[六 林道敦子] ええ笑いをおおきに
疲れた。
取材の仕事が終わって帰宅すると、林道敦子は、しばしぐったりした。
なぜこの科学が進んだご時世に、足を使って仕事をしなくてはいけないのか。時々本気で悩むことがある。
だが、答えは分かっていた。直接対面で会話したほうが、取材で得られる情報が多いのだ。そして、目に見えない信頼も勝ち取れる。わざわざ会いに行く。その行動に、恩を売るのと近い効果があるのだ。
家着に着替えながらロールクエストを視聴していた。
ロールクエストの認知度はそれなりにで、敦子が書いた記事もそれなりなアクセス数があった。
これなら、継続して記事を書くメリットがある。今後も多数のアクセスを期待できる。
プレイヤーカタログを参照した。誰がプレイ中で、誰がリタイアしたかが、カタログから判別可能だった。さらに、そのプレイヤーのサブチャンネルへ、視界遷移することも可能だ。
プレイヤーは、視聴者獲得を一つの目的としているはずだった。その視聴者をファンにすることができれば、それはステータスだし、人によっては仕事にもつながる。企業からすれば、ファンの多い人物は、大金を払う価値がある。
通常の視聴者は、まずはカタログから視聴対象を決める。既に認知されている有名人は別として、一般人はこのカタログ上で初めてお披露目となるのだ。
それぞれのプレイヤーの顔のよく見える動画が、カタログ上で自己主張している。ある程度プロフィールの記述があるとは言え、ビジュアルが大事なのは、致し方なさそうだった。
まずはライブチャンネルをメインで観る。プレイヤーからは見えないライブカメラが浮遊し、注目パーティがリアルタイムで映像配信される。ライブするパーティは、ロールクエストの運営部が決めていて、運営の思惑が反映されているのだろうと思えた。
他にサブチャンネルの画面を三つ、メインの横に並べた。いっぺんに観てしまおうという算段である。
ライブチャンネルでは、知らない一般人が映されていた。巨大迷路にチャレンジ中のようだ。カメラで上から見ていると、進む先がどうなっているか、簡単に分かる。そのパーティメンバーに視界を合わせると、壁ばかりの視界となる。
そのパーティは、結局壁をよじ登って迷路をクリアしていた。昨日見たパーティは、壁に穴を開けて進んでいたから、迷路一つをとっても、攻略の仕方はパーティそれぞれなのだと実感出来る。
ライブカメラの撮影パーティが切り替わった。堂安翔也だ。実況者の説明を聞く限り、オーク集落の制圧に赴くらしい。
しばらく観てみることにした。
途中で別のパーティと連合した。三人+ま行姉妹のパーティで、見るからに貧相なプレイヤー達だった。武具がしょぼい。荷袋がしょぼい。紙袋で獲得品を持ち歩いている。人数も少なく、ま行姉妹で補っている。
よくこんな場所で生き続けている。そう思わざるを得なかった。
「このパーティは、ノイアー君がリーダーです。どうやら、拐われたパーティメンバーを助けに来たようですね。堂安君には、攻略に来た、と見栄を張っているようですがね。見栄っ張りなのは、見た目通りなんでしょうかね」
実況者による公開処刑や。可哀想に。見栄を張るのが悪いんやで。
笑いを誘えているので、スタッフとしては美味しい状況だ。
缶ビールに口を付けながら、視界を堂安翔也に切り替えた。まるで堂安翔也になったかのような錯覚を覚える。仲間が自分を見る視線も、信頼する視線で心地よいものだった。
人気俳優なだけあって、視聴者数も多い。十万人を超えていた。しかし、本当に堂安翔也を見たい人は、ライブチャンネルか他のパーティメンバーに視界を合わせるはずだ。堂安翔也効果は大きすぎる。
このあたりで、次の記事のイメージが固まり始めてきた。タイトルは『ロールクエストを見たくなる○つの理由』ってところか。
それにしても、堂安翔也の視界は、コメント内容が酷く、質が悪かった。連合しているパーティリーダーに対する悪口ばかりだ。声を聴く限り、コメントをしているのは、女性ファンばかりだと分かる。
連合パーティのリーダーは、ノイアーという名前だ。いた。
誰が誰かは、視界に各人の名前を表示させれば、すぐに判明する。
噂の見栄っ張りを探した。
ノイアーノイアー……。おった。高校生なのに、いくらか悪そうな顔をしとるんやな。
しかし、映像で見ていると、少年らしさも見え隠れしていた。
ノイアーか。少なくとも今は味方のはずなのに、まるで悪者の扱いやな。つまり、悪ノイアーや。
『翔也様にタメ口で話してるわ。滅びればいいのに』
『あんなしょうもない装備で翔也と並んでる』
『あいつwwwwごwみwくwずwww』
日本は、諸外国から国民性を評価される傾向にあるが、それは一部の者の外面の話だ。今や匿名性はあってないようなものだが、煽るような暴言を息をするように吐く。ある種、勇気ある発言と言える。
赤信号、みんなで渡れば怖くない、の精神なんやろなー。あと、やるならもっとやれ。醜悪な生声をよこせ。この程度じゃ記事にもでけへん。
見ていると、戦い方は悪くなさそうだった。オーソドックスに後衛を守る戦いを展開している。火力が充分にあり、守りきれるのであれば、非常に有効な戦術だった。
それに、堂安翔也が強さを示していた。右に左に、華麗な剣さばきを披露している。二倍近い大きさのオークにも怯まず、次々と迫る敵に対応している。
これだけ魅せる視界だと、自己投影したい男性視聴者も多いはずだ。これが、このシステムの魅力であり、堂安翔也はその魅力を示せる人材なのだろう。
華がある上、スポンサーも多いだろうから、金もかかっている。動きや気合の出し方など、どこか殺陣っぽいので、俳優生活の中で学んだ動きもあるに違いないと思えた。
イレギュラーな事象が発生しない限り、これ以上の見どころなく終わってしまいそうだった。
そして、期待通りに、イレギュラーは発生した。オークが近接職メンバーを無視するように、突進してきたのだ。堂安翔也がそのオークを、視界の中央に捉えた。
また、堂安翔也の見せ場か。
しかし、結果としては、思わぬ所から対応の手が伸びてきた。ノイアーが挑発して敵意を引いたのだ。そして、盾でオークの巨体を受け止めている。
おお、かっこええやんか。悪ノイアー。
それは、絵として充分過ぎる程の魅力だった。場面を保存しておく。あとで記事作成に使えそうだった。映像の使用許可は、条件付きで公式に得ている。条件と言っても、要約すれば、不利益を生まなければ良い、というものだ。
オークを殲滅すると、ノイアーが囚われのお姫様を救出した。そして実況者から、また晒し上げられている。悪い意味で知名度があがりそうだ。
「ええ笑いをおおきに」
百円の音声コメントを送った。課金コメントは目立つ。発言力のブーストのようなものだ。金はプレイヤーに送金されるので、明確な支援にもなる。
敦子が送った百円は、良い絵をもらったことに対する、心付けのようなものだった。
敦子のコメントを聞いたノイアーが、露骨に舌打ちをしていた。それを羽瑠の視界で観た。サブチャンネルの切り替え……つまり視界の切り替えは容易だ。
気になっていた海外のブックメーカーサイトを覗きに行ってみた。節操なくなんでも賭け事にしてしまうサービスだ。多いのは、スポーツの賭け事だった。
ロールクエストが対象にされているか探してみた。
あった。『誰のパーティが優勝するか?』という賭けがあった。
ここにある、ということは、海外からもある程度の視聴があり、一部かもしれないが注目されているようだ。
誰が優勝するか。現在のオッズを覗いてみる。
一位は圧倒的に、堂安翔也だった。オッズはほぼ一倍。賭けに勝っても、現金がそのまま返ってくるだけのような倍率だった。このオッズからわかるのは、堂安翔也の優勝で大勢は決まりかけている、ということだ。記念に千円、賭けておいた。当たっても千円が返ってくるだけだ。
ついでなので、悪ノイアーも探してみた。上位にはいない。あった。最下位。五十四位。厳密には最下位ではないが、ノイアーより下位はリタイア済みのパーティだけなので、実質的には最下位だった。オッズはほぼ五百倍。まったく期待されていない。
さっきちょっと活躍したばかりだというのに、全く期待されていない。可哀想だ。記念に千円、賭けておいた。当たれば五十万円。
しばらく、色んなパーティの視界を視聴した。あとでも見れるが、リアルタイムの方が、臨場感のようなものがある。が、観てばかりもいられない。仕事を残している。
取材した内容を元に、記事を書き起こす。いくつもネタは溜まっているが、今が旬のロールクエストが優先だ。稼ぎ時だ。
悪ノイアーの絵も使ったろ。
敦子は、記事の見出しを下書きし始めた。