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[五 美杉長政] 届け

 上空から、ゆっくり落下していた。ドラゴンを上から見下ろす位置だ。

 剣は鞘に納剣している。


『すげえ』

『自分が飛んでるみたいだ』

『おい、下を見るなって』


 数万人も視聴者がいると、コメントの数も膨大だった。文字コメントはあっという間に流れていくし、音声コメントは他と重なってひどく聞き取りづらい。それらのコメントを、一つ一つ個別に拾う余裕は、今の長政にはない。課金コメントですら、気に留めてはいなかった。


「公平、あと何分だ?」

「九十秒を切っています。出します」


 震え声の公平が、視界にタイマーを共有表示された。八十七、八十六……。次の火炎放射までの時間だ。


「ふわふわの時間がもったいねえ。唄を一度止めよう。自由落下だ」

「嫌ーーー歌い続けるもんーーーむぐーーーむぐぐーーーー」


 四人羽織中なので無理な姿勢になったが、羽瑠の口を塞いだ。

 羽瑠を包む光が消えると、風を切って自由落下を始めた。右と後側から、かなりきつく抱きつかれている。風切音より大きな悲鳴で、鼓膜がやられそうだった。

 長政とて怖くないわけではないが、公平と羽瑠のビビり具合を感じていると、逆に怖さはなくなっていた。それどころか、愉快な気持ちにすらなってきた。


 ドラゴンの頭が瞬く間に近づいてきた。


『ぎゃああああああああああ』

『死ぬ』

『早く歌って早く』

『ユユユユユユユユユユユユユユ』

『あいきゃんふらーーーーいどちっきーーーーーん』


 悲鳴のようなコメントが絶え間ない。

 気がつけば、羽瑠のライトアップは消えていた。ドラゴンの注意は、城の兵士に向いている。

 頃合いを見て、羽瑠の口を塞いでいた手を離した。


「あああああー果てしないーーー夢を追い続けーーーえええああーいつの日かーーー大空かけーめぐるーーーーうわあああもう嫌ーーあーーー」


 再び光を纏ったが、落下速度があまり遅くならなかった。強い慣性で落ち続けている。


「おい、おい。まずいまずい。手で団扇、たたた盾も。ふー、ふー。息、吐け」


 羽瑠は歌い続けているので、三人で手足をバタつかせたり、息を吹き続けたりした。普通はありえないことだが、落下速度は少しずつ落ちている。


「投げる?」


 なんでだよ。それこそ落ちるだろ。羽瑠に当たったら心中だぞ。そして、こんな時こそ、見事に羽瑠に当たりそうな気がする。

 遊々は、特に怯えを見せているでもなく、落下を楽しんでいるようだった。


「いいから翔べ。羽ばたけ。俺たちは鳥だ」


 必死に手足を動かし、勢いを殺した。それでもまだ速い。

 ふと、アップテンポのBGMが流れ始めてきた。

 鼓動が高鳴る。これは。


『盛り上がってまいりました』

『流れが変わったか?』

『落ちる流れは変わってないけどね』

『きたきたきたきたきたきた』

『そんなことより、フォーーーーーーーーーリーーーーーン』


 もうこの勢いのまま着地しよう。長政は決めた。

 ドラゴンの頭。届け。

 長政は三人に抱きつかれたまま、空中を駆けた。一歩、二歩。

 ぶち当たるようにして、ドラゴンの頭に着地した。羽瑠が歌い続けているためか、足への負担はほとんどなく、屈伸運動一つで勢いを吸収できた。


『あぶねええええええ』

『殺す気かよ』

『見てるだけでも心臓に悪かったw』

『漏れかけた』


 また周囲が暗くなった。ライトアップ。まずい。


「遊々」

「おういえぃ」


 長政から降りた遊々が、短剣を鱗の隙間に差し込み、振り落とされないための支えにする。長政も鱗に掴まった。ドラゴンが咆哮し、大きく動き出している。


「撫でるよっ」


 コシコシとドラゴンの頭を撫でる遊々。ドラゴンの咆哮が少しずつ弱いものに変わっていった。次第に動きもなくなった。


『何がおきた?」

『なにこれ。最強じゃね?』

『ユユユユユユユユユユユユユユユユ』

『遊々すげーーー』


 ふはは。我がパーティの一員だぞ。あとユユユユうるせーよ。


「落とされるなよ」

「ん、合点承知のスケ。ヨシヨシ」


 残り六十秒を切った。

 公平と繋がっている縄を確認した。簡単には切れないはずだ。


「じゃあ、頼みましたよ。出来れば心臓を」

「わかってる。でも、場所がよくわからないから、運頼みだ」

「僕は、ここで遅刻を悔やみながら待っています」

「わたしは、唄えることを悔やんでいます……」


 羽瑠は背負ったままだった。ドラゴンの体内に連れていく。羽瑠が歌っていれば、登って戻るのが楽だろうという算段だ。


『www』

『はげわら』

『羽瑠の不運』

『薄幸乙女』

『もがれ要員』


 公平は、大盾を持っての遊々の護衛役だ。ワイバーンがいくらか残っている。もっとも、羽瑠がライトアップされた時点で、向こうが狙われる心配は低い。そして、狙われるはずの羽瑠は、ドラゴンの体内へ行ってしまう。


 公平と遊々をその場に残し、ドラゴンの顔の横に飛び降りた。命綱にブランコのように捕まり、その勢いでドラゴンの口腔内へと飛び込む。


 羽瑠は歌っていた。いや、歌っていると言っていいのか。BGMに合わせてにゃーにゃーと口ずさんでいるだけだ。ある種、壊れかけていると言えるかもしれない。それでもスキルは発動している。


 ドラゴンの喉奥に飛び込んだ。

 食道だろうか。片手剣をぶっ刺し、内側から切り裂くように落ちていった。落ちるだけ落ちて命綱が張ると、光がほとんど届かない闇となった。


 生物の体内になど入ったことはない。これといって匂いはしなかった。濡れてもいない。しかし熱気はある。壁面は柔らかい感触で、肉のようだ。手で触り続けるには、少し熱かった。壁の柔らかいサウナ。それが近い印象だ。


「遊び足りないよっ」


 かすかに遊々の声が聞こえたと思ったら、急に身体が重くなった。

 遊々と友好度が一番高いのは、今も長政だったということか。公平がホッとしている絵が想像できて、舌打ちしたい気分だった。

 友好度がなんなのか、今もわからない。だが、これで遊々は体力が回復し、ドラゴンの頭を撫で続けられるはずだった。


 ところ構わず体内を斬りつけていった。外側の硬い皮膚と比べれば、内側は柔らかなものだった。

 公平の話では、体内は生き物のそれじゃないかもしれない、とのことだった。要するに、プレイヤーの体内への侵入を、開発が想定していない可能性がある。梯子など、生物の体内にあるはずのないものが存在したら諦めろ、と言われていた。今の所、その様子はない。


 内側から斬りつけるたびに、何かが吹き出した。血だろうと思うが、暗くて見えはしない。ここから出る頃には、消えてしまっているだろう。


 内側からの攻撃が効いているのか、いないのか。よくわからなかった。ドラゴンが痛みに苦しんでもおかしくないが、それもなかった。遊々が撫で続けている成果か。

 可能性は二つあると、長政は思った。全く効いていないか、遊々のスキルによる麻酔が効きすぎているか、だ。

 役立たずと嘲笑ったスキルは、ここにきて役立っているのか。


 散々に斬りつけたあと、命綱をたどって口腔内にまで戻った。

 残り三十秒を切った。


 次の火炎放射より、遊々の遊び足りないの方が先に来そうだ。もう一度来たら、長政は多分瀕死になってしまう。


 ドラゴンはまだ生きている。心臓を攻撃できれば、ほぼ即死だろう、との話だった。心臓の場所を捉えていないか、斬りつけた剣が届かなかったのだろう。


「口まで戻ったぞ」

「ではあとは、その場所、真上ですね」


 公平の声。遊々のヨシヨシする声も聞こえた。


 羽瑠を背中から降ろした。背中に冷えた風が流れ込む。


 口腔内から外を見ると、ワイバーンが何体か遠巻きにしているのが見えた。羽瑠のライトアップは終わっているようだが、ドラゴンには近づいてこない。

 ドラゴンの舌の付け根。そこに長政はいた。足場は柔らかい。

 ドラゴンの頭の形から察するに、この位置からならば脳は近そうだ。

 仮に脳へ刃が届かなかったとしても、内側から散々切り刻んでやったのだ。通常の生き物だったら既に死んでいてもよさそうだ。


「っしゃ。これで終わらせる。全ての力を、今この一撃に込める。いくぞ」

『長政いけえええええええ』

『美杉アタックだ』

『仇をとってくれ』

『いけーーーーーー!!』

『五十万、ぶちかましたれーーー』


 とんでもない数のコメントがある。

 手に汗をかいていた。

 今、この瞬間を、どれだけの人が観ているのか。自分の視聴者。仲間の視聴者。ライブカメラの視聴者。合わせた数を想像もできない。

 一緒にいるのか。同じ世界を見ているのか。同じ興奮を感じているのか。

 見えるか、この鉄の長剣が。


「やるぞ」

「どうぞ」

「長政ちゃん、はやくーーー」

「美杉君」


 剣を構える。息を大きく吸い込んだ。

 ところでおまえら、ひとつ、言いたいことがある。


「だから、ノイアーだっつーのおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 渾身の力で剣を突き上げた。差し込む。限界まで力を込めた。まだ浅い。

 身長が足りない。


「届け」

『届けえええ』

『とどけーーーー』

『ぶったおせ!』


 垂直に飛んだ。飛んだ勢いで、さらに剣の柄尻を押し込む。

 再び柄を掴み、斬り下ろしながら着地した。


 どうだ。


 二呼吸。足場が大きく揺れた。ドラゴンが傾いている。


「わっわっ、落ちるよーーー長政ちゃんーーー」

「これは、まずいですね。脱出しましょう」


 剣を素振りをし、鞘に納める。


「よし、脱出する。羽瑠、頼んだぞ」

「また、飛ぶの……」

「うるせえ。歌え」


 羽瑠を背負い、ドラゴンの口の端から出た。命綱をたどって頭によじ登る。

 頭上で立ち上がろうとすると、ドラゴンのその巨体が倒れ始めた。公平と遊々が、鱗の間に差し込んだ短剣に掴まり、振り落とされないよう耐えている。大盾が落ちていった。

 公平と遊々を抱え、長政は跳んだ。舞い上がった。


「子供の時、夢見たこと、今も同じ、夢に見ている。この大空に、翼を広げ、飛んで行きたいよ。悲しみのない、自由な空へ、翼はためかせ、ゆきたい」


 羽瑠が唄っている。羽瑠の歌声に合わせて、視聴者も唄っていた。

 飛んでいる。どこまでも飛んでいけそうな気がした。


 ドラゴンはもう、完全に力をなくしていて、倒れるビルのようだった。

 ドラゴンの巨体が地に倒れ込む。大きな転倒音。続けて土埃が激しく舞った。舞い降りながら、四人でその光景を見た。


 終わったのか?


 地面に着地すると、生き残りの冒険者達が待っていた。みんな、立って拍手をしている。城の兵士達もいた。喝采の声をあげていた。


「てーてってーーててってってってーおういえぃ。実績A『君が勇者』を獲得しました。おめでとうございます」


 モンが現れて、長政に告げた。

 確定だ。クリアしたのだ。


 振り返った。地に伏したドラゴンは動かない。ワイバーンはどこかへ行ってしまった。残った敵はいない。


「んんん~~~」

「疲れたよ……」

「もう二度とやりたくないですね」


 周囲を見渡し、首の骨を鳴らした。

 やりたいことをやった。ドラゴンを倒した。喝采の声が、その実感を強めた。

 誰がやれただろうか。俺だ。俺がやったんだ。

 くぐもった笑いが出てきた。懸命に抑えようとしたが、気がつけば漏れ出ていた。そして、仲間の顔を見回した。

 息を吸い込む。


「俺たちが、勇者だ!」


 四人で拳を突き上げた。いや、若干二名は控えめだった。


『マジでやりやがった』

『初日から信じてた。こいつらはやるって』

『おまえ、今日が初日だろ』

『手の平回しすぎて千切れそう』

『五十万きたやろこれーーー』


 称賛をその身に浴びていると、モンが折り目正しく頭を下げた。


「皆様、困難な任務の達成、誠に喜ばしく存じます。このあと、城内に集合し、続けて順位の発表がございます。ネバギブ城へ凱旋願います」


 冒険日数、四日。それが長かったのか、短かったのか。よくわからない。

 クリアした、という事実だけが、今はっきりしている。


---実績状況---

 【1】初めての討伐   パーティが初めて討伐【獲得】

 【2】トーカー     パーティが会話したNPCが百人【獲得】

 【3】力を合わせて   八人パーティで、全員のスキルが連携する【未獲得】

 【4】心優しき者    林道の村で少女の願いを叶える【獲得】

 【5】ワールドを知る者 ワールド全域の50%踏破【未獲得】

 【6】オーク集落制圧  パーティがオークの集落を攻略する【獲得】

 【7】レアを逃さない  パーティがレアモンスターの討伐【獲得】

 【8】金さえあれば   パーティが合計で十万ゴールドを所持する【未獲得】

 【9】視聴者の力    視聴者数がパーティメンバーの合計で1万突破【獲得】

 【A】君が勇者     ドラゴンを討伐【獲得】

 ---取得ポイント:90




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