1-3
「納得がいきません」
可愛らしいツーサイドアップをぷんぷんと揺らしながら、舞ちゃんは怒ったように文句を言う。
「まあまあ、結果としてはなんとかなったんだから良かったじゃない」
なんとか修羅場を切り抜けた私たちはクリームもアイスもドロドロに溶けてしまったクレープと格闘していた。
私と舞ちゃんのいる広場には、怪しい司祭も槍を持ったシスターも巨大な車椅子もおらず、いつも通りの賑わいを取り戻している。
あの後彼らがどうしたかというと、電話を取った司祭が苦々しげに命令すると全員そそくさと退場していった。
聞けば私からの要請を受けたミーが司祭の携帯電話をハッキングして、上層部からの命令を装い撤収の命令を出したということらしい。
「結果って……! かさねさんはその使い魔とやらに甘すぎでしょう! こんなことができるなら、もっと早くやっておけば、かさねさんが力を失うこともなかったんですよ!?」
がみがみと文句をいう舞。普段物静かな彼女がこんな風に感情を露わにすることは珍しいが、私の使い魔のことになると別だ。
そして、文句を言われた側は澄ました様子で返事、というか私への弁明をする。
『主がなにも言われないということは待機を命じられていると同義ですから』
そのわりには普段から無駄口が多いような気がするけど……。
「ほらミーもこう言ってるし」
「聞こえません!」
彼女が言うように声が聞こえないことや、以前からの確執というか対立というかもあって、舞ちゃんと彼らは折り合いが悪い。
というか、舞ちゃんが一方的に悪感情を抱いている。
彼らが本来の意味での使い魔ではないからというのもあるのだろう。魔法少女には力を与え、戦うように焚きつけるという使い魔が必ずいるはずなのだけれど、私は出自のせいでそれがおらず、その代わり――というよりも、懐いてきたからという理由で彼らをそのポジションに据えてしまったのだった。
不満を発散しようと舞ちゃんは手に持ったクレープにかぶりつく。
あああ、そんな風にすると――
「あ!」
ぽたぽた、とクレープの包み紙の下から溶けたクリームが彼女の腿に滴り落ちる。私は慌ててハンカチを取り出して、舞ちゃんの前に屈みこんだ。
クリームを拭って、トントンとスカートに残る跡を叩く。
「……すみません……」
「初めてならしょうがないって。私も最初はよくやったもん。それよりも先にそれ食べちゃったほうがいいよ」
今も地面に紫と白の斑点を作っているクレープに向けて言うと彼女は消え入るような声で返事をして、私はこの高そうなスカートにシミを作らせんとする作業に集中した。
よれたスカートの布を伸ばそうと左手で彼女の太ももに触れると、くすぐったがるように舞ちゃんは足をもじもじとこすり合わせる。文句の一つも覚悟して顔を見上げれば、彼女は頬を真っ赤に染めて、私の視線を避けて目をそらした。
「あ、あんまり見ないでください」
「ごめん……」
なんだか友達の珍しい表情を見てしまって、こちらも目をそらさざるを得なかった。妙な雰囲気のまま、スカートの跡が消えるまで、私はハンカチを握り続けていた。
私が舞ちゃんの隣に再び腰を下ろすと、彼女は気を取り直すように、まだ照れの残る声音で話を戻した。
「ええと……ひとまず考えるべきことは、彼らがどんな目的でここにやってきたのか、それにかさねさんの力の件ですね」
それに素直に頷くと同時に、舞ちゃんの肩の上に黄色い塊が現れたことに気がつく。
「かさねは本当に変身できないぽ?」
この妙な語尾をつけて話す黄色いふわふわが、最前の、本来の魔法少女の使い魔、ポップだ。舞ちゃんはこれに力を与えられて、魔法少女になったらしい。
「ポップ! 今日は出てこないって約束だったでしょ!」
「緊急事態だぽ。舞はあんなやつらが現れたのにいつまでもデート気分でいるんだぽ」
「で、デートって、そういうんじゃなくて……」
「かさねは普通の魔法少女じゃないぽ。もしかしたら、どうにかならないかぽ?」
あわあわする舞を置いてけぼりにポップは私に問いかける。どうやら本来なら出てこない約束だったらしいし、ご主人思いじゃない使い魔だ。
「たぶん無理。そもそもペンダントがあっても自分がどうやって変身してたのかもわかんないし」
なんとなくできていたからできていた、というだけのことだったし、まして今までの手順を踏まずになんてできるわけがない。
と、質問に答えてやったのに、そのふわふわがどこに行ったかと思えば、ご主人が食べ終えたクレープの包み紙の中に潜り込んでいる。
毛がべたべたになりそう……、という私の感想をよそに、包み紙からはくぐもった声が響く。
「じゃあどうしようもないぽ。舞の眼鏡が取られたならどうにかしようもあったぽけれど、かさねは無理ぽ」
わざわざ出てきた割にあっさりと投げ出す毛玉。
こいつ、緊急事態とか言っておいてクレープのクリームが目当てだったんじゃないの?
「となるとかさねさんのペンダントを取り返すということも含めて、彼らが問題になりますね。いつまでこの町にいるのか、どこを拠点としているのか、そして、目的――主の奇跡、ですか」
少なくともわかっていることは、彼らの目的は舞ちゃんにあるということ。私が戦えないということは、目的とされている舞ちゃんが矢面に立たなければならないということになる。実はショーとミーの力を借りれば、まるっきり戦えないわけではないのだけれど、それは舞ちゃんがいい顔をしないだろう。
問題は山積みだ。
でも。
「舞ちゃん、その話は明日にしない?」
「明日ですか? ですが、他に何かやらなければいけないことがありましたか?」
真面目で鈍感な彼女はとぼけているわけでもなく、そんなことを言う。
ここのところテスト期間で、しかも学校の違う私たちはテスト期間のずれのせいでこんな風に二人で遊ぶのは随分と久しぶりな気がする。
舞ちゃんだって邪魔が入らないように使い魔に釘をさしておくくらい楽しみにしていたみたいだし、私だって今日は心置きなく遊ぶために宿題だって先に済ませてきた。
その気持ちを言葉にすれば、たぶんこうだ。
「今日は、デートなんでしょ?」
そうして、私たちは限られた日曜日をめいっぱい楽しんだ。