[ニ 博雄道三] 社長権限の行使
「それでは、海外のトークログから、発言力の強いものをチョイスした、海外反応のまとめです。音声はどうしますか?」
「そのままでいい。翻訳エンジンは全員で統一しよう」
アイシステムを使っていれば、外国語の翻訳を視界に字幕表示できる。なので、仮に対話相手が外国語を話していて理解出来ずとも、お互いにアイシステムを利用していれば、翻訳字幕が見れるので、対話は成立する。
博雄道三は、椅子に深く座り、正面に目を向けた。
会議室正面の空間をディスプレイとし、映像が映し出される。
英語コメントが表示された。空間上には、日本語訳も同時に表示されている。
程なくして、ログが再生され始めた。声は、実際の発言者の英語音声だ。口調を意識しながら、字幕を目で追った。
『おい、またあの国がなんか始めたぞ』
『あの国? ああ、斜め上に突き抜けてる国だろ』
『イエス。もうダメだこいつらなんとかしないとナンバーワンのあの国だ』
『オーケー、理解した。あの国から購入した仮想部屋構築は、俺の毎日の癒しだ。俺は今、肉布団の上にいる。嫁達も隣にいる』
『まさにそれの応用だろうね。奴ら、家庭用ゲームをアトラクション、いやエンターテインメントにしやがった』
『どういうことだい?』
『例えば、君の好きなプレイヤーの視点で、ゲームを観賞できるってことさ。アイシステムを使えばね』
『なんだって? 僕が囚われの極道の妻になれるってことかい?』
『Oh、狂った趣味だな。まあ、君の趣向は置いておくとして、似たようなもんだよ。ゲーム内容は、大昔のゲームを模倣した、ロールプレイングゲームのようだけどね』
『それは興味深いな。プロモーション映像を紹介してくれないかい?』
『これなんかどうだろう?』
『わおっ、ファンタスティックだ。映画の世界に入り込んだかのようだな。なんて世界なんだ。まるで自分自身が、その場で戦っているかのようじゃないか』
『気がついただろうけど、サブチャンネルで視点を切り替えることも容易だね』
『Wow、さすがあの国だ。このシステムであの国のゲームを観るのが、今から楽しみだ』
『君たち、黙って聞いていたが、質問させてくれ。よく知らないんだが、結局あの国とは、どこの国のことなんだい?』
『日本に決まってるだろ。おまえ生後何ヶ月だよ。古代からの常識だぞ』
『そうだったのか。あの国の家電製品は、僕も持ってるよ』
映像の明度が落とされた。他にも似たようなトークログをいくつか観た。内容としては、道三が認識している評判と大差ない。
「このように、着々と広まっており、感触は半々といったところでしょうか」
半々とは、良い評判とそれ以外の評判の割合がおよそ半々、ということだ。
あまりにも悪質でなければ、評判の質にはあまりこだわらない。広告が大目的だからだ。だから、その内容が仮に批判であっても、広報に貢献してもらえていると思える。
「今ひとつ物足りないが、仕方ないか」
国内向けのゲームなので、海外は関係ない、とは言えなかった。日本人は、大勢に順応しやすく、他者の評価に過敏な傾向がある。その意味で、海外評価は重要な要素だ。広報は、海外からの影響も考慮しなくてはならない。
道三は一つ息を吐き、言葉を続ける。
「それにしても、あのプロモーションは、やはり何やら不安だ。プロモーション詐欺と言われかねない」
「出演者達は現役の軍人ですから。一般のプレイヤーがあの動きを出来るとは思えません。撮り直させますか?」
「今更だろう。一般プレイヤーに期待するしかない。良くも悪くもプレイヤー次第になるのが、このゲームシステムの悩みの種だな」
「ごもっともです」
皆で正面を向いているため、顔を見て話していないが、社長の自分以外は、部長クラスが集まっているだけだ。今の声は、開発部長だろう。本当に共感しているのか、判断に悩む声の調子だった。
プロモーション映像は、それ単体で見れば、素晴らしい出来だった。出演者である軍人が俊敏な動きを見せ、切った張ったのアクションで魅せつける。
アクション以外のプロモーション映像も公開しているが、特に注目されているのは、先程も海外の人が見ていたアクション映像だった。
興味を持つ人に対する間口は広くしたい。でなければ、プロジェクトとしては危うい。最悪、中長期の計画にも差し障る。
なんとかここまで形にしたのだ。成功させたいし、今後も続かせたい。その道を探り続けなくてはならない。
本当は、自分で冒険をしたかった。しかし、世の中に自分が望むゲームはなかった。であらば、自分で創るしかない。そんな想いから生まれたゲームだった。今、夢の一部が、結実の時を迎えようとしている。
全てを放り出して、ゲームに参加する。それが今の夢だ。
会議を終わり室外に出ると、女性秘書の常磐秋香が隣に寄り添い、一緒に歩き始める。昨年からの秘書で、秘書として特別優れているわけではないが、妙に気が利く。今期も引き続き契約していた。
「常磐君、午後一は?」
「運営の進捗報告会が十三時からです。三十分後の十三時半より、映像通話にて出資者への経過報告です」
「憂鬱になりそうだな」
「必要な資料は揃っております」
進捗報告会が三十分で終わる状況でもないが、経過報告は最優先だった。問題があれば、速やかに対応する必要がある。
「スポンサー説明会は、十五時からだったか?」
「いいえ、十四時からです」
「腰の休まる暇もないじゃないか」
「社長、大丈夫ですわ。人工の腰骨移植を手配いたします」
「君がもう少し、私を労る気持ちを覚えてくれればな」
昼は個室に篭り、ざる蕎麦を食べた。
昼食後、仕事の情報は全て遮断し、独り瞑目する。何も考えず、身動き一つしない。こうすることで、午後は気持ちを一新できる。
休むときは休む。動く時は動く。
進捗報告会と出資者への経過報告が終わると、常磐と共に会議室へ向かう。
室内に入ると、既にスポンサー説明会は始まっていた。
協賛費を得るための説明会ではない。ゲーム内に、プレイヤーのスポンサーとして参加してもらうための説明会だ。広報活動の一環で、会社の直接的な利益にはならないが、演出や注目を集める目的があった。
営業部長が、システム概要を説明している。それが終わったところで、道三が挨拶をし、全員で実験室へ場所を移動した。
「こちら、プレイヤーの秘書キャラクターとなる『モン』です。ご存知の方が多いでしょうが、子役女優の天津悶をモデルとして創られました。アイシステムを通してのみ、視認が可能です。モン。システム説明を体験用で始めてくれ」
「かしこまりました。それでは、わたくしより、ロールクエストのシステムについて、皆様にご説明差し上げます」
モンがその場に出現しただけで、感嘆の声が聞こえた。映像キャラクターだが、本物の人間のように表情を変化させ、天津悶の声で喋る。このあたりの工学は、年々進化している。
ただ、今回のモンのAIは、あえて型落ちの安定版世代を使用する。そのため、あまり気の利いた会話はできない。必要性も薄い。
モデルとなった天津悶は、子役女優とは言え知名度は高い。秘書キャラクターのモデルを引き受けてもらえたのは、僥倖のようなものだった。
一つ一つシステムを、モンが説明していく。実験室内なので、全てのシステムを体験出来るだけの設備が整っている。
重力操作。浮遊。光造形による環境構築。触れるプラズマ。アイシステムを通して、美麗な世界をプレイヤーに見せる仕組みも体験してもらう。
実在は世に知られているシステムだが、実際に目の当たりにすると印象の重みは違う。ゲームとしてどう利用されるのか。その視点で人は見るからだ。
体験が進むたびに、何かしらの感動の声が聞こえた。開発に携わる身としては、こういう反応は素直に嬉しい。
ワイバーンの機械を出した。ワイバーンは、小型のドラゴンのようなモンスターである。アイシステムで起動するロールクエストのシステムを通して見れば、そこに生物としてのワイバーンが見える。
ワイバーンが宙を飛び、スポンサー企業の面々を威嚇し始めた。システムを通せば、よりリアルに見える。システムを介さなければ、機械のワイバーンが浮いているように見えるだけだ。飛ぶ原理としては、フロートムーバーに衝撃制御を加えた仕組みで飛んでいる。
不意に、スタッフの一人がワイバーンへ斬りかかった。一刀で両断する。
「皆様、こちらの武器を御覧ください。ただの長剣にございます。続きまして、システムを外すかオフにし、改めてご覧頂けますでしょうか」
程なくして、どよめきが聞こえてきた。
モンが説明を続ける。
「ご覧頂いております通り、長剣の正体は柄を除き、プラズマ光です。触ることも可能でして、人体に影響はございません」
スタッフが道三の身体へ、プラズマ光の長剣を刺してくる。なんともないことを示すため、道三は笑顔を浮かべた。
「このプラズマ光に、衝撃制御のテクノロジーを使うことで、実際に斬ったかのような感触を、プレイヤーに与えます。また、プレイヤーも攻撃を受ければ、同様の衝撃を受けます。重量も重力で表現することにより、本物の剣を振っているかのように、プレイヤーは重さを感じることとなります」
一人の女性が手をあげた。
「質問やけど、衝撃を受けるってことは、無害とは違うんやないの?」
「プラズマ光自体には、殺傷力はございません。転倒等による怪我の懸念については、プレイヤーの皆様に、セーフティバンドを腹部に装着して頂くことにより、装着部を中心に、危険な衝撃は大幅に緩和されます。これは、事故防止プログラムの検証試験に、合格したものでもあります。また、システムを通しては、視認も不可としておりますため、視覚印象を阻害することもございません」
「緩和ってことは、完全ではない、ってことやな」
口を挟もうかと思ったが、結局やめておいた。何か言えば、餌を与えることになり、別の揚げ足取りが返ってくるだけだ。
「プレイヤーの皆様への、受け身の講習を義務付けることで、安全対策としております。万が一怪我をされた場合には、労働災害の扱いとなります」
「ほう、なるほどね。あんがとさん」
質問に納得したというより、淡々と応えるモンの対応に飽きたようだった。
説明だけではなく、希望者には体験をしてもらった。
一通り体験を済ませると、会議室へ戻った。ようやく本題に入る。メディア展開の戦略を話し、スポンサーとして参画するメリットを説明する。要は、ゲーム内でプレイヤーに、あなた方の商品を使ってもらえれば、そのまま宣伝になりますよ、という話だ。プレイヤーの視界は、そのまま視聴者の視界なのだ。ロールクエストがポジティブな印象である限り、各企業にとっては悪い話ではない。
また、ドゥエッジ社として、一定の規模までは参加料などを徴収することもない。つまり、各企業にとっては、出費なく自社商品を宣伝する良い機会となる。
各企業の商品を取り入れれば、ゲームデータのボリュームアップにもなる。
例えば、服飾メーカーが出店スポンサーになったとする。出店された服に防御力や値段などの設定を付与すれば、それで一つの装備の開発が終わる。定番の冒険者風のデザインはあまりないだろうが、世界観の問題を無視すれば、アイテムなどのデータが増えることは悪くない。そして、世界観は無視すると決めていた。プレイヤーに選ばれるかどうか。それが全てだ。
「社長。林道敦子様です」
説明会を終わると、常磐が耳元でささやいた。
「博雄さん。形になってきたようですなあ。こりゃ記事にしがいがあるってもんですわ。今日のは全部記事にしてしまっても?」
モンに難癖をつけようとしていた女性である。元マスメディア所属で、今はウェブコメンテーターらしい。若い容姿だが、グイグイと切り込んでくるような仕事ぶりが印象深く、名前も顔も覚えていた。
どうせ何を言ったって、記事にする時はするだろうに。鼻で笑いそうになるのを、道三はこらえた。今回はむしろ、積極的に記事にしてもらいたい。
「ええ、構いませんよ、林道さん。今回の内容であればオールフリーです」
「ところで、一般開放はいつでしょうか?」
抜け駆けの情報が欲しいのだろう。
「未定です。今は目先のことで精一杯ですよ、林道さん」
場所の維持や人的リソースの確保に難があるので、一般開放は無理な話だった。それでもはっきりとは言わない。言わずとも、分かる人は分かる。
「著名人の参加は、増えましたか?」
「開示中の方々のみですよ」
「今後の展開なんかをひとつふたつ」
「今が精一杯でしてな。開示分以外は、まだ未定ですよ」
「またまたァ。敏腕社長の博雄さんほどの人ですわ。長期戦略一つや二つ。隠し玉の百個や二百個。ありますでしょ?」
当然計画はあるが、言えるものと言えないものがある。メリットなしに交渉のカードを失うわけにもいかない。
もういいだろう。この手の手合を特別扱いする気はない。益が少ないからだ。広告として役割を果たしてくれれば、それ以上は望まない。
「社長。そろそろお時間です」
気持ちを察したかのように、常磐が声をかけてきた。
あとの応対は営業部に任せ、次のスケジュールに向かった。
「社長。先日の芸能事務所からアポイントメント願いがありまして」
「またか。時間を使う接待はいらんから、誰を参加させたいのか、さっさと伝えて欲しいものだな。堂安翔也を出してくれるなら、無下にする気もない」
俳優の堂安翔也が参加する、というインパクトはなかなかでかかった。ロールクエストがにわかに注目されだしたのも、そのころからだ。勝手に宣伝されていく。
「と仰られると思いましたので、勝手ながら書類を送り検査に来るよう、先方にお伝えしてしまいました」
「ああ、それでいい。関係部署に連絡して、流れを作っておいてくれ」
「かしこまりました」
「それと、先日の面接の結果が出ております。社長が個人的に選ばれた方々。通常の選考で選ばれた方々。合わせて計画通り一千名です。追加要員は含まない数字です」
「よし。始まりが見えてきたな」
個人的に選考を通した人間が何人かいる。その中に、志望理由に意気込みを口にした少年がいた。クリアしてやる。臆せずそう言える彼を、昔の自分に重ね合わせ、羨ましく思ったものだ。それで、つい選考を通すよう指示してしまったのだ。指示しなければ、問題行動を起こす傾向あり、として落選だった。
自社で創ったゲームを、自分で遊べやしない。そういう役回りになっている。精々テストに参加するくらいだ。そんな自分の代わりに楽しんでクリアしてもらえれば、自分が楽しんだかのように錯覚できるやもしれない。
羨ましい。そういう気持ちで、今後はプレイヤーを見ることになる。
「そうですね、社長」
「ん、声に出てたか?」
「始まりが見えてきた、と」
ああ、そうだ。始まるのだ。役割を果たそう。