[五 美杉長政] バレてんじゃねーよ
歩いていると、またオークの姿が見えてきた。オークは巨体なので、ちょっと離れていても視認しやすい。
「んんんんんーーーっ」
「何言ってるかわからねーよ。食いながら喋るなよ」
「いえ、ちょっとまずいですね」
仕方なく遊々を見ると、指を差している。その先にはオークが二体いた。
「合わせて三体です」
一たす二は、三ってな。
撤退を決めようとしたところで、不意に周囲が暗くなった。羽瑠だ。嫌なタイミングで発動するな、と後ろを振り返ると、衝撃的な状況だった。
ライトに照らされた羽瑠が、オークに担がれていたのだ。走り去るオークと悲鳴をあげる羽瑠。
「おいおい、さらうとかありかよ」
「ノイアー君、まず逃げないと」
しかし、逃げる必要はなかった。三体のオークも、敵意を剥き出しに羽瑠を追っていったからだ。羽瑠を拐ったオークが、三体のオークに追われる形になった。
「追うぞ」
見捨てる気はなかった。三体のオークを、ま行姉妹を含めた七人で追う。
オークの足は速く、駆けても距離を離されないのが精一杯だった。
荷物の重い長政が一番遅い。公平はいくらか余裕がありそうだが、長政に合わせた走りをしている。身軽な遊々は少し先行していた。さらに後ろにはま行姉妹がいて、長政から付かず離れずだ。
「でもさ、これ、追いついても、あたし達、なんも出来ないよね?」
息切れながらに遊々が言う。
そうだ。オークが四体もいる。一体でもしんどい。強がって頑張ったとしても、二体が限度だろう。
「どう思う、公平?」
素直に知恵袋に訊いてみる。
「見捨てないのであれば、どちらにせよ追うしかないですね。距離を開けて追うのがいいでしょう。あとは状況を見て、戦わずに助け出せるといいですが」
そうだ。戦うことに固執する必要もない。
追跡は、体力的に困難を極めた。林道の追跡はまだ良かったのだが、途中から山道になり、ついには道ですらなくなった。運動不足の遊々と、重い武器や荷物を持っている長政は、途中から歩くしかなかった。平気そうな顔をしているのは、公平とま行姉妹だけである。
結局見失った。新しい足跡があるので、たどることはできそうだ。
「んー。長政ちゃん、オーディエンス情報聞く? あたしはもう聞いちゃったけど」
「なに、オーディエンスって。観客、視聴者のことか」
「羽瑠ちゃん、砦みたいなところに連れ去られちゃったって」
羽瑠の視界を見た視聴者が、遊々に教えたってことか。
「それ、ズルいから禁止」
「長政ちゃん。禁止されると、人はやりたくなるんだよ」
「そんなんで情報知って、嬉しいの?」
「うん、嬉しくないね。ごめんね」
「バラす奴は、ブロックしちまえ。俺のせいにしていいぞ」
「はーい」
「手段としては有効とも思いますが。どうせ他のパーティはやっているのでしょうし」
「駄目。禁止。追放案件だ」
しばらく痕跡を追って進むと、崖の上に出た。見下ろすと砦……というよりは、元々集落だった場所に、木材で壁を作っただけのように見えた。
さほど高くないとはいえ、崖の上にいるので、集落は一望できた。多数のオークがいる。広さは、林道の村と同程度だろう。
「四体の方が楽だったなあ」
「羽瑠さん、見えませんね。見捨てます?」
「見捨てない。まず、どこに囚われているかだ」
「分かったよ。ほら、あそこ見て」
遊々が指差す方向。集落の奥側にて、小屋の屋根が謎のライトで照らされていた。
「あそこだな」
「あそこですね」
このためのスキルだったのか、とすら思いたくなる。便利なのか、不便なのか。判断に迷う。
「どうやって行くー?」
「反対側から壁を乗り越えて行くか」
「どう行くにしろ、リスクはありますね。見捨てますか?」
「見捨てない。どんだけ弱気なんだよ。やるったらやる。つーか、ここって実績の集落なんじゃね?」
【6】オーク集落制圧 パーティがオークの集落を攻略する(未獲得)
これだ。それっぽい。
「ん、あたしもそう思う」
「でも、さすがにこれは無理ですよ」
見えているだけで、十、二十、三十……。オークの数が多すぎる。
「喧嘩だったら行くんだがなあ。ゲームだしなあ」
言うと、公平と遊々がおかしな視線を向けてきた。何を言っているんだコイツ。そんな視線だ。その視線はそのまま返した。
「逆でしょ。長政ちゃん」
「逆ですね」
「逆じゃねーよ。このゲームはクリアしてーからな。だから、下手うてねえ。喧嘩だったら通す意地があるだろ。なら行かなきゃな」
「んんんんんんー?」
「あ?」
イラッとする顔で見てんじゃねーよ。
「なんかちょっと住んでる世界が違うよ、公平ちゃん」
「そうみたいですね」
なんでだ。
「とにかく、実績はともかく、羽瑠は回収するぞ」
「物扱いですね」
砦の周囲を歩いてまわっていると、山道に出た。正面は砦の入り口へと続いている。長政達は裏に回ろうとしているので、山道を横切ろうとすると、近づいてくる気配に気がついた。蹄と車輪の回る音。人の気配だ。
「あ、堂安翔也だ」
遊々の言う通りだろう。長政はまだ顔を識別できなかったが、見覚えのある装いの団体ではあった。
「林道の村でも会ったんだよなあ」
「なーんで教えてくれないのさ」
「知ってどうするんだよ」
「ん、肩でも組んでもらおうかな? そしたらさ、ちゃんと見ててよね。あとで保存するんだから」
「あっそ」
結構ミーハーな奴のようだ。
「興味があるんですか?」
「あの人の出てるドラマ、いくつか観たことあるよ。かっこいいよねー」
と、持ち上げるようなことを言っているが、目は無表情だった。
「ネタ集めとか、人並みに興味があるフリをするのも大変だな」
「そんなこと言ってないでしょーーー」
「別に遊々が、とは言ってねーよ」
「タイミング的にイッツミーだよ!」
「分かってるから大丈夫だ」
「分かってないじゃん。全然分かってないじゃん!」
視聴者が見聞きしているせいか、遊々の文句はわりと必死だった。
遊々を無視し先に進もうとすると、手を振る堂安翔也の姿が、長政の視界に入った。
手を上げて応え、先に進もうとしたが、呼びかける声が聞こえてきた。さらには、視界にライブを知らせる通知が入った。
またか。
仕方なく待った。
「やあ。さっきも会ったよね」
ちょっと爽やか王子的なのがイラッとくるんだよな。
「そうだな」
相手に合わせて、言葉遣いは崩した。
「君達もここの攻略かい?」
「ああ、そうだよ」
公平が息を飲む気配を感じた。
そうだよ。見栄張ったよ。別にいいだろ。まるっきりの嘘じゃないし、遠い真実みたいなもんだ。
「そうかい。じゃあ、良かったら一緒するかい? お互いにクリアになるみたいだし」
ほう。
「いいだろう」
互いに自己紹介を済ませた。どうやら堂安翔也は、俳優と女優とアイドルの混合パーティのようだ。ただ、長政が知っている顔は、堂安翔也だけだった。他は売出し中の面々らしい。
堂安翔也の盾に目を引かれた。白い小盾で金の縁取りがされている。鈍い光を放っていた。
「この剣と盾は、魔法の品でね。大きさのわりに軽いんだ。持ってみるかい?」
気持ちが表情に出ていたのかもしれない。言われてしまった。
剣を持ってみると驚きだった。白く細身の長剣で、赤い線が入っている。やはり鈍い光を放っており、長政の長剣の半分の重さもなかった。軽すぎる。
盾は小型ゆえにいくらか心許ないが、ほとんど重さがなかった。これなら、フットワークを維持した戦い方ができそうだ。
妬ましい。そう思いつつ返した。
「それにしても三人かい? さっき一緒だった子がいないようだが」
「潜入してる」
長政が言うと、遊々が吹き出した。睨みつけて制する。
遠い真実だ。嘘じゃない。
「じゃあ、行こう」
堂安翔也と並んで、正面入口に向かった。堂々と。
「あの、すいません。真正面から行くんですか?」
「ええ、そのつもりですよ」
「そ、そうですか」
ビビッてるビビッてる。公平がビビッてる。俺もビビッてる。だけど、それを表に出したら負けだ。長政は思った。
入り口付近にいるオークが、こちらの存在に気がついた。物見櫓にいるオークが鐘を鳴らし始める。敵の侵入を仲間に知らせているようだ。
オークのくせに見張りなんか立てやがって。
抜剣した。隣で堂安翔也も抜剣している。
「行くぞ」
堂安翔也と声が重なった。後ろから呼応する声が聞こえる。
堂安翔也とは別の、正面のオークに向かった。突きかかる。わずかな突き傷をつけることに成功した。
次の瞬間だった。
「ショックミティゲーション」
誰かの声がすると、周囲がドーム状の透けた空間に包まれた。
何が起きたのか。思ったが、すぐに分かった。オークの斧攻撃が、盾で受け止められるようになっている。ゴブリンと同程度の衝撃だった。
これならば。
オークの斧を弾き返し、斬撃を続けざまに与えていく。
遊々も弾を放ち、公平が名刺を差し出す声も聞こえた。しかし、名刺の光線が飛んでくるより前に、火球が飛んできてオークを丸焼きにした。あっという間だった。
次々とオークが襲い来るが、こちらの殲滅速度が勝っている。前進する余裕すらあった。
堂安翔也と並んで歩を進める。圧倒的だった。長政は、オークの攻撃を、僅かな間食い止めればいい。その間に様々な強烈な攻撃があり、オークを死に至らしめる。しかし、油断はしなかった。敵地なのだ。
倒しても倒しても、次から次へとオークが現れた。進めば進むほど、数が増える。終わりはあるのか。
壁際を進んだ。
壁際に非近接職がいて、その周囲を盾持ちが囲む。盾持ちは、長政を含めて三人。残りの一人は、後方にいた。後方からの奇襲に対する備えに思えた。
盾を持たない近接職もいた。大剣を両手で持ち、狙われないよう立ち回りながら、オークをぶった切っている。
武器を持たず、突進してくるオークが視界に入った。非近接職を標的としている。
長政は、首の骨を鳴らしながら、前に歩み出た。
「こっちだ。かかってこいや」
オークが標的を変え、長政に突撃してくる。
オークの咆哮。長政も吠えた。
巨体を盾で受けた。踏ん張ったが、支えるその足がずり下がっていく。オークに勢いがある分、押し負けてしまっている。
腰を落とし、さらに踏ん張った。横に受けるのではなく、下に受ける。それで滑り止まる。しかし、勢いが弱まったとは言え、押される力を逃がす方向がなくなる。負荷は長政の身体にのしかかった。
負けねえ。絶対に負けねえ。
土に足が沈んだ。それでも受けの構えは崩さない。渾身の力を振り絞った。
「うおおおおおおおお!」
オークの巨体が一瞬浮いた。
止まった。完全に止めた。
疲労している脚を、剣を持つ手で殴り、活を入れた。
一回二回と、オークの膝に盾を打ち付けた。裏拳のように内側から振り当てるのだ。渾身の三回目でオークに膝をつかせた。
今なら十分に届く。
踏み込んだ。気合を込めて長剣を突き上げる。オークの首を完全に突き抜けた。そのまま横に薙ぐと血の雨が降った。首のないオークを蹴り倒す。
呼吸を一つ。
横から別のオークの気配。かろうじて盾で受けた。続けて火球が飛んできて、オークを焼いた。
これまでにない快感がある。
長政の役割は、味方を守ることだった。敵を寄せ付けず、味方が思うように戦えるようにする。勝利を呼び込む確かな貢献を、今していた。
手が空いたところで、堂安翔也を見た。魔法の剣を華麗に振っていた。その剣で斬りつけると、傷口を中心に炎が燃え上がり、オークが苦しんでいた。
アナライズをかけてみると、堂安翔也の職業は、魔法戦士だった。長政と違い、まともな職業名である。なにやら、色々と格差があるように思う。
最後の一匹にとどめを刺すと、モンが現れた。
「てーてってーーーててってってってーおういえぃ。実績六『オーク集落制圧』を獲得しました」
長政は、剣の血糊を振り落とし、鞘に収めた。そんなことをしなくとも、血の汚れは時間と共に消える。気分の問題だった。
「やったね、長政ちゃん」
ふふん。どうだ、と胸を張った。
「あ、やっべ」
すぐに、わりと大事なことを思い出した。
羽瑠が囚われている場所に走った。小屋の中にいた。
長政が姿を見せると、縛られ泣き腫らした顔の羽瑠がそこにいた。
「美杉君」
「いいか。おまえは、潜入でここに来た。拐われたんじゃない。いいな?」
「え。う、うん」
乱暴に巻かれた縄を解くと、皆の元に戻った。何かに夢中になっているようだった。
「何があった?」
「おや、羽瑠さん、無事で何よりです。宝箱があったんですよ。で、今それを解錠したところです」
「ほー」
堂安翔也が箱を開けた。中身は眩い金貨が詰まっていた。それは堂安翔也の提案で、人数で割って分配することになった。
トースケと呼ばれていた女と報酬を分配している間、堂安翔也と遊々が肩を組んでいた。それを公平が正面から見ている。視界での撮影役だろう。
「じゃ、実績も獲得できたし、僕らはもう行くから。助かったよ。ありがとう」
「こちらこそ」
同じ実績だったようだ。
堂安翔也を見送ると、元のメンバーだけが残った。
「あれ、羽瑠の潜入のこと、訊かれなかったな」
「そこに全く触れなかったあたり、バレバレだと思いますよ。羽瑠さん、眼が泣き腫れてますし、縛られた跡も残ってます。気遣われたんでしょう」
「マジかよ。おまえ、バレてんじゃねーよ。気が利かねーな」
「えええええ」
状況を理解していない羽瑠は、身体を縮こまらせた。なぜ責められているのか、理解していない。
「理不尽だねー」
ねー、と遊々が羽瑠に同意を求める。羽瑠はわずかに頷いていた。
気がつけば、ライブ撮影は終わっていた。
疲れた。だが、心地良い疲れだった。
---実績状況---
【1】初めての討伐 パーティが初めて討伐(獲得)
【2】トーカー パーティが会話したNPCが百人(未獲得)
【3】力を合わせて ****(未獲得)
【4】心優しき者 林道の村で少女の願いを叶える(獲得)
【5】ワールドを知る者 ワールド全域の50%踏破(未獲得)
【6】オーク集落制圧 パーティがオークの集落を攻略する(獲得)
【7】レアを逃さない パーティがレアモンスターの討伐(未獲得)
【8】金さえあれば パーティが合計で十万ゴールドを所持する(未獲得)
【9】視聴者の力 視聴者数がパーティメンバーの合計で1万突破(未獲得)
【A】君が勇者 ドラゴンを討伐(未獲得)
取得ポイント:30。