[ニ 美杉長政] クリアすら怪しいぞ
オークと戦う時は、とにかく首や頭を狙いたい。明らかに効果が違った。
斧の一振りをかわし、オークの懐に飛び込む。下半身を攻撃し、体勢を崩させる。頭が下がってきたら、ようやく致命傷を与えるチャンスだ。そういう戦い方をすると、長政だけでも、いい戦いが出来る。
盾で受ける戦い方は、減らしていった。
そもそも、圧倒的な力を誇るオークの攻撃に対し、盾で受け止める、という発想が悪かった。衝撃緩和の魔法がなければ、受け止めたあとに何もできない。避けるか、受け流すべきなのだ。そうすれば、攻撃の機会も発生する。という事実に気がついたのが、オーク砦制圧後だった。
オークは、動きが特に速いわけではないが、遅いわけではない。それに、長政は重い剣と盾を持っているので、身軽でもない。慣れてきたからこそ、避ける選択肢が生まれたのだ。
左に遊々、右に公平とま行姉妹がいて、援護してくれる。それでオーク相手にも有利に戦えた。羽瑠だけは、相変わらず囮でしかなかった。
オーク二体相手でも戦えるようになった。とにかく、陣形を崩さない。長政であればオークを足止めする形で対峙できる。常に長政がオークと対峙する状況を続ける。陣形を保つために下がれる場所があること。それが肝要だった。
「も、もう怖いよ、美杉君」
羽瑠からは何度も聞いた言葉だった。また、羽瑠が涙ぐんでいる。ノイアーだ、と訂正する気力は失っていた。
「何を言ってるんだ。何度も倒してるだろ。なんで怖いんだよ」
「だって、ずっと狙われてる……」
「そりゃ、ピカピカしてるんだから、仕方ないだろ。良かったな注目されて。歌えよ」
羽瑠のスキル、『突発ライトアップ』による敵愾心の上昇は凄まじかった。長政がスキルで敵意を引いても、あっさり横取りされる。なんとか敵意を引き直すか、間に入って壁になるしかない。
「まぁまぁ、長政ちゃん。あたしは、羽瑠ちゃんの気持ちが分かるよー」
「なんでだよ」
「だってさ、何も出来ないんだよ。抵抗も出来ない。それなのに、襲われる場所にいなくちゃいけないって、あたしでも怖いなあ」
「言ったって仕方ないだろ。俺が守る以外に、他にやりようがない。他に方法あるのか? リタイアするか?」
「ライトアップしたら、長政ちゃんの周りを走り回る。ん、遊々ちゃん天才」
オークに遭遇したので、さっそく試すことにした。
羽瑠がライトアップした。追いかけるオーク。長政の周りを一人と一体が走り回る。その間、一方的に斬りつけれた。
「おお、これはありかもしれん」
と言った直後だった。
ぽて。
羽瑠が転んだ。
「この運動音痴があああ」
長政は叫びながら、間に入り、必死に応戦し、なんとか倒した。
「緊急時には有効ですね」
「そうだなー」
「えぐえぐ……もう嫌だよ」
どんな泣き方だよ。
最初のパーティには見捨てられ、さらわれた。戦闘では何もできず、不意に狙われまくる。ちょっと気を抜くと、またさらわれる。
こんなので楽しいのだろうか。
萎縮した羽瑠のそのなりは、小動物さながらだった。
「じゃあ、どうすんだよ。ってか、嫌ならやめたらいいだろ。黙ってリタイアしろ」
「嫌だよ。優勝したいよ……」
優勝って、クリアすら怪しいぞ。
「結局どっちが嫌なんだよ。あーもうイライラするなあ。行くの? 行かねーの? はっきりしろ」
「いいいい行くよっ」
「行くんだな?」
「行くよ……」
よくわからん奴だ。
「まぁまぁ、ノイアー君。一度落ち着きましょう。ゆっくり考えましょう」
「いや、ゆっくりしている暇はない。見てみろよ。ドラゴン暴れてるぞ。他のパーティ、戦ってるんじゃないか?」
遠くに見えるドラゴンは、火を吹いたり、ひっかくような挙動をしている。周辺には鳥のような生物も、複数いるようだ。
「だからこそですよ。クリアおよび優勝するためには、最低限、消滅してリタイアしないことが必要です。それに、僕たちはスポンサー利用していない、というハンデもありますし。無理も無茶も出来ません。ここは慎重を期して、ゆっくりレベルを上げ、心身ともに充実した、ここぞというタイミングで向かうべきではないでしょうか」
向かうべき、のところだけ耳に入った。
「じゃあ、さっそく行くか」
「聞いてませんね」
コケたあと座り込んでいた羽瑠を引き起こすと、遊々の静かな気配に気がついた。口元に指を立てている。もう一方の手で、後方を指さしていた。
振り返ると、ま行姉妹がいた。いや、その先に、輝くボンボンがいる。
長政は無言で頷きを返した。
輝くボンボンは、草木の茂みから出てきて、跳ねながら道を横切ろうとしていた。下手に察知されると、あっという間に逃げられてしまうかもしれない。慎重に近づいて倒す。それしかない。
「待って」
手荷物を置いて抜剣しようとすると、遊々が潜めた口調を発した。
「なに」
「近づくと、また逃げられそうじゃん?」
「でも、近づかないと攻撃できないぞ」
「そこで遠距離攻撃だよ」
「ああ、ま行姉妹か。ま行姉妹も強くなってきたからな。当たれば倒せるかもだな」
成長したのは、プレイヤーだけではない。弓が全部当たれば、倒せるかもしれない。少なくとも、ただのボンボンであれば倒せる。
「公平とま行姉妹の弓矢、それと遊々のスリングだな」
「僕は、この距離じゃ届かないですね」
公平のスキル、名刺交換は、射程が十メートルだった。輝くボンボンまでは、その倍以上の距離がある。
準備の余裕はさほどなかった。輝くボンボンが道を横切ると、また茂みに入ってしまうだろう。道上にいる今が、極めて狙いやすい。
構えている遊々とま行姉妹に、頷いて合図を送った。長政も抜剣している。
ま行姉妹が一斉に矢を放つ。同時に走り出した。失敗に備えて、距離を詰めておく。逃げられなければ勝てる。
矢は、三本外れた。残り一本が命中したが、刺さらずに落ちた。
輝くボンボンはこちらに気がつくと、すぐに逃げ出した。地を高速で跳ねながら、逃げ始めた。
無理か。思った瞬間だった。
「投げるよっ」
ばっかやろー!
長政は反射的に剣と盾を放り、頭を抱えて跳んだ。顔の横を、空気を切り裂く音が、一瞬で通り過ぎていった。
地に倒れ込み伏した。二投目は、来ない。
もうやだこのスキル。誰を狙ったか不明だと怖い。
恐る恐る顔を上げた。
「てーてってーーーててってってってーおういえぃ。実績七『レアを逃さない』を獲得しました」
地に伏して頭を守る長政に、モンが現れて告げた。
立ち上がって土を払い、うしろを振り返ると、Vサインをする遊々がいた。殴りたいとまでは言わないが、つねって上上下下左右左右とやりたい。
「痛ひ。痛ひ。いたひよ、長政ちゃん」
思ってただけなのに、気がついたら手が出ていた。
「よく一発で当たりましたね。確率は、八分の一ですか? 対象を除けば」
そう言う公平の前面も、土で汚れていた。同じように回避運動をしたのだろう。長政も公平も、当たった際の衝撃を知っている。
「え、なんで? 七分の一でしょ。投手も除かれるでしょ?」
「スキル説明によると、対象に当たらないだけでしたよね?」
常識的に考えれば、投げた人間に当たるとは思えないが。そもそも、対象には絶対に当たらないという不思議から始まっている。投手に当たることもありそうな気がした。
「ん、もう投げるの、やめておこうね」
おい。
「禁止って言い続けてるけどな。昨日も今日も。明日もな」
「明日は明日の風が吹くよ、長政ちゃん」
遊々の投球についての議論で、よくわからない表情をしていたのは、羽瑠だけだった。ま行姉妹ですら、怯えた表情をしているのに。