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カース・オブ・ビーイング  作者: かたつむり工房
第二章 福音は背中に
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2-4


 舞ちゃんが家に住み着いた。

 マリヤと杏子がともに杏子の家に入っていくのを見送ってから、私は本当に舞ちゃんを連れて家に帰ってきた。

 幸いにも私の家は無意味に広い日本家屋(と言っても内装はわりとリフォームされている)で、家には私と出張中の父親が住んでいるだけだったから、客間には困らない。とはいえ、客間を使うことなんてそうそうあるわけがなく、まず掃除をする必要がありそうだった。

 道すがら、実に数年ぶりのお客様にそう伝えると、彼女はこともなくこう言った。

「ああ、それは大丈夫です」

 どういうことかは、家まで帰り着き、我が家の前の道路に停車している見覚えのある銀色のミニバンを見た時に理解できた。

 車から降りてきたのは、髪を明るい色に染めた三十前後の女性。

「こんばんは~、かさねちゃん。舞ちゃんがお世話になります~」

 いつの間に連絡したのか、彼女はお手伝いさんの三代さんに準備を頼んでいたようだった。さすが、お嬢様は違う。

「三代さん……早いですね……」

「舞ちゃんが友達の家にお泊りなんて初めてだからね~。張り切っちゃった~」

 そういえば、以前舞ちゃんがお友達と遊ぶなんてあんまりないみたいなことを彼女が話していたことを思い出す。と言っても私も杏子以外では家に友達を泊めるなんて初めてなんだけど……。

 トランクを開くと、舞ちゃんの着替えやらなにやらお泊り用荷物とともにお掃除セットが現れる。彼女がまず部屋の様子を見せてほしいと言ったため、舞ちゃんに車を見ていてもらい、私は彼女を連れて家の中に入った。

 鍵を開けて玄関の引き戸ががたがたと音を立てながら開くのを聞きながら、三代さんは口を開く。

「それにしても突然大丈夫? ご迷惑じゃない?」

「うちは広いですし、今は私一人なので全然問題はないです。どっちかっていうと、こんないきなりの外泊、お父さんお母さんが心配したりしないですか?」

 二度三度、舞ちゃんのおうちにはお邪魔したことがあったけれど(これがかなりの豪邸。広いしなによりきれい)、彼女の両親と顔を合わせたことはなかった。こうしてお手伝いさんを雇っているくらいだし、忙しい両親なんだろうとは思っていたけれど。

 しかし、なんだか三代さんは難しい顔をして返事を渋った。

 えっ……なんか私まずいこと聞いちゃったかな……、と不安がよぎる。板張りの廊下を踏むきぃきぃという小さな音が耳に届いて、沈黙はより大きく聞こえる。

 すると彼女は私のそんな様子に気がついて、「ごめんごめん」と謝る。

「言ってしまえばよくある話なのよ~。旦那さまと奥さま――舞ちゃんのお父さんとお母さんはある会社の結構偉い方で、今は海外でお仕事をしてるからなかなか帰ってこられないし、舞ちゃんについては私に一任してくれているの」

 やっぱり舞ちゃんのご両親はすごいお仕事をしているんだなあ。私のお父さんも出張したりしているけれど、お手伝いさんを雇うなんてありえないもん。

 一旦は笑顔を取り戻した彼女だったが、再び一転して、ぎゅっと眉根を寄せて難しいことを考えるような表情で語りをつづけた。

「ただ……私なんかはもう半分おばさんだし他人事だから〝大したことない〟なんて言えるけど、舞ちゃんからすればたった二人の親のことなのよね……って考えたら、どんな風に説明すればいいかわからなくって~」

 最初に舞ちゃんの家に行ったとき、三代さんは友達の話とともに彼女がおばあちゃん子だったということを話していた。そして、そのあと、私は彼女から祖母の仇を取るために魔法少女をやってきたということを聞いたのだった。

 客間の前に着き、私は足を止める。それから、ふすまを開けようとした手を三代さんの掌が包んだ。

「舞ちゃんは強い子だけど、だからこそ、どこまでも我慢してしまいそうで心配なんだよね。だから、かさねちゃん。できるだけ舞ちゃんのそばにいてあげて。私は所詮雇われ人だからさ、いつかは離れることになっちゃうけど……友達なら、違うから」

「……私には無理ですよ」

 彼女はにこっと人好きのする笑顔を浮かべて、私の手をぎゅっと握りしめた。

「無理でいいんだよ~。きっと、今にわかるから」

 大人はずるい。私たちが、子供がそんな言い方にどれだけ振り回されてきたのか知っているはずなのに。

 私がそんな風に唇を尖らせたのを見て、ずるい大人は満足したように仕事道具を手に取った。


 客間の掃除を始めた三代さんを残して、私は舞ちゃんの元へ戻る。

 トランクの縁に座って細い足をぶらぶらと遊ばせる彼女の姿を見て、私はさっきの話を思い出してしまった。

 実のところ、私は舞ちゃんの中身を知っていて、だから私は彼女がどんな思いで両親を見ていたかを知っている。しかし、それを知っていたとしても、いや、知っているからこそ、私に彼女の寂しさを埋めることなんてできないとわかってしまう。

 例え、私が神様だったとしても。

「どうかしましたか?」

 舞が私に気がつく。

 そうやって問われると、なにか思うことがあったようで、別にどうもしなかった。ただ途方に暮れていただけ。

 こういう時、私は上岡あさみの娘なんだと思う。

 三代さんが「寝るまでくらいにはきれいにしておくから、お風呂入ってご飯食べておいて~」と言っていたことを舞に伝えると、彼女は「じゃあ先にお風呂に入りましょうか」と答えた。トランクから、彼女の着替えや三代さんが買ってきた夕飯(昨日もらったのも残っているのに!)などの荷物を持てるだけ持って、家に入る。

 そして、私は使い慣れた湯船にお湯を張り始めたところで、気がついた。

「あれ? お風呂……?」

 …………今のこれ、杏子が昼間言っていた状況そのものじゃない?

 いや、まさか……、とお風呂場から頭を出すと、廊下でお風呂に入る準備をする舞ちゃんがこちらを見る。

 待って。先に一つ一つ状況を整理するべき。

 まず私が風呂場にいる。そして、舞ちゃんがすぐそこにいる。私たちがこれからお風呂に入る。そして、三代さんがいる客間とここは別棟だ。

 私、舞ちゃん、お風呂、二人きり。

〝お風呂とか誘われたら要注意だよ、マジで!〟などと杏子の冗談めかした声がわんわんと脳内に響き渡る。

 私は一人、ちゃぽちゃぽと浴槽で波打つ水面を眺めながら、冷や汗を流した。

 とっとっ、とおぼつかない足取りで私は風呂場を後にする。えっと、まさか本当に? こんな狭い風呂で一緒に? そもそも舞ちゃんにそんな気があるとは限らないし……ってこれだと私が誘うみたいじゃない!? こ、こういうのは先手必勝? そうだ。とりあえず聞いてみよう!

「舞ちゃん。一緒にお風呂入ったりなんかする?」

「えっ……!」

 私からの誘いを受けた彼女は目と口をまん丸に開いて言葉を失う。後ずさりに一歩引いた彼女の小さな踵が脱衣所の扉にぶつかって、ガタンと大きな音を立てた。

 舞ちゃん、なんかめちゃめちゃ驚いてる……ていうか、引いてる……。 

 やっばい、なんかまずいこと言っちゃった? ていうかこれ、完全に私がお風呂に誘っている図だよね!? 私が勘違いされるんじゃないの? これで謎に振られたりしたら私ちょっとショックで立ち直れない。そもそも友達なくしちゃう!

 舞ちゃんは(私から見ると)怯えたように、気を遣った感じで断ってくれた。

「……そういうのは、ちょっと……」

「そ、そうだよね! いや、なんか、変なこと言っちゃってごめんね!」

 混乱と恥ずかしさでもうなんかよくわからないテンションになった私はもう彼女の顔を見られなくなって、目を泳がせる。

 はぁー、でもよかったー。ほんとによかったのかはわかんないけど、とりあえず変なことにはならなくて。

 と思っていたのに。

「……それに、もう私たち、子供が産める年齢ですし……」

 はい?

 よく見ると、扉に背中とほっぺたを押し付けた彼女の顔には朱が差しており、照れるように後退しようとする足がもじもじと床の上を滑る。

「いや、でも……ほんとに、だめです……」

「……っ……! じゃ、じゃあタオルとってくるね!」

 私は彼女を押しのけるようにしてだだっと足音を立てて脱衣所を後にした。無駄に広い家の中で十分に離れたことを確認してから、立ち止まって息を整える。

 やばかった……あのままあそこにいたら……。

 どきどきと胸に刻む鼓動が、駆け出したという理由によるものだけじゃないということが私にはわかった。あの時、私は間違いなく彼女にただの友人に対する親愛ではないものを感じていた。小さな子供のように幼い意思表示をする彼女の姿に、興奮とも幸福ともいえない高揚とした気分に駆られて、なにかをしでかしてしまいそうだった。

 まさか……これが――。

「慌ててどうしたの~?」

 びくぅ!

 背後から三代さんに声をかけられる。手には雑巾とバケツ。どこかで水を汲んでいたのだろう。対する私はなんだかいけないイタズラが見つかってしまったようなやましい気持ちになって、まして舞ちゃんの保護者役の彼女にはもっと後ろめたくなって、目が合わせられない。

「ど、どうした、ってなんですか?」

 どうにか返事をしたものの挙動不審もいいところだった。舞のお手伝いさんも訝しげに目を細めて、さらに詰問する。

「なんか走ってたみたいだし……本当にどうしたの?」

「な、なんでもないです。お風呂に入るだけですから」

 そうだった。私は今からお風呂に入るんだった。そんな簡単なことも忘れていた。三代さんと話して、だんだんと落ち着いてきた私はお風呂まで戻るころには平常通りの思考を取り戻していた。

 そう。なんでもないの。冷静に考えたらただ普通にお風呂に入るだけだよ。それどころかたとえ一緒に入ったって女同士なんだからそんな気にすることもないじゃん。さっきのだって杏子があんなことを言うからちょっと意識しちゃっただけ!

 ていうか。

「舞ちゃん」

「はい」

 私が部屋に駆けて行ったときと同じように、まだ-脱衣所の前で所在なさげに立っている彼女に、私は言う。

「女同士で子供はできないから」

 IPS細胞とかいうのを使わない限り。


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