[一 博雄道三] スキル格差
運用本部とした会議室で、アラートが鳴り響いていた。パトランプが室内をチカチカと照らしている。
「今度はなんだ?」
道三は、こめかみを抑えながら、声を張った。
「残電量の減りが激しく、危険域に達しています」
オペレーターが応答した。
ここまでか。
現場にできるだけ対処させようとしたが、これ以上は口を挟まざるを得ない。
「周辺五十タイルが無人のポイントをサーチしろ。続けて制御機器の電源を省エネモードに切り替え。各所への供給が切れないよう注意しろ。それから館内の水を流せ。水力発電で少しでも賄うのだ。予備電源を使わずに稼働可能な時間も算出しろ。クローズドまで粘るぞ」
立て続けに指示を飛ばし続けた。現場がにわかに活性化しだす。
現場を指揮できる人間を育てる必要がある。しかし難しい。
ロールクエストは、リアルロールプレイングゲームだった。ゲームといえど、家庭用や携帯のゲームとは、その形態がまるで違う。エンターテインメントとして、視聴されることを意識している。新しい事業を始めているようなものだった。よって、これまでのノウハウの蓄積が、あまり役に立たない。毎日に新しい発見があり、新しい問題もあった。
準備不足だったのか。見切り発車だったのか。悔悟に襲われることもあった。
それでも、創りたいと思えば、自らで行動を起こすしかない。
考え過ぎても仕方がない。始めてしまったことを、出来る限りやるだけだ。社長だからといって、ふんぞり返ってはいられない。道三自身が先頭に立つ必要がある。
運営では問題が頻発しているが、プレイヤーの冒険は、順調に進捗している。
ロールクエストは、ワールドAとワールドBに分けて、冒険の場を開場している。ワールドAは昼。ワールドBは夕方からだ。最初は一部二部という呼称で分けていたが、紛らわしいので変えた。参加者以外の差異はない。
両ワールドには、千人を雇用する形で選出し、五百人ずつに分けていた。
今は、ロールクエストが開始されて、三日目のワールドA開場の最中だった。ドラゴンを攻略しようとするパーティが出始めている。すると、急に電力消費が激しくなったようだった。
電力消費が増えること自体は、事前に想定していた。しかし、その増加量が想定を越えている。
オペレーターが五人。ビーカメ監視者が二人。エンジニアが二人。忙しく状況に対応していた。
各部署の責任者や代表者もいる。社長の道三が気張っている以上、彼らも気が抜けないだろう。自分の部下と、アイシステムで頻繁にやり取りしているようだ。
この運用本部室に情報は集まってくる。場所が離れている制御室やデータ管理室などとは、適宜交信していた。
ある程度落ち着き始めた頃、別の報告が舞い込んできた。
「倒れた?」
「現在はリタイアの扱いとし、メディカルスタッフが回収しました。原因は目下調査中ですが」
「見立ては?」
「初動ですので断定できませんが、重力酔いを起こしているのではないか、との診断でした」
「検査漏れか?」
「いえ、確認したところ、検査項目は全て良好でした。どうやら本日は体調不良のようでしたので、その影響だろうと」
体調不良では参加不可としていたのに、その体調を隠して参加していたのか。
「倒れてから気がついたのか?」
「開場中、遠隔のメディカルチェックは繰り返していました。体温がやや高いのでマークしているところに、当該プレイヤーが体調不良を訴えました。プレイの続行は不可能であると、その場で診断しました」
「よくやった。システムで注意喚起するよう手配させる。詳細はまとめておけ。この手の問題は、外部がうるさくなりかねない」
「かしこまりました」
報告にきた者を解放した。
医療班は、管理者以外は外部要員で構成されているが、安心して頼れるレベルでよく仕事をしている、と道三は思った。対して自社社員は、道三を含め、何をやるにも不慣れな危うさを孕んでいる。
「常磐君」
「たった今、手配いたしました」
問題は、次から次へと発生した。その全てを、即座に対応出来るわけではないが、放っておけないものも多い。
不具合の報告も上がっていた。やはり、テストでは発生しなかった問題が、当たり前のように発生してくる。今回のロールクエスト中に収束させるのは難しく、人員を集中させてマンパワーで乗り切るしかない事象もあった。致命的でなくとも、ゲームイメージに影響するようであれば、即座に対応する。
「常磐君、自家発電用の自転車を手配できないかね」
「五台でよろしいでしょうか」
「五台? まあ、それくらいあればいいか」
「かしこまりました」
「この辺りに並べてくれ。ま、不退転の意思表示だ」
スタッフの残電力への意識が、ちょっとは高まるだろう。
電力周りに関しては、不具合が潜在していそうだ、と道三は感じ始めていた。
開発部長を呼び、調査を命じた。インフラやハード周りの人員は、今回は開発部で抱えている。
ワールドAが閉場したあと、部長が集まってきた。皆一様に顔色が悪く、疲れを見せていた。それもそのはずで、彼らは家に帰っていないはずだ。近場のホテルで仮眠を取る程度だろう。社長の道三に至っては、一睡もしていない。
「始めてくれ」
報告会の時間だった。それぞれが、それぞれの部署の状況や報告事項を持ち寄ってきている。
座らず、あえて立ったまま始めた。
「運用部です。優先課題となっていたスキルバランスについてです。プレイヤーからの不満が相次いています。他のプレイヤーとの格差を訴える声ですね。視聴者からは、あまりないですが」
プレイヤーと視聴者では、受ける印象が違う。当然だ。それが、開発側の想定内かどうか、課題となっていた。プレイヤーはともかく、視聴者の反応を気にする者は、内部でも目立っていた。
「各プレイヤーのスキルは、どう決定したのか。他の面々に説明したまえ」
運用部長が、空間ディスプレイに資料を映す。記憶にある資料だった。
「プレイヤーのタイプを四種類用意してあります」
バトルタイプ :戦闘に特化。
サポートタイプ :パーティの支援に特化。
リアルタイプ :実生活から影響。実生活の行動をスキル化。
スペシャルタイプ:開発の遊び心が反映され、実験もされる。
「面接と希望職、血液型や生年月日から、まず大雑把に決定しています。その後、素行調査の結果を元にバランス調整です。一部の特待プレイヤーは優遇ですが」
特待プレイヤーとは、宣伝など、一定以上の何かしらの効果が見込めるプレイヤーを指し、優遇処置されたプレイヤーである。主に有名人が該当し、堂安翔也がその筆頭だった。
「各タイプの比率ですが、バトルタイプは四十パーセント。サポートが二十。リアルが四十です。スペシャルは、一パーセント未満です。不満の多くは、バトルタイプ以外からです」
説明内容は、道三の認識通りだった。
説明が終わったようだが、誰も意見しなかった。道三は、結論を出してしまうことにした。
「スキル格差はそのままで良い。格差などあって当然なのだ。そういう不自由の中で、自分が何を出来るか探るのが面白いのであって、その姿がエンターテインメントにもなる。従って、現状では通常対応で良い」
通常対応。つまり、お客様の貴重なご意見を参考に今後ともうんたらかんたら~という対応である。実質何もしない。しかも、プレイヤーからの不満であれば、アルバイトが自社製品に対して文句を垂れているのと変わらない。客としての改善要望ではないのだ。
報告は続いた。特に問題のある報告は、インフラとハードだった。一部が正常に稼働していない。縮退運用で乗り切るしかない。
ノウハウがないに等しいので、外部の人間を入れても苦労していた。
「ところで、クリア予定は二日だっただろう?」
「はい。最速で二日を想定していました。三日が通常想定です」
「もう三日目ではないか」
色々な問題が起きるのは分かりきっていたので、二日くらいで終わってくれるのが理想だった。今回の経験を活かして、二回目、三回目へとつなげていく。
「プレイヤー達が、ドラゴンを倒せる気配がありません」
「クリアできないゲームではいかんぞ。ドラゴンを倒せず人類滅亡エンドなんてのは、大方の視聴者もスポンサーも求めていない。私も望まない」
ゲームはクリアされなければ完成しない。クリアされるまでが開発だ。創ったら終わり、ではない。そこを勘違いしている者は多い。
そして、クリア後のフィードバックを取り込むところからが、次の開発だ。
「実は、人工知能がなんというか、よく出来すぎていまして。ドラゴン討伐に必要な情報を、プレイヤー達が得られていません。該当するNPCと会話しているプレイヤーは多くいるのですが」
つまり、NPCが高度な無能になっている。あるいは、プレイヤー達のコミュニケーションの不慣れか。従来のゲームのように、話しかければ固定のメッセージを返す、というわけではないのだ。
酒場に行って情報を集めるような行動を、現代に生きる人間は出来ない。あるいはAI相手だからと、実りある会話を諦めているのだろうか。
頭がうまく働かない。明らかに睡眠不足だった。
「そもそも、ドラゴン討伐の方法は、どんなだったか?」
「はい。まず、ドラゴンの特徴についてですが、起立時の身長が尾を除いて三十メートルです。皮膚が硬い鱗に覆われており、一定間隔で炎を吐きます。NPCを捕食することで体力を回復します。翼はありますが、突風を起こすのみで、自らの巨体を浮かす力はありません」
「炎で焼かれているパーティは、いくつか見た」
「はい。町民から、炎を吐く前の挙動について、聴取できます。回避行動をとる必要があります」
「それで、肝心の倒し方は?」
「城下町民からドラゴンの討伐方法を聴取します。内容は、炎を吹かれる前に墨か矢で目潰しをし、爆薬を食わせる、というものです。弱体後、総攻撃で倒します。弱点の一つとして逆鱗もありますが、触ってはいけないという情報も得ることも可能です」
「逆鱗? なぜだ?」
「逆鱗に触れる、という言葉の通り、触れるとドラゴンが怒り、手を付けられなくなるからです。鱗が逆に生えていて、触ると痛いってことでしょう。人間で言えば、虫歯に苦しむような感じでしょうか。痛いが致命傷ではない、といったところです」
それは痛いな。とても。
「では、他に弱点らしい弱点はないのか?」
「ドラゴンといえど、生物です。心臓や脳など、人間にとっても重要な器官に相当する箇所にダメージを与えられれば、即死となります。ですが、外側の硬皮を抜けませんので、まず無理な話です」
つまり、先程の方法以外では、討伐を想定していないわけだ。想定ケース不足である。
「なんとかするのだ」
「救済イベントの用意を提案します」
「どれくらいかかる?」
「三日ほどあれば、なんとか準備まで完了するかと」
三日。心情や計算は理解できるが、そんな時間をかけられる状況ではない。
「遅すぎだ。全滅してしまいかねない。それに間延びするだけにも思える。よって、明日までだ。そして、明後日緊急リリース」
「それは」
「できんのか?」
「案すら決まっていません。さすがに」
「今決めてしまおう。そうだな。援軍がいい。援軍がドラゴンを弱らせる。冒険者がとどめを刺す。そういうシナリオを組め。詳細は運用部と合議しながら進めるのだ」
「わかりました」
「日付が変わったら、レビューまで済ませた外部設計を持ってこい。突貫でいくぞ」
絶句する開発と運用部長を無視し、他の報告を耳に入れていく。
一通り状況を取り入れると、解散を指示した。
時々、立っていても意識が飛びそうになる。若くもないのに二日も徹夜しているのだ。関節も音を立てそうな程に痛い。
どんなに辛くとも、正念場だった。ここで成功すれば、次に繋げることができる。それでも、一度休まざるをえなさそうだった。そろそろ倒れかねない。
秘書の常磐を探した。隣にいた。
「ビジネスホテルをお取りしてあります」
突然伝えられ、道三はしばし固まった。他に御用はありませんか、とでも言いたそうな顔をしている。
「寝る、と言おうとしただけなのだが、よくわかったな」
それどころかホテルか。その方が近くて良いか。身体を洗い、仮眠をしてすぐ戻ってこれる。
「社長のことは、なんでもわかります。社長のために、わたしはいます」
「そうか。すまんが冗談に付き合う元気が今はない。君も引き継ぎをして休みなさい」
「かしこまりました」
もういっそ、この場で眠ってしまおうか。そうすれば、有事でも即座に対応できる。
「社長、ホテルでお休みなさって下さい」
「……口に出ていたか?」
「はい」
そうか。出てたか。疲れてるな。