[三 美杉長政] 心優しき者
昨日の林道を抜け、さらに進むと集落があった。百人はいないだろう。
「何か困ってる?」
「貧乏暇なしってね。金が降ってこないかねえ」
また、別の人に話しかけてみた。
「クエスト、ある?」
「クエスト? なんじゃそりゃ?」
「愛してる」
「悪いね。俺には嫁がいるんだよ。だから、友達でいいか?」
人工知能であるAIキャラクターは、何を言っても何かしらの反応をくれる。人と話すより面倒がないので、一部の愛好家は、異性型人造人間と結婚したい、と国に訴えているらしい。今の所、敗訴が続いている。
世の中には、色んな人がいるが、長政はそんな感想を持ったことはない。
「誰も困ってないようだ」
「大抵のゲームだと困っているNPCがいて、そういう人から色々なクエストが発生するんだけどね。クエストはここでーす、って教えてくれる表示があったり。でもそれって、ヌルってるよね」
遊々が言う。仲間内では、ゲームに一番慣れているようだ。
「何、ヌルってるって」
「ぬるいよねーって。システムに頼りきってさ。メイカーの怠慢でもあると思うけど」
言いたいことがよくわからん。
「林道の村ってここだよな?」
「そう教えてくれた人がいましたね」
「つまり、ここで実績を獲得出来ると」
「そうなりますね」
落ち着いているのは公平だけで、遊々は物珍しげにキョロキョロしていた。羽瑠もキョロキョロしているが、こちらは挙動不審な落ち着きの無さだった。
「手分けして見て回ろう」
遊々は単独行動。公平は羽瑠についていった。
長政は単独行動のつもりだったが、ま行姉妹がついてきた。リーダーから遠く離れはしない。モンも出現していた。モンスターが明らかにいなければ、一緒に歩いていることがある。
集落の人々は、平穏に暮らしているように見えた。畑を耕す人がいたり、井戸の付近で喋っている人らもいる。
きっと、この世界での日常なのだろう。畑も井戸も、長政は初めて見る。掘っ立て小屋のような民家すら、新鮮だった。
それにしても、すぐ飽きる集落だった。実績があると分かってなければ、ちょっと見るだけで素通りしていたかもしれない。
せめて売買可能な店があればと思ったが、それすらない。獲得品の処分は先延ばしにするしかなかった。
獲得品は、今日も饅頭屋の紙袋に入れていた。加えて、露店で荷袋を購入し、そちらは公平が持っている。だから、まだ持ち運ぶ余裕はある。
とにかく、イベントを探す。
集落のはずれの開けた場所まで歩いた。小さな女の子が土を掘っていた。
「何やってんの」
「チユの父ちゃんが隠したお宝を探してるの」
「チユって誰」
「チユはチユだよ」
少女が自身を指差しながら言った。
AIキャラクターだろうが、一見、人と見分けがつかない動きをする。
「チユってのか。なんで父ちゃんが隠すんだよ」
「いつ村が襲われてもいいように、大切な物は隠すんだって」
「なに。この村、襲われんの?」
「もう襲われたの。いっぱい人がいなくなったの。チユの父ちゃんは拐われちゃったって、おばちゃんが教えてくれたよ。いつか帰ってくるって」
「おい、マジかよ」
ソフトにヘビーだな。
「うん。でも本当はね、父ちゃん死んじゃったんだ。隠れて見てたから、チユ、知ってるんだ」
ハードにヘビーだな。
父は死んでいるが拐われただけ、と保護者が善意で嘘を吐いている。断片的な情報から推測すると、そういう話か。
「それで形見の品を探してるのか」
「うん。ここのどこかにあるんだって」
「アバウトすぎんだろ。掘りゃいいの?」
女の子からシャベルを奪い、続きを掘り始めた。土は、本物の土のようで、掘りやすい柔らかさだった。
「手伝ってくれるの?」
「少しだけな。できりゃ、もっとヒントをくれよ」
「はげてる場所、だって」
誰が禿げてんだよ。父ちゃんか。
「父ちゃん意地悪すぎんだろ。わかんねーよ」
「だって、だって、そう言われたんだもん」
「わー泣くな泣くな。おら、饅頭でも食え」
眼をこする少女に、紙袋から饅頭を取り出して差し出す。村人も食べるのだろうか。
「いらない。知らない人から物をもらっちゃいけないって言われてるの」
「あっそ」
他の仲間から離れて、一人で行動していると、視聴者数は激減した。現視聴者数、三人。あからさますぎる。残った三人もきっと放置しているだけだろう。
しばらく掘り続けた。ある程度掘ると、掘る位置をずらしていく。辺りに溝が出来上がっていく。
「お、なんか硬いのにぶつかったぞ」
箱のようだ。土をよけていくと、箱が半分くらい顔を出した。
「見てみる」
掘った溝の中に少女が飛び降りた。
「どうだ?」
「こんなの、父ちゃんが持ってたと思えない」
「あっそ」
何を探してるかもわからない探しもの。難易度が高すぎる。
「なにをしようとしてるの、美杉君……」
不意に、背後から怯えるような声が聞こえた。
「おう、マネージャー、じゃなくて羽瑠か。穴掘りだよ。手伝ってくれよ」
「そんなことをする人だったなんて……」
二人の間に風が吹いた。何言ってんだコイツ。子供を埋めるとでも思ってるのか。
「実績であっただろ。ってかさっきも話してただろ」
「え、ああ、そうなの?」
こいつほんと、何をしに来たんだ。戦闘は出来ないし、システムの理解度も低い。言ってしまえば、ゲームを楽しんでいるように見えない。
「羽瑠、知ってるか。実績ポイントが一番高いパーティが優勝なんだぞ」
「えっ、そうなの?」
「そうなんだよ。ここにいるなら、極当たり前の知識だけどな」
「わたし達のチームは、どれくらいのポイントなの?」
「自分でシステムから見れるだろ。十ポイントだ」
「十点満点?」
「百二十点満点」
「えええええ」
驚愕するタイミングが今っておかしーだろ。
少女を穴から引っ張り出した。
片っ端から掘るとなると、日が暮れそうだ。現実の外はもう暮れてんだろうけど。
「おい、他にシャベルねーの?」
「あるよ」
シャベルが七本出てきた。手持ちと合わせて八本。これは、全員で掘れって意味か。
事情を話した上で、羽瑠にシャベルを手渡す。ま行姉妹にも渡し、六人で掘り始めた。掘る速度があがった。
「羽瑠。なんでロールクエストに参加したの」
「なんで、って」
「だってそうだろ。こういうのが好きそうな風には、全く見えないぞ」
「それを言うなら美杉君もだけど……」
羽瑠が土を掘りながら、考える表情を見せた。考えるような質問をしたつもりはない。賞金目当て、と言いづらいのだろうか。
ロールクエストに出場をする者達は、多くはゲーム好きの賞金狙いだろう。世界観のベースが、ゲームでありがちのファンタジーだった。ゲーマーなら好きそうだ。頻繁にゲームをやるわけではないが、それくらいはわかる。
「大切な物が欲しいから、かな」
「金目的じゃないのか。大切な物ってなんだ? 一年分のマイクか? 歌手を希望したとか言ってたよな」
「内緒」
話の続かないやつだなー。掘るだけになっちまうぞ。
適当な会話をしながら掘っていると、馬蹄と数人の気配が近づいてきた。
視界にライブを知らせる通知が入った。ライブカメラが近くに来ている。
ライブカメラは、注目のパーティを追う飛行カメラのことだ。蜂のようなサイズで飛んでいることから、業界ではビーカメなどと呼ばれているようだ。役割としては、従来のテレビカメラである。アイシスを通しては視認できない。
「そちらも宝探しですか?」
「そうですよ」
来訪者から声をかけられたので、無難に回答した。そちらも、というくらいだ。宝探しに来たのだろう。もっとも長政は、厳密には宝探しをしているわけではない。
相手は、八人パーティだった。ゾロゾロと鬱陶しい。その上、装備に金がかかっていそうだ。デザインがかっこいいし、光っていたりする。
妬ましい。
「堂安さん、宝の地図によると、このあたりにあるはずです」
「土の中かな? トースケ、頼めるかい? 壊さないでくれよ」
「任せといて。土竜の遊弋!」
トースケと呼ばれた女が、土に手を押し当てると、急に土が盛り上がり移動を始めた。すると、あっという間に周囲は耕されてしまった。足の踏み場もないほど、盛り上がった土ばかりである。
「美杉君じゃなくて、ええと長政君じゃなくて、なんだっけ?」
「ノイアーだっつーの」
プレイネームを使おうとしているだけ、遊々より増しだ。半ばどうでもよくなってきてもいる。
「ノイアー君。あれ、俳優の堂安翔也だよ」
「へえ」
言われてみれば、確かに見覚えがある。
空返事で羽瑠に顔を向けると、一点凝視の眼力で堂安翔也を見つめていた。
ファンなのだろうか。
芸能に疎い長政でも、堂安翔也の顔と名前は知っている。ロールクエスト出演者の顔のようにも宣伝されていた。スポンサー協力はもちろん。何か便宜も図られているに違いない。
ライブカメラが来た理由も、堂安翔也が来たからだろうと思えた。
なんとなく騒がしさを鬱陶しく感じた。
「堂安さん。掘られていない場所は確認したけれど、宝箱はなさそうですね」
さっきそれらしい箱があった。それを伝えるか長政は迷ったが、結局やめた。見つからなければいい、という気持ちがわずかに働いている。そもそも、宝って雰囲気の箱でもなかった。
「場所が違うかもしれませんね」
「じゃあ、一旦諦めて、あとで探し直そうか。邪魔したね」
最後の挨拶は、長政と羽瑠に向けられたようで、軽い頷きだけ返した。
堂安翔也達がゾロゾロと去っていくのを見送ると、同時にライブ撮影も終わった。
「さて、掘る場所がなくなったわけだが」
「魔法っていうの? わたし達が掘っていない場所は、ほとんど調べられちゃったみたいだね。すごいね」
羽瑠の言う通り、掘れそうな場所は、あらかた耕されてしまっていた。まるで嵐のように、掘るだけ掘ってあっという間に去っていった。
「シャベルで掘ってるのが馬鹿らしくなってくる。おい、見つからないぞ。何を探しているのかもわからんけど」
「呆れた。よくそれで掘り続けられたわね……」
「おまえもだろ」
「掘れっていうから……」
「手伝えって言ったんだよ。アホか」
堂安翔也パーティの土荒らしを信じれば、この当たり一帯には何もない。
「公平は?」
こういうのは、得意そうなやつに考えさせるに限る。
「わからない」
「一緒だったんじゃねーの」
「遊々さんと合流してから、わたしが美杉君を呼びに来たから」
「呼びに来ておいて、一緒に土掘ってんじゃねーよ」
「掘れっていうから……」
羽瑠が泣き顔を作ったが無視する。
「で、なんの用だったの」
「えっと、なんか、お願いがわかったとか、なんとか」
「おまえ、それを先に言えよ。ほんと何しに来たんだよ。つかえねーな」
「掘れっていうからっ」
涙目で訴える羽瑠は無視し、チユと向き合った。
「えっとだな、もっと探すために、俺の仲間を呼んできてくれないか? 公平と遊々って名前の変な奴らだ」
「わかった」
分かるのか。
少女を見送ると、シャベルを置いた。
「変な奴らって」
「この村の中じゃ、明らかに浮いてるだろ」
「そうかもだけど」
特に服装。大昔の庶民の服装を連想させる村人に対して、こっちは現代の服装だ。世界観は完全に無視である。
「さ、捏造するか。羽瑠、なんか書くもん持ってねえ?」
「え……、メモ帳ならあるけど」
「探し物を作ってしまおう」
「捏造するの?」
「ねーもんは仕方ないだろ。どうせあいつ自身、何を探しているか分かってないんだ。それらしいのを用意してやろう」
メモ帳の一枚とペンを受け取ると、手書きで文章を書いていく。
愛するチユへ。父ちゃんは元気だ。チユも元気でやれよ。そう書いた。
「これでいいか」
「適当すぎて、幼稚園児すら騙せそうにないよ……」
前の文に取り消し線を引いた。その下に改めて書く。
愛するチユへ。父ちゃんは星になる。空から見てるから、元気に生きろよ。
「どうだ?」
「どうだ、じゃないよ。形見じゃなくて遺言になってるじゃない……」
「じゃあもう、おまえが書けよ」
「そんなの、無理だよ」
「饅頭でも埋めておくか。形見に饅頭ってイカす」
「イカす……?」
こういうのは苦手だ。そもそも父親の気持ちがわからない。何を目的に、こんな場所に形見を隠したのか。
やっぱり、途中で掘り返すのをやめたあの箱が怪しい。娘があの箱の存在を知っている必要はないのだから、少女のさっきの反応でもおかしくはない。
「おーーーい、長政ちゃん」
遊々と公平が歩いてきた。チユもいる。
「あのね。遊々お姉ちゃんが、形見を見つけてくれたよ」
「なんだと」
チユは、木彫人形を手に持っていた。
そのチユが、長政が捏造した手紙を覗き込んできた。
「あれ、これなに? ……あっ、父ちゃんからの手紙だっ」
やっべ。書いた偽手紙を片付けてなかった。
「お、おう」
「父ちゃんの手紙、埋まってたの? 全然汚れてないね」
「いや、あの、空から降ってきたんだよ」
「ほんとっ? やっぱりここに隠してあったんだ。父ちゃん嘘つかなかった」
チユはとても嬉しそうだった。良心が痛む。
羽瑠は顔を両手で覆って震えている。
泣いてはいないな。笑ってるのかな。笑ってるな。間違いない。
「お兄ちゃん達、ありがとっ」
満面の笑みで礼を言ったチユが去ると、モンが出現した。
「てーてってーーーててってってってーおういえぃ。皆様が成長したことをお知らせいたします。スキルを覚えました。ご確認下さい。実績四『心優しき者』を獲得しました」
やっと二つ目の実績か。冒険ポイントは、これで二十。
「心優しかったか? ああ、遊々と公平が形見を見つけたからか?」
「いえ、実は、僕らの形見は用意したもので、集落で聞いた話を元に作った偽物なんです。でも、本物が見つかってよかったです。さすがですね、ノイアー君」
「待て待て。こっちも偽物だぞ。羽瑠が顔を覆うほどひどい偽物だぞ」
「んー、ってことは、両方偽物? よく実績獲得できたよね」
バレないことを祈るばかりである。いや、バレても押し切ろう。少女が信じている限り、それは本物なのだ。と思いたい。
子供が納得しさえすれば、実績としてはクリアなのだろう。だが、ああも無邪気な笑顔でお礼を言われると、例えAI相手とはいえ、さすがに心が痛い。