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カース・オブ・ビーイング  作者: かたつむり工房
第二章 福音は背中に
7/36

2-2

「一カ月ほど前、この地で大規模な事象変動が観測されました。そこで顕現されたのは、ある一人の少女を核に他九人の少女の魂をセフィラと見立てた『生命の樹(セフィロト)』です」

「……っ…………!」

 その核とされた少女は悲痛に息を呑む。

 やっぱり……、と私は心の中でひとりごちた。

 ――生命の樹(セフィロト)

 それは旧約聖書の冒頭、創世記に記された人を神へと昇華させる樹。転じて、十個のセフィラと二十二のパスで構成されたカバラにおける世界構成図。

 私のお母さん――上岡あさみが舞ちゃんを含めた十人の魔法少女の魂を集め、ヤハウェ・エロヒムとのパスをつなぐことによってそれを作り上げたのが、一カ月前の事件だった。

 最終的に舞ちゃんはこうして元に戻り、ひとまずの収拾を見たのだけれど、まさかこうして尾を引いてくるとは……。

 ちらりと横目に舞の様子を見る。どこか落ち着かない様子で視線を揺らす彼女はまるでなにかに怯えているようにも見えた。

 彼女は一体どれだけ前回の事件のことを覚えているのだろう。一応、あの後私は彼女にどうなったのかについて一通り話はしたのだけれど、彼女が樹だった間(・・・・・・・・)のことは、記憶に残っているのだろうか?

 彼女の死が今も刻み付けられているとしたら、彼女はどれだけの闇を抱えて今ここにいるのか。

「生命の樹の顕現は紛うことなき主の奇跡です。そして、平須舞の体内には今も主の奇跡が息づいている。そのような主がこの世に与え給うた奇跡を回収するのが私達の役目です」

 口調は変わらなかったが、舞を睨む瞳の奥になにか大きな感情があることが垣間見えて、私はたじろぐ。使命感というにはあまりに黒々としていて、信仰心というにはあまりに淀んでいる。

 どうも彼女たちは利害ということ以上に相性が良くなさそうだった。舞ちゃんも大人しいように見えてかなり頑固なところがあるし、マリヤはマリヤで何か思うところがありそうだし……。それに、この状態の彼女に応対させるのは酷というものだろう、と俯いて制服-のスカートをくしゃくしゃに握る舞を横目に見る。

 ここは私が話を進めていくべきかもしれない。

「ところで、回収回収って言ってるけど、それって具体的にどういうことなの?」

 それにしても、当の本人からすれば迷惑もいいところだとは思うけれど、前回といい今回といい舞ちゃんは人気者だ。ショーとかミーとかよくわからないものに好かれがちな私とは対照的といえるね。

「回収は回収です。平須舞の身柄の確保、あるいは他組織への回収を防ぐために殺害することが私に課せられた使命です」

 殺害って……よくそれで穏便とか言えたもんだ……。

 とはいえ、こうして話し合いに応じているということは何か穏便な方法があるということなのだろう、という私の予想に反さず、彼女はさらに続けた。

「ですが、我々も無為に命を奪うことは良しとしません。進んで協力してくれるというのであれば、健康を害さない程度の調査、研究にとどめ、一定の見返りと他組織からの保護を約束しましょう。そもそもそのような奇跡は通常の生活には不要ですし、奇跡を取り出せることそのものもメリットです」

 なるほど。最初から交渉のつもりで来ていたわけだ。

 もしも彼女の言うことが本当だとするなら、悪い条件ではないと思う。それに、本当に舞ちゃんの中にお母さんが起こした事件の後遺症が残っているというなら、それはそれで心配なのは確かだった。もしも取り出せるなら取り出したほうがいいと私は思ってしまうのだけれど……。

「舞ちゃん、どうかな?」

 セフィロトの話からずっと目を伏せたままの舞ちゃんは、私からの問いかけにぴくりと肩を震わせる。それから、囁くように答えた。

「…………必要、ありません」

 さらに顔を上げた彼女は、マリヤをまっすぐに見て続ける。

「そもそもそんな奇跡なんて、私の中にはないです。私の身体は私が一番よくわかっていますから。大体昨日初めて顔を見た人間がどうしてそんなことを言えるんですか?」

 最初は小さな声で、少しずつ拒絶を口にしていく。頑なさというよりもなにかから隠れるような危機感が感じられて私は心配になった。舞ちゃんは強い子ではあるけれど、彼女はあまりにも強くて、いつかどこかでパキンと折れてしまいそうな気がしてしまうのだ。

「でも、もし本当にそんなものがあるとしたら心配だよ……」

 私は弱弱しく反論を試みるも、彼女は早口に舌を回した。

「考えてもみてください、いきなり襲ってきた相手ですよ? さっき言った条件だって信じられませんし、痛くもないお腹を探られるなんて不愉快も甚だしいです」

「それは……」

 キッと警戒するようにマリヤをにらみつける。彼女の言い分はたぶん尤もで、彼女自身が言っていた通り、彼女の身体のことは彼女が一番わかっているということも、きっと確かだった。

 けれど、ふと私の脳裏を過った黒と黄と緑とそれから小豆色の彼女の姿が私の不安を煽っていく。私にはぎゅっと目をつむってその不安の嵐が去っていくのを待つしかなかった。

 対して、交渉が決裂したというのにシスターは別に気を悪くすることもなく、髪をかきあげた。

「まあ当然の反応でしょうね。想定通りって感じだわぁ」

 こうなることは最初から想定済みだったようだ。暗に、ほとんど初対面の、それも一度戦った相手から出された条件をそっくり信じるなんて馬鹿だと言われている気がする。というか視線がそう言ってる。私はむっとしながらマリヤに問い返した。

「じゃあ、また戦うってこと?」

「私がなんのためにこんな格好をしていると思ってるのぉ?」

 彼女はうちの中学のセーラー服の襟をぴっと伸ばして、意図を示した。

 わざわざ中学に転校してくるなんて面倒な手順をとったのは、長期戦を覚悟していたからだったわけか。

 良かった……、と私は胸をなでおろす。マリヤとは話も通じるみたいだし戦わずに済むならそれが一番いいよね。

「そんなことに意味があるとは思えませんけどね」

 場の緊張感は解けたというのに、相変わらずつっけんどんな態度で、舞ちゃんはマリヤに敵意を示す。しかし、それこそが彼女の求めていた反応だとでもいうように、不敵な笑みを浮かべて、テーブルの上で火花を散らせた。

「私たちは教会です。遠く異国の地で信を得ることにこそ、私たちの本分はありますから」

 その容姿も相まって、本当に彼女は神の端女たるシスターなのだと思い知らされる。

 難敵になりそうだなあ、と思うと同時に、彼女が私を信じさせることを目的とするのであれば、敵ではなく友達になれるかもしれないと感じる。ただでさえ友達の少ない私なのに、その上魔法少女について知っている人間となると非常に貴重で、もしそうなったら、素直に嬉しい。

 話は済んだとばかりに、舞ちゃんが一旦席を立ったところで、私はずっと気になっていたことがあったことを思い出した。

「ね、最後に一つだけ聞いていい?」

「なにかしら? 話せることはほとんど話したから突っ込んだことは聞いても無駄よ?」

 彼女はわりあい素直に話に応じてくれた。私はお手洗いのほうへ軽く視線を向ける。舞ちゃんにわざわざ秘密にするというほどのことでもないのだけれど、もしその時の記憶がなかったとしたら、積極的には聞かせたくない話だった。

「ひと月前の事件の時、その、私も一緒にいたんだけど、奇跡と判定されたのは舞ちゃん一人だけなの?」

「ええ、もちろん。さっきも言った通り、あの魔法少女とかいう力で奇跡だと判定されたわけじゃないからねぇ。そのミスティリオンは、主に連なるものではないもの」

〝ミスティリオン〟というのがなにか聞くと、彼女たちの正教会では、超常的な力一般を機密、魔法少女の力のような属人的な力を特にミスティリオンと呼んでいるらしい。確かに、呼び名があると便利だ。

「じゃあ、舞ちゃんがセフィロトからどうやって元に戻ったかとか、事件の顛末がどうなったかとかは知ってるの?」

「そのあたりはさーっぱり。二人目――つまりあなたがセフィロトに放った異様なエネルギー波によって観測がおじゃんになって、以後の状況は不明。正直なところを言えば、そこのところを明らかにするのも私の仕事だったりするのぉ。どう? 教えてくれる?」

「それは……」

 私は言葉を濁す。

 もし、言ってしまえば、私も舞ちゃんのように狙われてしまうのだろうか。現状ただの女子中学生であるところの私が狙われることになれば、ひとたまりもないだろう。

 マリヤのことは信用したい。たぶん彼女は敬虔な神の僕で、だから他人にひどいことをしたりしない。でも、それが人でなかったとしたら……?

 私の逡巡の時間。

 束の間の沈黙。

 それを見計らったように「……んん…………」と小さなうめき声が聞こえた。見れば、気絶していたはずの杏子がもぞもぞと目を覚まそうとする。

 タイムアップ、というわけだった。



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