[四 美杉長政] 大事だと思うのです
出発した。
向かうは、ドラゴンが見えた北方である。そのドラゴンは、今は見えない。だが、公平がマッピングを続けているので、方向を見失ってはいない。
「さて、新スキルの確認といこう。まず俺」
【まだまだァ】:死亡していない限り、体力を回復する。一日一回限り。
うーん。なんというか、すごいスキルな気はするのだが、堂安翔也パーティの魔法のようなスキルを見たあとだと、地味で有り難みが薄れる。
「次に僕のスキルですが」
【相手にされなくとも】:精神が上昇。
「公平ちゃん、精神って何の意味があるの?」
「さあ……」
「はずれだな」
公平が肩を落とす。
そのスキルが使えなくとも、エースであることには、変わりない。
「はいはーい。次あたしー」
【撫でるよ】:対象の頭を撫でることで、戦意を奪う。
「なんか当たりっぽいぞ」
「フフフ。あたしは選ばれたのだよ。試したーい」
雑魚敵を探し、一体のゴブリンを見つけた。
「よし、遊々、やれ」
「なに言ってるの。動き止めてよ。撫でられないじゃん」
「あのな。戦意を奪うスキルなのに、無力化しないと出来ないって、じゃあいらねーよって話だぞ」
「長政ちゃん。ひどい」
「ひどくねーよ。明らかすぎるだろ」
不意に、周囲が暗くなった。そんな中、ライトアップされた人物がいた。羽瑠だった。
一体のゴブリンが正面の長政を無視し、急に羽瑠をターゲットとした。襲いかかっている。
怖がる羽瑠とゴブリンの間に割り込み、ゴブリンの突撃を阻んだ。その間に公平が名刺交換でゴブリンを倒す。
「なんだったんだ?」
「えっと、わたしのスキルが原因かな……」
【突発ライトアップ】:突発的に敵の敵愾心を上昇させる。
「……です」
うわあ……、前衛泣かせ。いや、俺泣かせ。
「羽瑠、使うなよ」
「違うの。パッシブって書いてあるの。自動で発動するみたいで」
「ある意味、遊々より酷いな」
「う……」
「あのー、あたしを比較対象にしないでよねー」
「遊々さんは仕方ないですね」
「公平ちゃんから仕方ない扱いされたっ」
林道の北上を続けていた。
始まりの広場からは大分離れてしまっているが、林道の村にE&Eなるものがあった。エントリー&イグジットの略らしく、要するに出入りや手洗いの場所だ。地下で乗り物を使い、各地からロッカールームとへ高速移動できる。ただし、ゲーム中の移動手段にすることは禁じられていた。
遭遇する敵は、北上する程に強くなっていった。
少し前までは、ゴブリンが主な敵だった。慣れてくると、さほどの難敵ではない。
攻撃のパターンを増やせば、一対一でもゴブリンに勝てる。例えば、初撃をフェイントにする。あるいは、盾を叩きつけ、相手の体勢を崩してから、改めて斬りかかる。
敵の倒し方は、実地で学んできたが、長政の第一の役割は、パーティメンバーを守ることだ。近接戦闘で対峙可能なメンバーは、長政だけだった。つまり、長政が先頭に立ち、戦線を維持しなければ、戦いにすらならない。そういうパーティ事情から、敵が多い場合は、リタイアを恐れ、撤退を余儀なくされる。
これまで、三度の撤退をしていた。それ以降は、危険な群れと交戦とならないように、注意深く索敵し危機回避するようになった。
初見のモンスターに遭遇した。アナライズをかけると、『オーク』という名のモンスターだった。プロモーション動画にも出ていた。
その緑色の巨体はニメートルから三メートル程もあり、見上げるほどだ。これもまた、他のゲームで存在するモンスターだ。
筋肉質で丸太のようなオークの手足は、対峙するだけで強烈な威圧感があった。力では勝てないかもしれない。
「気ぃつけろよ」
「殴られたら、一発で動けなくなりそうだねー」
遊々の間の抜けたような感想が聞こえた。左斜め後ろにいる。定位置だ。長政の真後ろには羽瑠がいるはずで、右側には公平とま行姉妹がいる。
「遊々さん、試さないでくださいよ」
「試さない、よっ」
遊々がスリングで弾を放つ。逆サイドからは、ま行姉妹が矢を放っていた。致命傷には至らない。
オークは、遊々をターゲットに定めたようだった。それを許すつもりはない。
「かかってこい」
剣の切っ先を向ける。束の間、睨み合った。
オークの斧の水平斬りを、後ろに下がって避ける。風圧が長政の顔を打った。
背中を嫌な汗が伝う。現実でこんな斧の一撃をくらったら即死だろう。このゲームの世界だとどうなるのか。あえて試そう、という気にはなれなかった。
対面するオークは、たった一体である。こちらは八人。
横に回り込む遊々の姿を、視界の左隅に捉えた。
右からは、公平が名刺を差し出した。
これまでのモンスターに対し猛威を奮った名刺交換は、オークを相手には、一撃必殺でないようだ。公平がオークの注意をビームで引き、ここぞとばかりに遊々がスリングを連射した。
長政は踏み込んだ。踏み込んだ勢いそのままに、腹部を水平斬り。わずかに怯ませたが、すぐに反撃があった。飛び退る。
巨体であまり激しい動きをしないので、ま行姉妹の弓矢がいくらか効果をあげていた。長政が距離を取ると、四人が斉射する。
次に踏み込んだ時には、待ってましたとばかりに斧の反撃があった。
踏み込んだ勢いがあり、後ろには避けれなかった。盾で身体を隠す。凄まじい衝撃だった。なんとか倒れはしなかったが、身体三個分ほど、位置がズレた。
これは厳しい。そうは思っても、自分が挫けるわけにはいかない。気合の声を放った。
ひたすら間接攻撃でなんとか倒すと、羽瑠以外の三人は疲れ切ってしまっていた。
「公平、何発撃った?」
「五発です。全部頭なら、三射だったかもしれません」
頭に当たったときは、明らかに怯んでいた。部位ごとに耐性のようなものが、何かあるのだろう。
「きっついなあ」
座り込んだ。
直撃は受けていないが、間接的な衝撃による疲労はあった。重力負荷以外に手足のだるさもある。
遊々と公平も座り込んでいた。それぞれが、それぞれの戦いをしている。
「皆さん、何もできなくてごめんなさい」
羽瑠は、本当に何も出来なかった。時々ライトに照らされるスキルが自動発動するので、長政の傍に置いておく。そうすることで、長政が走り回る必要はなくなる。守りきれる間は、これでいい。
「なんか、やれそうな得意なことってないの、羽瑠は」
「えっと、掃除? 洗濯?」
そりゃ部活でやってりゃな。やれんだろうけど。
「この世界で役立つ何かだ。掃除と洗濯が何の役に立つんだ」
「じゃあ……、歌う?」
「楽しくなりそうだね!」
遊々が饅頭を頬張りながら言う。
小さい頃から食べている饅頭なので、長政にとっては特別な味ではない。
「歌えよ」
「え、今?」
長政は頷いた。
特に嫌がる様子も見せず、羽瑠は歌い始めた。聴いたことがある。やたらと古い曲だ。ま行姉妹が歌に合わせて、身体を揺らしていた。モンも現れ、同様に揺れている。
「ドナドナドーナードーナー、わたしをのーせーてー。ドナドナドーナードーナー、箱はくらーやーみー」
変わった歌詞だなあ。
天気は晴れ渡っているが、なぜか夕暮れに木枯らしが吹く世界が、視界に広がった気がした。そんな哀愁漂う歌声だった。
「昨日の羽瑠だな」
「印象深い出来事だったのです」
「んー、全然元気出ないね」
「むしろ盛り下がりましたね」
ま行姉妹とモンを見ると、肩を落とし俯いていた。空気が読めるのか。芸が細かい。
少し休み、再出発をしようとすると、ボンボンが現れた。ただのボンボンではなく、身体が光り輝いている。
「経験値にしよう」
武器を構えた瞬間だった。輝くボンボンが、ボールが飛んでいくかの速度で、あっという間にいなくなった。
「なんだったんだろうね。なんとなく、希少なモンスターのようだけど」
遊々が手ぶらで言った。素手で何をしようとしたのか。考えかけてやめた。
「もしかして、実績にあったレアモンスターというやつでしょうか」
閃いたかのように、公平が手をポンと打って言った。
「倒しましょう!」
突然声を張ったやつがいた。羽瑠だ。
「急にやる気出してどうしたの」
「実績は、大事だと思うのです」
「そりゃ、取れりゃ取るけど」
長政個人としては、優勝よりゲームを楽しむことが優先だ。実績の獲得に縛られて、つまらないプレイをしたくはなかった。
レアボンボンを倒すにしても、あれだけ動きが速いと、まず戦いにならない。
どうやって攻略するか。モンスター相手に限らず、冒険をどう進行していくかを考えることは楽しく、充実した時間に感じられた。