる。三女は運次第で、四女は届きもしない。末っ子は弓の弦を引けるほどの体格がない。そして、矢がなくなると、自衛が精一杯で、あとは味方を助ける守備的な支援をするだけだ。積極的な攻撃に参加させると、やられかねないのだ。そんな理由から、主に公平を守らせることにした。
周囲には、他のパーティも散見されるようになってきた。装備がある程度充実しているようで、戦闘に苦労はしていない。スポンサー提携で援助を受ければ、かなり強くなるようだ。
「ねぇ、馬車だよ馬車。あのパーティ、馬車ってるよ。うちも欲しいよ、長政ちゃん」
「羨ましいなあ」
素直な感想を口にした。移動も楽そうだ。欲しい。とはいえ、拾った木の棒を武器に戦っているような一行である。簡単に馬車を調達出来るとは思えなかった。きっと値が張る。
「少ないですが、視聴者さんが増えてきていますね。僕の視界は、十八人です」
公平も疲れを見せている。もっとも、遊々と違い、疲れの原因はスキルの使用だ。体力と引き換えのスキルのようで、徐々に身体が重くなっているようだ。
「あたしは、三十二人。コメントは切っているけれど」
言われて、長政も気になってきた。遊々と同様に、視聴者とのコミュニケーションは切っていた。外野からあれこれ言われたくない。
システムを通して、視聴者数を確認してみる。
「八十四人」
「すごっ」
「リーダーだからですかね?」
コメントもいくらかあるようだった。興味を惹かれて、コメントを視界に表示みることにした。音声もオンにして、公平と遊々とも共有する。
『ユユにもっと敵を上から蹴らせろ! 見えねーだろうが。おいきいてんのか』
『このパーティよえええwwwww』
『お願いユユを見て。近くで見たいの』
『ユユさんに敬語を使え』
『ノイアーーーーファーーーーwwww』
『ユユに触るんじゃねえよ』
『投げるよをやらせろ!!!』
長政は、無言でコメントを切った。
こんなコメントいらねえ。一人ずつ家庭訪問したくなる。
遊々が苦笑していた。
「僕の方も似たようなコメント状況です。ま行姉妹が五体揃っているのは、うちのパーティだけのようですね」
視聴者とのコミュニケーションは、長政にとって不要だった。普段、配信者をやっているわけでもない。
「一度、戻るか。金も貯まったかもだし」
「あ、長政ちゃんが、コメントを見なかったことにしてる」
見たさ。でもな、どうでも良すぎて、どうでもいいんだよ。