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[四 美杉長政] パーティ募集

 強烈に蹴り飛ばされ、壁に後頭部をぶつけた。しばし視界が回る。焦点が合うと、父の仁王立ちが眼の前にあった。

 長政は即座に立ち上がり、目線を上げた。


「理由は?」


 父の顔が近づいてくる。射抜くような視線だ。

 蹴られた理由を理解しているか、と訊かれている。蹴り飛ばされ方からして、ふざけているわけではない。しかも、まだ序の口だ。ここで答えを間違えるわけにいかない。


「母さんを気遣わなかったから」

「わかってんなら、やれ」


 直ぐ様店先に行くと、母が閉店作業をしていた。


「母さん。俺、何かやれることはある?」

「じゃあ、掃き掃除をお願いね」


 長政が蹴り飛ばされた音は、母にも聞こえていただろうが、特に触れられることもなかった。お互いに慣れている日常だ。


「今日からでしょ? お仕事」

「そうだよ」


 ロールクエストは、ゲームとして世に知られ始めているが、給料が出るので、ある種仕事とも言える。長政にとっては、働く意識は一切ない。冒険する。その意識だ。


「先方様にご迷惑をかけないようにね」

「大丈夫」


 母が金勘定をしている間、店内と店先の掃除を済ませる。日はまだ落ちきっていないが、のれんを片付け、シャッターを下ろす。土日の閉店は早い。


「あとは父さんのところに行きゃいい?」

「うん。気をつけてね」


 気をつけてね、はロールクエストを、だろうと解釈した。

 ロールクエストに参加することについて、両親からは反対されなかった。やることをやっていればいい。そういう反応だ。長政としては、予想していた反応である。


「配達に行ってくれ。田中さんと鈴木さんところだ」


 父の元へ行くと、予想通りの手伝い内容を言われた。出来たて饅頭だ。


「三つあるけれど、残りは山田さんところ?」

「いや、お前にだ」


 意外だった。どこへ何をしに行くと思っているのだろう。


「ありがとう。じゃ、行ってくる。そのまま向かうから」


 蹴られた痛みを思い出しながら、徒歩で配達に向かった。

 美杉饅頭店の饅頭を愛食してくれるご近所さんは一定数いる。長政が物心付く前から、うちの饅頭を買ってくれている。


「来たか。長政、囲碁の相手していけよ」

「今日はこのまま出かけるから。また今度な、おっちゃん」

「帰ってくるの遅えのか?」

「遅えんじゃねーかなあ」

「しゃあねえな。車に気をつけろよ」


 配達を終えると、ロールクエスト開催の会場に向かった。あまりゆっくりしていられる時間でもなくなっていた。

 ドーム会場に辿り着くと、ロッカールームで準備をした。

 待合室に出ると、程なくしてアナウンスが聞こえてきた。


「お集まりのプレイヤーの皆様へ、繰り返しお知らせいたします。開場までの間、パーティメンバー編成のお時間となります。また、ロールクエストを未起動のプレイヤーは、開場までの間に起動願います。詳細については、アイシステムより、ガイドラインにアクセス下さい。以上」


 ガイドラインには、様々な説明が記述されている。パーティメンバー募集の流れや、ゲーム内容や緊急時のマニュアル。家で一通り読んでいる。

 長政は空間ディスプレイ上でメニューを呼び出し、ロールクエストを起動させた。初期化が完了すると、控えめな音楽が流れてきた。

 もうすぐだ。もうすぐでロールクエストが始まる。


 ゲーム内容は、シンプルだった。実績を獲得しながら進み、ドラゴンを倒し国を救う。それだけだ。

 最終順位は、実績の獲得によって得た冒険ポイントによって決まる。しかし、冒険ポイントが同値の場合は、モンスターの討伐数で優劣を決める。


 パーティリーダーとなるか、いちメンバーとして行動するか、決める必要があった。

 長政にとっては考えるまでもない選択肢だった。リーダーとして行動する。行動を自分で決めたいからだ。


 周囲では盛んにパーティメンバーの募集が行われていた。

 喧騒から遠ざかるように離れたブースに入った。リーダーとしてパーティメンバーを募集する旨をシステムに申請する。すると、ブースの表札が募集中に切り替わった。

 あとは、よほどおかしな奴でない限りは、来るもの拒まずで迎え入れる腹づもりだった。


 それぞれが、募集するだけの受け身だったのは最初だけで、すぐに勧誘合戦が始まった。優勝を目指すのであれば、消極的ではいられないのだろう。

 長政には、優勝を目指すつもりがなかった。目指すのはあくまでクリアだ。クリアすれば、結果として優勝する可能性は高まるだろうが、積極的に実績を獲得する気はない。


 一人、募集に応じてやってきた。


「どうも。美杉長政です」

一枚公平(ひとひらこうへい)です」


 着座と同時に挨拶をした。

 それから……どうするんだ。何を話すべきか。面接する側になっている。長政にとって、こんな機会は初めてだ。

 何も気後れする必要はない。普通に会話をするだけでいい。そしてパーティに加えればいい。


「使っていますか?」

「ええ、使っています」


 長政が自分の瞳を指差しながら問うと、特に首を傾げるでもなく、すぐに反応があった。コンタクトレンズ型のアイシステムをつけている、ということだ。

 視線を合わせて空間を共有する。すぐに反応があり、一枚公平と視界が共有された。


 空間ディスプレイに自分の名前を映し出した。空間を共有しているので、相手にも見えているはずだ。

 すぐに、一枚公平も同じように名前を映し出した。ふりがなもついている。

 『一枚』と書いて、ひとひら、と読むのか。『公平』は読める。


 一枚公平は、上着を脱いだサラリーマンの服装だった。実際、サラリーマンなのだろう。容貌からして歳上だ、とだけ長政は思った。


「ご職業は?」

「はい、ゲイラクシステムに勤めておりまして、営業を主に」

「あ、違います。希望職種です。ロールクエストの」

「ああ、なるほど。そうですよね。申し訳ない」

「いえ、言葉足らずでした」


 慣れていないのは長政もだ。

 男二人。テーブルを挟んで向かい合っている。初めましての出会い。

 周囲の喧騒は耳に入ってくるが、仕切られたブース内なので誰も見てはいない。外で面接待ちの人が待機しているわけでもない。

 一枚公平が、コホン、と咳払いを一つ。


「希望職種ですね。魔法使いを希望しました」


 魔法使い、か。

 魔法使いは、長政のイメージ通りであれば、魔法で火球などを生み出し、敵にぶつけてダメージを与える火力職、ということになるのだろう。長政が、騎士を希望しているので、役割は被らない。


「あの、駄目でしょうか?」


 長政が黙ってしまったのを見てか、不安気な声を一枚公平からかけられた。駄目とは、パーティに参加不可か、ということだろう。

 これから臨むロールクエストには、他者とパーティを組んで、複数人で冒険に臨むことが可能だった。


「いえ、誰でもいいんです。独りでもいいと思っていたくらいなので」


 初めての冒険だ。一人で気ままにやるのも良い。そう思い、積極的なパーティ募集はしていなかった。自分から勧誘する気もない。ブース内で座って待っていただけだ。


「そうですか。よかったです」

「見ての通り、積極的な募集はしていません。最大人数にならないかもしれません。駄目かどうか、こっちが訊きたいくらいですね」


 パーティの最大人数は八人だった。とはいえ、八人パーティでなくてはならない、といった制約はない。

 一人でも良いと考えていた長政としては、のんびり構えていた。ゲームが始まる時間までの暇潰し。そう考えていた。


「はい、問題ないです。むしろそういうパーティを探していた、といいますか」


 笑みを浮かべる一枚公平。どういう意味の笑みか。


「じゃ、パーティメンバーとして登録させてもらいますね。って、ああ、本名を訊いても仕方なかったですね。俺のプレイネームは『ノイアー』です。一枚さんは?」

「僕のプレイネームは、本名そのままです。『一枚公平』です」


 本名を出すのに、抵抗はないのだろうか。


「ゲームなのでフランクにいきたいのですが、名前は『公平』呼びでも?」

「ええ、構いません」

「じゃあ、よろしく、公平」


 長政が言うと、公平は一区切りついたかのように、息を吐き出した。

 空間ディスプレイに、パーティ登録画面を表示し、一枚公平を追加した。登録をシステムへ送る。すぐに反応があり、受理されたことを確認した。


 募集時間はまだあるので、公平には自由にしていてもらう。喫煙室に向かうようだ。

 遠ざかっていく公平の後ろ姿は、どこか疲れているように見えた。三十届かないくらいの年齢に思えた。


 仕切られたブースから出ると、広間には多くの人々がいた。欠場者がいなければ、五百人はいるはずだ。相当な喧騒である。

 眼の前に広がる光景は、積極的にパーティメンバーを募集しようとするものだ。意図は人それぞれだろうが、自分好みのパーティを組みたいがための積極行動だろう。ある種、お祭りのようなものだ。


 ただ待つのも暇だった。

 関節の骨を鳴らしたり、ストレッチをしていたりすると、勧誘を捌きながら歩いてくる女がいた。その女と勧誘者が団子になった一団を、なんとなく眺めた。歩いているだけで次々勧誘されている。

 すぐに興味が薄れてきた。自分に縁があると思えなかったのだ。


 あくびを一つ。顔をこすって目を開くと、女の一団が止まっていた。長政の目の前だ。

 女と目が合った。


「んー、募集してる?」

「していますが」

「じゃ、お願いしまーす」


 数多くの勧誘を受けているようなのに、あえて長政の募集へくるのか。おそらく同年代だが、記憶にない女なので、初対面のはずだ。


 引き連れられてきた勧誘者達の圧力を感じた。何募集してんだよ。断れよ。という理不尽のある圧力だ。正直、自分に向けられると鬱陶しい。

 軽く睨み返した。続けて女に目を向けた。笑みを浮かべ、ニッコニコしている。整った顔で今どきの雰囲気をまとっていた。

 なるほど。見目がいいから人気があるのか。そう納得した。


「他に勧誘してくれる人は、いっぱいいるようですけど?」

「いいのいいの。はいはい、ブースに入れてね」


 などと言いながら、女は勝手に入っていった。

 募集に応じる、というのなら、対応しないわけにいかない。


「ノイアーです。プレイネームと希望職種を教えてもらえますか?」


 席に着くなり口に出した。時間をかける気はない。女と空間を共有すると、先程と同じように、空間ディスプレイに名前を表示させた。

 ブースの外には、まだ集団の気配を感じる。鬱陶しい。

 外から覗いている奴を睨みつけた。失せろと。


「長政ちゃんね」

「ノイアーだっつーの。ちゃん付けするな」


 つい丁寧さが抜けてしまった。

 公平とのやり取りで出していた本名がそのままだった。本名を隠すつもりはないが、せっかくのプレイネームなので、プレイネームで読んでほしいものだ。


「あたしの名前はね、華道遊々(かどうゆゆ)。プレイネームは、ユユ三十二世。希望職種は、ヒーラーだよ。これ勧誘希望書」


 ユユ三十二世が、勧誘希望書を空間へ貼り付けた。長政の名前が裏に隠れる形だ。わざわざ重ねるなよ。言いたかったが我慢した。

 華道遊々の希望職種が、長政の口を塞いだ。人気の理由がわかったからだ。需要の高そうなヒーラー志望なのだ。女性であり容姿の良いのも、少なからず影響しているだろう。


「あえてうちを選ぶ必要もねーだろ」


 公平に対した時のような、丁寧な対応をする気が削がれる手合だった。長政は、普通に喋っても構わないだろうと判断した。今更でもある。


「なんとなくね、ビビっとくるものがなかったのよね」


 謎の怪電波でも受け取っているようだ。しかしこの言いようだと、長政からは怪電波が発信されていることになってしまう。


「はあ」

「やるからにはね、楽しんでやりたいからね。はい、よろしくねー。こうかな」


 ユユ三十二世が、空間ディスプレイの自分のプレイネームを掴み取ると、出しっぱなしだったパーティ登録画面に放った。パーティ登録画面に『ユユ三十二世』の名前が追加される。この名前も、ほとんど本名と変わらない。

 来る者拒まずで募集していた身だ。特に抵抗するでもなく、登録を本部に送り、登録受理を待った。鬱陶しさに耐えられなくなったら、パーティから追い出せばいい。

 すぐに受理の反応が表示された。満足そうに頷くとユユ三十二世は立ち上がり、外へ出ていった。外の声が聞こえてくる。


「ハイッ、もう決めたので、解散してくださーい」


 勧誘者達を散らすように、遊々が手を振っている。


「なら、俺もここに」

「お断りしまーす」


 勝手に決めるなよ、と一瞬思ったが、不純な目的を持つ者が混ざるよりは、このまま諦めて貰ったほうが良い。そう思い直した。

 いや、本音は、もうとにかく面倒だ。


 これで三人。騎士。魔法使い。ヒーラー。バランスとしては良さそうだ。とはいえ、仲間が増えると、成果を出す責任も発生してくる。長政は、いくらか気を引き締めた。


「モン」

「はい、御用でしょうか?」


 呼ぶと映像秘書のモンが出現した。子役女優をモデルにしたキャラクターで、見た目だけで言えば、その子役女優そのものだ。輪郭が鈍い光を放っているので、それで映像キャラクターだと分かる。

 モンは目をしばたたかせ、長政の言葉を待っていた。


 可愛いなあ。


「確認なんだけど、八人揃ってなくても、出発は出来るんだよな?」

「はい。パーティメンバーは、最大人数に満たさずとも出発可能です。パーティメンバーが八名に満たない場合、AI支援キャラクターを最大五体まで、パーティに同行させることが可能です」


 AI支援キャラクターとは、早い話が人工知能で動くアンドロイドキャラクターだ。コンピューターがプログラムに基づいて判断して動く。


「丁度不足分の五体か。じゃあ、いいか」

「注意です。AIキャラクターは、プレイヤーキャラクターと比べますと、大幅に戦力が落ちます」

「わかった。サンキュ」

「どういたしまして」

「お、モンちゃんだ」


 モンのヘルプ対応を終わらせようとすると、遊々が戻ってきて言った。まるで知人にでも出会ったかのように、手を振っている。


「ユユ三十二世様、初めまして。映像秘書のモンです。お見知りおきを」

「んーー、ユユ三十二世様とか嫌だなあ。ユユちゃんにしてよ」

「かしこまりました、ユユちゃん」


 え、マジで。呼び方変えてくれるの?


「よすよす。これが、リーダーだけが呼び出せるっていう秘書キャラのモンちゃんなわけね。ほんとそっくりだね」


 遊々が、モンの頭を撫でる所作をした。モンが恥ずかしそうな素振りを見せている。

 そのモンの仕草を見て、いくらか高揚するような気持ちを覚えた。


「あの、俺のことは、ノイアーって呼び捨てにしてもらえる?」

「かしこまりました、ノイアー」


 おおう、ちょっと心が躍る。


「なになに、長政ちゃんは、女優の天津悶に呼び捨てにさせて、もしかして恋人気分とかー? お兄ちゃんって呼ばせた方が、それっぽくないー?」

「うっせーなっ。いいか、モンは冒険を共にする仲間なんだよ。対等なんだよ。少しでも対等らしくしようとしたんだよ。あと本名で呼ぶんじゃねーよ。ノイアーだ」


 明らかなからかい口調に、つい舌打ちが出てしまった。初対面でここまで怖気づかず絡んでくる奴も珍しい。


「ウソウソ。ごめんね、長政ちゃん」


 呼び方が嘘になってねーよ。

 女優が出るような映像配信は普段見ないので、天津悶の存在を知ったのは最近だ。確かに可愛気な女優だ。


 それからは、募集に応じる新たな人は来ず、開始の時刻を待つだけとなった。

 出発ゲートに人々が集まる。長政達もその集まりに加わった。


「これより『ロールクエスト -ドラゴンの叫び-』、ワールドBがスタートします。諸々の注意事項や疑問点は、秘書秘書のモンより随時お受け頂きますよう、お願い申し上げます」


 注意事項のアナウンスが続き、係員もまわってきた。

 ロールクエストのアプリケーションを起動した。アイシステムで起動していないと、ロールクエストに参加できない。


 緊張が高まる。待ち望んだ冒険が今、やっと始まる。クリアしたい。躍動したい。

「開場します。皆々様の御活躍を、開発一同、心よりお祈り申し上げます」


 ゲートがゆっくりと開かれていく。一際明るい光が、長政達を照らした。

 今、俺の物語が始まる。そう思えた。




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