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[五 美杉長政] もげちゃうよーーーっ

 羽瑠がさらわれる。逡巡はしなかった。

 盾を捨てた。片手を空けるためだった。他の荷物も持っている余裕はない。

 羽瑠の足首をなんとか掴んだ。一緒に上昇する。地面があっという間に離れていく。


「イヤァァァァァ、痛い痛い、怖いぃぃ」

「おまえ、物語の姫みたいに、よくさらわれるな!」

「望んでるわけじゃないよ」


 揺らされながらも、長剣は鞘に納めた。

 続けて、羽瑠の身体をよじ登っていく。


「ちょっとちょっと、変な所を触らないで、ねえ、お願いーーーいやーーー」

「うるせえなあ。このままじゃいられねーだろ」


 羽瑠の太ももを掴み、両足で羽瑠の脚を挟みながら、少しずつよじ登る。腰骨。胸。肩。掴めるところを掴み、少しずつよじ登った。


「もげるーーーもげちゃうよーーーっ」


 羽瑠の胴体を両足で蟹挟みし、落ちないように注意した。かなり高度がある。風に揺らされると肝が冷える。


 風切り音が止まず、高度を嫌でも意識させられる。おまけに、二人分の体重が重いのか、不安定な飛行でもあった。落ちるかもしれない、という恐怖は当然ある。いくらシステムに守られているとはいえ、この高さから落ちたら笑えない。

 下を見ると金玉がヒュンヒュンするので、あまり見ないようにした。


 ふと気がつけば、すぐ真横にドラゴンの顔があった。こんな高さまでこないと、ドラゴンの頭には辿り着かない。


「いいか。落とされたら、すぐに歌えよ。まだ死にたくねーからな」

「ななな何を歌えばっ?」


 叫ぶように疑問を口にする羽瑠。普通に反応するあたり、意外と冷静なのかもしれないと思えた。


「助かりゃなんでもいい」


 羽瑠のスキルの『軽量の口ずさみ』に期待するしかなかった。でないと、落下死しかねない。


 片手を羽瑠の肩にまわし、もう片方で抜剣した。ワイバーンの足を斬りつける。しかし、力があまり入らなかった。地に足がついていないので、腕の力だけで斬るしかない。不慣れな浮遊で力が入れにくいのもある。


 ドラゴンが向きを変えた。兵士達の方向だ。何回も翼を羽ばたかせている。次第に風は強くなり、突風が巻き起こった。矢は風に飛ばされ、兵士達も数メートルは吹き飛ばされた。長政達も風にあおられた。


 続けて、ドラゴンが長い咆哮をあげた。長政と羽瑠はかなり近い。耳をふさげず、身を縮こませるだけだった。


 ワイバーンが、掴んでいた羽瑠の腕を離したようだ。急に落下を始めた。自由落下である。瞬時にして体温が冷えた。

 何か掴みたい。何か。しかし、手が届く範囲には、羽瑠しかいなかった。


「うわあああっ、うた、うた、唄えーーー」

「いやぁぁぁぁーーー今ーー富とかーーー名誉ならばーーーーいらないけどーーーおーちーなーいーでーーー」


 半分ほど落ちた頃、ぼやけた光が、羽瑠の身体を包む。身体を広げ手足をバタつかせると落下速度が遅くなり、まるで羽毛にでもなったような落下速度になった。

 羽瑠は、首を絞める勢いで長政に抱きつきつつ、聞き覚えのある歌を唄っている。落ちては困るので、長政も羽瑠をしっかりと抱いた。


 ゆっくりと落下していき、二人で地上に舞い降りた。


「あっぶね。マジで危なかったぞ」


 言ったが、それどころではなかった。石を打つような音が聞こえた。一回、二回。どこからか。音のする方向を見上げた。

 ドラゴンからだ。さっきも聞いた音だ。次には火炎放射が来るのではないか。直感した。また体温が下がった。悪夢でも見ているのではないか。冷や汗は現実の感覚だ。


 さらに悪夢は続いた、羽瑠がスポットライトに照らされた。ドラゴンの視線が、こちらに向いた。

 隠れる場所。ない。盾。捨ててきた。いや、落ちている大盾がある。兵士が使っていた大盾だ。拾って構えた。一メートルほどの大きさがあり、姿勢を変えれば、身体をすっぽりと隠すことが出来た。


「うしろに隠れろ」


 と言ったが、腰が抜けているようだ。首元から離れない羽瑠を足で引き剥がした。泣く羽瑠の前へ出る。


 ま行姉妹が駆けてくるのが視界の隅に見えた。

 来るな。手で伝えたが、一直線に向かってくる。離れられないからだろうか。それ以上、ま行姉妹を気にする余裕はなかった。


 三回目の石打音。同時にドラゴンの口腔から火が吹き出た。その火炎が、こちらに向けられる。元々、後方に吹き飛ばされた兵士達が標的だった可能性が高いが、ライトアップの効果か、明らかに羽瑠を狙った火炎放射だった。


 大盾を構えると前が見えない。火炎放射がいつ直撃するか。

 まだか。まだなのか。大盾を握る持ち手に力を込めた。


 衝撃がきた。必死に大盾を支える。大盾だけが頼りだった。熱気は感じたが、焼けるほどの熱ではない。しかし、身体がどんどん重くなっていく。

 膝をついた。視界が赤に染まっていく。それでも大盾は支え続けた。じりじりとうしろに押されもした。悲鳴を上げながらも、羽瑠が長政の背中を支えている。


 重力負荷に耐えられなくなり、もう倒れる、という時になって、ようやく火炎放射が終わった。

 長政は、倒れ込んだ。地にめり込むのでは、と思えるほどの身体の重さだった。一度体験した、瀕死状態だ。

「美杉君っ、美杉君っ」

「へへっ、守ったったぜえ」

「うん、うん。かっこよかったよ」


 もう動けない。どうにもならない。それほどに身体が動かない。

 翼の音が聞こえた。ワイバーン。ライトアップは終わっていなかった。


 倒れたまま土を握りしめた。

 ここで終わってしまうのか。クリアできないまま終わってしまうのか。ドラゴンに負けてしまうのか。


 もう動けない。どうにもならない。

 羽瑠が怖がっている。


 そう、怖い。普通は怖い。強大で歯が立たない敵がいれば、怖くて当然だ。敵わないのであれば、屈するか、逃げるしかない。

 恐怖はそこらじゅうにある。

 事故が怖い。病気が怖い。人が怖い。優しさが怖い。認められないのが怖い。


 一番怖いのは父だった。悪いことをすれば、ぶん殴られる。母への気遣いをなくせば、やはり蹴り飛ばされる。自分自身の心に負ければ、嫌われる。


 今、諦めようとしている。放り投げようとしている。そんな自分を、どこか他人事のように見つめてもいた。


 自分に語りかけてみる。

 いいのか。

 どうせ見られてやしない。

 見てるさ。

 いいとこは見せた。よくやれた。

 まだ途中だ。

 動けたとしても、これ以上はどん詰まりだ。

 では、負けるのだな。

 自分には負けていない。状況が悪すぎた。

 負けてないのか? やれることはやった。役割を果たした。価値を見せた。

 そうか。限界か。その程度の価値か。

 俺の価値を勝手に決めるな。

 ほら、見てるぜ。おまえの価値が決まる瞬間を。

 俺の価値は俺が決める。

 だが、決まる。諦めたその瞬間に、お前の限界が評価される。

 そんなこたあ、許さねえ。

 いいんだろ?

 うるせーな。良くねーよっ。


 まだだ。まだ終わっていない。

 動かない身体を動かす手段が一つだけあった。覚えたスキルがある。


「うおおおおおおお! まだまだァーーー!」


 身体から光が吹き出て、身体が急に軽くなった。視界の色が回復する。全快ではないが、立ち上がれる。


 見上げると、ワイバーンが迫ってきていた。

 盾が欲しい。

 焼け焦げたように見える大盾を拾う。大盾なだけあって、米袋でも持ったかのように重い。剣を抜くのはやめ、両手で大盾を持った。


 ワイバーンが火炎を吐く。やはり羽瑠が狙われるが、大盾で防いだ。

 ワイバーンの飛来に合わせて、重い大盾を懸命にぶん回した。素早い攻撃はできないが、動きを予測することで、なんとか当てる。当たると鈍い音が響き、ワイバーンが地面を転がり飛んでいった。意外と武器としてアリかもしれない。


 ま行姉妹はどうなったか。見える範囲にはいない。消滅したか。


「羽瑠、逃げるぞ。立てよ」

「ででで、でも、うしろもいて、腰も抜けてて」


 顔を見ていないが、完全に泣き声だった。泣き晴れた顔が想像できた。

 四方を囲まれている。兵士も前に出てこない。

 一人だったら駆け抜けられそうだ。しかし、その選択肢はなかった。仲間は見捨てない。羽瑠は、仲間だ。


 大盾を振るった。大ぶりの隙を狙われる。身体を捻り、足であしらおうとしたが、うまくいかなかった。ひっかき攻撃を受け、身体が重くなる。


 数が多すぎる。防ぐ以外のことをする暇もない。

 二体が同時に襲いかかってきた。また長政の大振りを狙ってきている。


 ちくしょう。


 眼は閉じなかった。見据える。おまえに負けたんじゃない。そう思った。

 しかし、攻撃はこなかった。横からの何かを嫌がっている。弾。


「はいはい。遊々ちゃんがお届けされてきましたよ」

「呼んでねーけどな」

「またまたー。そんなことを言って」

「ゲイラクシステム、一枚公平です。よろしくおねがいします!」


 声が聞こえる。遅れて光線が飛んできた。公平。


「よく来られたな」

「ま行姉妹のおかげっていうんですかね。一直線にノイアー君を追っていましたから。最短距離ですよ。ドラゴンの火炎で見捨てましたけれど。もはや仕様バグの被害者ですね。ノイアー君こそ、あの炎の中、よく生きてますね」

「冷えてた身体温めるにゃ、いい塩梅だった」


 大盾を振り回しワイバーンを怯ませる。遊々と公平も、それぞれの役割を果たしている。懸命な応戦で、なんとか持ち直した。


「ところで、俺の盾は?」

「あんな重いの、持って走れませんよ」

「あっそ」

「はい、これ」


 遊々が何かを手渡してきた。饅頭屋の紙袋だった。獲得品が入っている。


「これより、盾のが軽いだろ」

「こっちの方が高そうだから」


 俺の盾……。


「実は、ドラゴンが帰ろうとしています。満腹になったんでしょうね。城の兵士は撤退を始めていまして、追撃しようとしているのは冒険者くらいです」


 ワイバーンに気を取られて、ドラゴンを見る余裕はなかった。公平に言われた内容を元に、全体の状況をなんとなく想像する。追っかけられるような状況ではない。加えてボロボロだった。


「撤退しよう。まともに戦える状態じゃない。主に羽瑠がずっと足手まとい」


 羽瑠の泣き崩れた顔と抜けたままの腰。移動すらままならない。

 妙に重い羽瑠を背負い、仲間うちで援護をしあいながら、なんとか戦場から離れた。


 ちくしょう。

 長政は、悔しさに歯噛みした。


---実績状況---

 【1】初めての討伐   パーティが初めて討伐(獲得)

 【2】トーカー     パーティが会話したNPCが百人(獲得)

 【3】力を合わせて   ****(未獲得)

 【4】心優しき者    林道の村で少女の願いを叶える(獲得)

 【5】ワールドを知る者 ワールド全域の50%踏破(未獲得)

 【6】オーク集落制圧  パーティがオークの集落を攻略する(獲得)

 【7】レアを逃さない  パーティがレアモンスターの討伐(獲得)

 【8】金さえあれば   パーティが合計で十万ゴールドを所持する(未獲得)

 【9】視聴者の力    視聴者数がパーティメンバーの合計で1万突破(未獲得)

 【A】君が勇者     ドラゴンを討伐(未獲得)

 取得ポイント:50。




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