[六 東雲羽瑠] 感覚を共有していた
芝生の上で休んでいると、少しずつ回復してきた。今なら立てそうな気がする。それでも横になっていた。
腰が抜けたと思っていたが、実際には抜けてなく、火炎で受けたダメージによる重力負荷だった。
長政の後ろにいたのでかなり軽減されていたが、火炎の迫力はものすごかった。本当に焼かれていると思った程だった。
心身ともに疲れた。動き回ったし、緊張する状況も続いた。そしてなにより、泣き疲れた。
今の自分の顔は、鏡で確認するまでもなく、ひどい状態になっているだろう。羽瑠は思った。
「はい、羽瑠ちゃん。お水とタオルを買ってきたよ。それと、甘い美杉饅頭ね」
「ありがとうございます。でも、お金なかったんじゃ」
売れるお金になる獲得品は、美杉が持っていたはずだ。
「んふー。あるところにはあるんだよ。長政ちゃんには内緒ね。怒られるから」
笑い合うと、返事をして水とタオルを受け取った。水は少し飲み、残りはタオルを濡らすのに使った。その濡れタオルを、顔に当てる。
気持ち良い。
遊々が隣に腰を降ろした。大きな瞳で、羽瑠の顔を覗き込もうとしている。
「ね、ね。すごい楽しそうだったよね。あんな飛んでさー」
あれが楽しそうに見えたの?
「そ……そうかな」
長政と違ったベクトルで、遊々もおかしな人だ。
望みもせず、納得もしていない危険が、どれだけ怖いか。その心境を、華道が分かってくれるとは、思えなかった。
落ち着きなく、遊々はすぐに小走りしていった。
『遊々はかわえーねえ』
『いやいや、拙者は羽瑠殿の方が好みでござる』
『羽瑠が好きって言ったって、羽瑠視界だと羽瑠自身が見えないじゃん。嘘でしょ』
視聴者のコメントは、全てオープンにしていた。共有はしていないので、他のメンバーには見えないし、聞こえてもいない。
視聴者は増えたり減ったりしている。常駐している視聴者は、十人前後と思われた。
『羽瑠殿と同じ視界を見たいのでござる』
『どうせ涙でほとんど満足に見えないじゃんww』
「はい、すみません」
遊々は通りに出て、何かを探している。多分、美杉と一枚を待っているのだ。
羽瑠の傍には、今は誰もいない。だから、視聴者のコメントに対して、声を出して反応した。
『しかも、映ってるのは美杉ばっかだし。美杉を見過ぎってなww』
『立ち位置的に、どうしてもそうなるってだけでしょ』
「はい、その通りです」
いつも長政の真後ろにいる。敵の敵愾心を増加させてしまうので、長政の近くにいないと、他のメンバーが困ってしまうのだ。
『それにしてもさ、羽瑠は戦力になれてなさすぎだよ』
『でもほら、今回は落下を防いでたじゃん。あれって立派な貢献じゃない?』
『そもそも、さらわれなければ、必要ないことだっただろ』
「はい、仰る通りです」
『自覚ありwww』
『ぶっちゃけ、俺がリーダーだったら、とっくに除名してるね』
『実際に美杉がそんなことをしたら、呪いのメッセージ送り続けるけどな』
『陰湿だなー』
「そういうことは、やめて下さいね」
『はーい』
眼の前の通りでは、兵士が忙しそうに走っていた。怪我人を搬送していたり、石を運んでいたりする。石は、城壁の補修と推測した。
人工知能なのだろうが、動きが随分と細かい。ドラマなどで見たことのある顔もいて、モデルがあの人なんだろうなーと考えると、見ているだけで楽しい。
『許せんといえば、美杉氏でござる。あやつ、羽瑠殿のむむむ胸を、揉みしだいたでござる。まっこと許せん所業』
「ち、違うよ。あれは、ももも揉まれたんじゃなくて、よじ登ろうとしただけで、結果的にもげそうになったけれど……」
『もぐ程にでござるかっ』
『もぐwwwww』
『もげる程の大きさがあるの?』
『俺にもがせて?』
『むしろ俺をもいで?」
「うん、いや、もう。その話はやめて下さい……。嫌なので」
忘れたい過去である。
「なに一人で喋ってんだ?」
突然話しかけられてビックリした。美杉だ。接近に気が付かなかった。
「えと、ビューワーさんと話していたよ」
「へぇ、羽瑠は、我慢強いんだなあ」
我慢出来る出来ない、って話なのだろうか。
『俺らを何だと思っているんだコイツ』
『腫れ物』
『うんこ』
『視界ジャック』
『俺はネットのモンスターだ!』
違う違う。そんなことないって。
長政が缶ジュースのプルタブを開けた。ぐびぐびと飲んで、大きく息継ぎをした。部活でも、時々見た横顔だ。
『でも彼、懐が深いところあるよね。最初のパーティと違って、羽瑠ちゃん見捨てられてないし』
『学校同じだからじゃない?』
『女だからじゃない?』
『弱いの助けて悦に浸ってるだけっしょ』
『全体で見れば、彼も相当弱いけど』
『弱いっていったって、装備が弱いってだけだろ』
『強い弱いはどうでもいいけど、羽瑠によじ登ってもぎたい』
『新しく生えてこないんだから大事にしろ。あとあたしのだから、てめーらは触るな』
『じゃあ、おまえのをもがせろ』
結局、真面目な話にならないのね。それか、認めたくないのね。
『羽瑠殿の反応がなくなったでござる』
『人に聞かれそうだと、反応しなくなるよね。この人』
だって、独り言みたいじゃない。共有してないんだから。
時々口が悪い人もいるが、視聴者と話すのは楽しい。誰も反応しないような小さなことにも、反応してくれる人がいる。みんなで頑張っている気がしてくる。
無責任にあれやれこれやれ、と言ってくる人がいたり、みんなでバラバラのことを言われる場合もある。逆にみんなで同じ方向へ走るように、一致する状況もある。
例えば、ドラゴンからの火炎放射を盾一枚で耐えきった時のことだ。
『くるぞおおおおおおおおお』
『HQ!HQ!至急救援を乞う!』
『うわああああああああ』
『生贄に隠れろーーー』
今思いだすと、叫んでるだけだったかな。一致はしてなかったかな。
でも、みんなで同じものを見ていた。感じていた。感覚を共有していた。
明日もこういうこと、あるのかな? あるんだったら、怖くても頑張れる気がする。クリアを……優勝を目指せる。
一枚も戻ってきて、ま行姉妹以外の全員が揃った。ま行姉妹は消滅してしまったので、もういない。
「さて、迎撃部隊に参加したことで、多少のお金がもらえたので、明日に備えて消耗品の補充をした。でも、回復系は饅頭のみ。文句ないな」
「うん、おいちーよ」
「今、食うなよ。ああ、今日はもう終わるし、もういいか。食え食え。感想をくれ。うちの父ちゃんに伝えておくから」
羽瑠も、遊々からもらった饅頭に、小さくかじりついた。
『美味しそうでござる。拙者も食べたひ』
『食いてえ』
『カロリーは?』
『今が何時だと思って……』
『飯テロだーーー』
咀嚼すると、饅頭らしくない食感があった。
「あの、美杉君」
「ん?」
「なんか、ゆで卵が丸々一個入ってるんだけど……」
「おう、当たりだな。一個、俺が作ってみたんだよ。面白いだろ。塩いるか? マヨネーズの方がいいか? 買ってくるぞ」
ああ、発想が奇抜だなあ。どうやって作ったんだろう……。
『いらねぇwww』
『馬鹿じゃねーの』
美杉饅頭店様。未来のお客さん候補を、今何人か失いましたよ。