[四 博雄道三] 夢を創れええええええええ
アラートが鳴り響いていた。パトランプが室内を照らしている。
「どうなっているのですか?」
配信業社のスタッフが訊いてきた。動画配信サービスを行っている会社だ。俗に言うインターネットテレビである。ロールクエストの放映権を持っている。
地上波の放送事業者からも人が来ているが、こちらは冷静だった。こういうパニックを予想していたか、ハプニング慣れしているのか。
配信業社の質問は無視した。知りたいのは道三も同じだ。
会場では、美杉長政のパーティが、上空へ舞い上がっているところだった。
「残電力が急激に減っています。三十%……二十八%……下げ止まりません」
オペレーターの一人が、焦った口調で言った。
やはり電力か。
「どこが消費している?」
「制御盤です。重力、衝撃制御盤が、電力を激しく消費しています」
汗を拭う開発部長へ顔を向けた。
「調査をしてみないと、なんとも言えません」
こういう時、責任者は容易には障害と認めない。実際の作業は下請け業者がやったのだろうが、受け入れテストは当然やっているだろうから、本当に障害であれば、責任は逃れられない。
状況的には、障害だろうと思えた。一定条件下で発生する障害。条件が何か。
「残電力のモニタリングは継続。開発には解析を急がせろ」
刹那、会場が暗くなった。
「システムの稼働系、落ちました。第一待機系に切り替わりました」
「残電力、更新待機中。……待機中。……出ました。また下がっています。消費量、増加しています」
ワイバーンの数が減っていて、電力消費は減少してもいいはずだった。それが逆に上っている。なぜ上がるのか。
ふと、ライブモニターを観た。美杉長政のパーティは、まだ上昇を続けている。急激に電力消費が跳ね上がったのは、この上昇を始めてからだった。
まさか、これか?
昨日も似た状況下で、消費電力が跳ね上がっていた。これが原因だとすると、高度が上がれば上がるほど、状況は悪くなる。
背中を冷たいものが流れた気がした。
重力と衝撃の制御距離が遠くなると、加速度的に電力消費量が上がる。それはありそうだった。重力制御は、元々多量の電力を必要とする。しかも、制御範囲まで限定している。対象の重さが影響している可能性も考えられた。四人という人数は、仕様上の想定外の可能性もある。
いずれにせよ、現時点では想像にしかならない。解決策を見出す必要がある。
このパーティの作戦会議は、道三も観ていた。開発で想定した方法ではないが、成功すれば、攻略を成す可能性が十分にある。
可能性があるのに、システムの都合で潰してしまいかねない。そんなことを許してたまるか。
「彼が掴まっているワイバーンを制御できるか? 飛行を制御したい」
開発部長に訊いた。
「今ここにいる人員では出来ません」
呼んでいる時間的余裕はない。だから、他の方法で乗り切るしかない。
頭が混乱していた。とにかく、ハード関連に疎い頭を振り絞り、出来ることをやるしかない。まだ出来ることはいくらでもあるはずだ。
「水力発電を動かせ。フィールドオブジェクトのリポップを止めろ。同期処理の間隔を延ばせ。各種制御は、三十タイル四方無人を条件に省エネ対応。いや、落としてしまえ。ライブエリアの稼働を最優先だ。侵入禁止化を忘れるなよ」
「落としてしまっては、運営に支障が」
「休電でいい。彼らが高度を落とすまでの一時的な対処とする」
開発部長がわずかに反応した。何を考えているかは、よくわからない。
ハードの障害か。運営の想定漏れか。それとも関連部署の連携ミスか。色々考えられたが、今はそれを究明する時間がない。
「電力会社にも一報を入れておけ。一時的なものだ、とな。それから、医療班は下で待機するよう伝えろ」
「既に待機中です」
現場の音声が、即座に返ってきた。最悪のケースの対応は出来ている。
思いつき次第、他にも指示を飛ばし続けた。統括者を経由し、オペレーターとエンジニアが、声を掛け合いながら対応していく。
「博雄社長、危険なのではないですか?」
配信業社スタッフだ。動揺が顔に出ている。リアルタイムで配信しているので、生々しい事故は映したくないだろう。逆に映したいという輩もいるだろうが。
「何がでしょうか?」
「電力が落ちると、あの者らは落ちてしまうのでは?」
「そうですな。落ちるでしょうな」
「危ないではないですか」
「そのためのセーフティバンドです。とはいえ、あの高さから落ちたら、良くて大怪我でしょうな」
実際には、エアレシーバーなどの機器を用い、下で受け止める対応をするので、よほど落ち方が悪くなければ、無傷のはずだ。受け身の講習が活きる。
そういったことを説明してやる気はなかった。このスタッフが納得するかどうかの話でしかないからだ。どうせ一回の説明で終わらない。
「でしたら、今のうちに、中止した方が良いのでは?」
「それは最後の手段ですな。今は、やれることをやります」
アラームとパトランプは鳴動を続けており、室内のけたたましさは続いている。このパトランプの鳴動が、切迫した雰囲気にさせている。
また、会場が一瞬暗くなった。
「第二待機系に切り替わりました。もう、あとがありません」
オペレーターの報告は、悲鳴になりかけていた。
道三は、上着を脱いだ。常磐が受け取る。
発電自転車。この自転車をこぐことで、前には進まないが、発電がされる。これが、どれほどの足しになるのか。まさか使うことになるとは。
跨ってこぎ始めた。低い振動音が伝わってきた。
自転車に乗るなど、いつぶりだろうか。
「君らも、突っ立ってるだけなら乗りなさい。たまには運動もよかろう」
雁首を揃えていた部長達に言った。丁度人数分の自転車がある。
片足ずつ体重をかけ、自転車を加速させていく。五人で脚を動かした。
「残電力、二十%。ダウンまで残り十%です」
施設の最低限の稼働を維持するため、残り十%で中枢以外のシステムは自動でダウンしてしまう。それはロールクエストの続行不可を意味する。だから、もう余裕はない。
「八%……七%……減少速度は遅くなりましたが、まだ止まりません」
発電自転車がトップスピードに達した。もう脚が限界だ。他の部長も激しい息切れをしていた。
「博雄社長、もう危険です。やめて下さい。現実的な対応をなさるべきです」
道三には、喋る余裕はなくなっていた。必死にこぐ。それだけだ。いや、新たな対策がいくつか思い浮かんだ。
「全照明の輝度を三十%落として下さい。空調は停止。映像AIも一時休止。すぐにお願いします」
常磐だった。
常磐の指示に従っていいのかと、統括者だけでなく、オペレーターとエンジニアもこちらを振り返った。頷きを返すのが精一杯だった。
「四%……三%……」
「博雄さんっ」
ええい、うるさい。もう止める気はないのだ。
対して、テレビ局スタッフの方は、全く動じずに冷静だった。落ち着いて状況を見ている。そちらには視線を向けなかった。
喋る余裕はないが、代表として、決意表明をする必要がある。
「私達はな。私達ゲームクリエイターはな。現実を創っているんじゃない。夢を創っているんだ!」
だから、夢を壊すことはできない。
力を振り絞る。限界以上の力を。今。
「しゃちょおおおおお、私はどこまでもついていきますぞおおおお」
開発部長に続き、気合を発する他の部長の声も聞こえた。
「システムダウンまで、一%です」
「うおおおおおおおおおおお」
「夢を創れええええええええ」
どうなった。ゼロが来てしまうのか。来てしまったのか。
足を必死に動かしていた。息は絶え絶えで、それでも身体は酸素を求める。手足に力が入らなくなるのも、もう間もなくだろう。
倒れそうだ。これ以上こげない。
「下げ止まっています。下げ止まりました」
「二%、三%……回復に向かい始めています」
多くの安堵の声が聞こえた。
美杉長政パーティが落下を始めている。大盾を団扇代わりに、落下ポイントを調整してもいる。
耐えた。持ちこたえた。これで山は越えたはずだ。
道三は、激しい呼吸をしながら、まだ発電を続けていた。山を越えたとはいえ、予断を許さない状況は続いている。
美杉長政パーティが自由落下を始めた。事前の作戦にない行動だが、状況に対応するための“あえて”と見受けられた。
他に、今出来ることは何か。
そうだ。
「映像AIシステムを復帰。そして、全ビーカメを集結させて下さい。彼らを対象に、映像プログラムを集中モードに。演出強化を図ります」
そう、それだ、常磐君。
ビーカメ操縦者が、きたこれとばかりに、元気よく返事をした。
複数の視点からライブすることで、彼らのあらゆる行動、表情がライブされる。さらに映像カットインなどの演出でも、視聴者を魅せる。状況は最大限利用するべきだ。
あと。
「バックグラウンドの音楽を切り替えて下さい。曲名は、ネバギブの死闘」
よろしい。
ただの秘書なのに、いつの間に様々な知識を得たのか。恐ろしい。
そう思うと、常磐が振り向き、僅かに首を傾け微笑んだ。これでよろしいですか、とでも言いたげだった。
その常磐が、道三の上着を整え、腕にかけ直した。
舞台は整えた。
あとは、頼んだぞ。クリアしてくれよ。