逆さ虹とみんなの絆
ある所に、雨上がりに必ず逆さまの虹がかかる「逆さ虹の森」と呼ばれる森がありました。
森の動物たちはその不思議な虹を見るのが大好きで、いつも雨が降るのを楽しみにしていました。
ところが最近、困った事が起きてしまいました。
なんと雨が降った後に、虹がかからなくなってしまったのです。
このままでは「逆さ虹の森」ではなく、「虹なし森」になってしまいます。
動物たちはみんなで相談を始めました。
「今日も雨が降ったのに、虹がかからない。なんだか不吉で、怖いなぁ」
クマがブルブルと怯えます。
キツネも首をかしげました。
「どうして虹が出てこなくなったのかしら」
「きっとイヤな事でもあったのさ」
リスがそう言うと、コマドリが羽を広げて言いました。
「なら、虹の機嫌がなおるよう、ワタシが歌をうたいましょう」
コマドリはパタパタと逆さ虹がかかる森の真ん中に飛んでいきました。
森の真ん中には大きな川が流れていて、一本のオンボロな橋がかかっています。
コマドリは橋にとまり、空に向かって歌を歌いました。
しかし、どんなに美しく歌っても、どんなに虹を褒めても、逆さ虹は現れません。
「ワタシの歌声では役に立たないのでしょうか」
コマドリがしょんぼりしていると、アライグマがやって来ました。
「せっかく昼寝していたのに、うるさいコマドリめ。こうしてやる!」
アライグマが橋をギシギシと揺らします。
コマドリは慌てて空に逃げました。
その様子を見ていたリスが、アライグマをからかいます。
「虹が出なくなったのは、アライグマが虹にイジワルをしたからじゃないのかな」
それが本当なら大変な事です。
森の動物たちがざわめきました。
「オレさまが悪いってのか。冗談じゃない」
アライグマは怒って暴れだしました。
こうなっては手がつけられません。
みんなが慌てて逃げ回る中、リスはちゃっかり木の上に隠れながら、笑いました。
「ほらごらん。怒るとすぐに暴れだす。やっぱり虹が出てこないのは、アライグマのせいさ」
「オレさまは悪い事なんてしてないぞ」
怒るアライグマに、一匹のヘビが提案します。
「アライグマが本当に悪い事をしてないか、根っこ広場で調べてみよう」
根っこ広場は、飛び出た大きな木の根っこに囲まれている広場です。
この広場でウソを言うと、周りの根っこに捕まってお仕置きされてしまうのです。
根っこ広場に連れて来られたアライグマは、大きな声で言いました。
「オレさまは、逆さ虹に悪い事なんてしてないぞ」
すると、広場の周りの根っこがスルスルと伸びてきて、アライグマに巻きつきました。
「うわぁ、助けてくれ」
本当の事を言わないと、根っこはもっとキツく巻きつきます。
アライグマは観念して、本当の事を話しました。
「悪かった。実はこの前、逆さ虹の下の川に、ゴミをたくさん捨てたんだ」
本当の事を言ったので、根っこはスルスルとアライグマから離れます。
それみた事かと、リスはアライグマを笑いました。
「きっとそれがイヤで、虹が出てこなくなったのさ」
「そういうリスだって、クルミのカラを川に投げて遊んでたじゃないか」
言い争う二匹を見かねて、今度はキツネが提案しました。
「ケンカはダメよ。そうだわ、みんなで願い事が叶うドングリ池に行って、また逆さ虹がかかるようにお願いしに行きましょう。アライグマとリスは、ちゃんと橋に行って、逆さ虹と川に謝って来るのよ」
そう言ってキツネは、ピューっとドングリ池の方へ行ってしまいました。
「ドングリ池かぁ。落ちたら怖いなぁ」
クマは前に一度、ドングリ池に落ちた事があるのです。
結局、クマ以外の動物たちが、キツネの後を追ってドングリ池に向かいます。
広場には、アライグマとリスとクマだけが取り残されました。
「仕方ない、謝りに行くか」
三匹はトボトボと橋に向かいました。
さて、川に着いたアライグマとリスは、橋の真ん中に立ちます。
クマはオンボロ橋が怖いので、川岸から二匹を見守る事にしました。
二匹は川に向かって謝ります。
「川さん、ゴミを捨てて、悪かったよ」
「川さん、イタズラしてごめんよ」
次に、二匹は空に向かって謝りました。
「逆さ虹さん、イヤな思いさせて悪かったよ」
「逆さ虹さん、川にイタズラしてごめんよ」
しかし、虹は現れません。
「なんだよ、せっかく謝ったのに」
またまたアライグマは怒ってしまいました。
ギシギシと橋を揺らします。
「そんな事したら危ないよ」
クマが止めましたが、アライグマは聞きません。
するとリスが橋のすき間から、川に落ちてしまいました。
「わあぁ、助けて!」
アライグマが慌てて手を伸ばしますが、間に合いません。
それどころか、橋がバキリと割れて、アライグマまで川に落ちてしまいました。
「うわぁ、助けてくれ!」
「た、大変だ。どうしよう!」
クマはオロオロしながら、流される二匹を追いかけます。
たまたま近くを飛んでいたコマドリも、慌てて助けを呼びにいきました。
しかしそれではきっと、間に合いません。
「怖いけど、助けなきゃ!」
クマは勇気を出して、ザブンと川に入りました。
川の流れは見た目よりも早く、とてもキケンです。
クマはリスを掴み、川岸にポーンと投げました。
「た、助かった」
これでリスは大丈夫です。
次にクマはアライグマを掴みました。
でも、アライグマは重くて、投げられません。
川岸まで泳ごうにも、上手く前に進めません。
クマは困ってしまいました。
「もうダメだ、どうしよう」
その時です。
助けを呼びに行ったコマドリが、タカやワシ、ミミズクたちを引き連れて戻って来たのです。
彼らはみんな、足や背中にヘビを巻き付けています。
「今助けるぞ」
ヘビたちはお互いの尻尾をパクリと咥えました。
長い長いヘビのロープが、クマの方へと泳ぎます。
クマはアライグマを抱えながら、ヘビのロープをつたって、ようやく川岸にたどり着きました。
「助かったよ、みんな、どうもありがとう」
クマがトリたちやヘビたちにお礼を言うと、みんな口々にクマの勇気を褒めました。
「クマは怖がりなのに、よく頑張ったな」
「スゴいぞ、見直した」
アライグマが、しょんぼりしながら謝ります。
「みんな、いつも乱暴者なオレさまを、助けてくれてありがとう。今まですまなかったよ」
リスも、反省した様子で謝ります。
「ボクも、いつも誰かをからかってばかりで、ごめんよ。助けてくれてありがとう」
仲直りもできて、みんなに笑顔がこぼれます。
するとドングリ池にお願い事をしに行っていた動物たちが、「おーい、大丈夫かい」と駆けつけてきました。
キツネが、クマとアライグマとリスを心配します。
「みんなで、ドングリ池にお願い事をしていて、遅くなってしまったの。無事で良かったわ」
動物たちは、びしょ濡れの三匹を取り囲み、フワフワの毛皮であたためます。
あたたかくて、嬉しくて、三匹は何度もみんなにお礼を言いました。
「おや? みんな、空を見てごらんよ」
コマドリが、何かに気が付いたようです。
みんなが空を見上げると、川の上に大きな大きな、逆さまの虹がかかっているではありませんか。
「やったぁ、逆さ虹が帰ってきたぞ」
「これでいつもの逆さ虹の森に戻ったぞ」
アライグマたちが心から反省して謝ったからなのか──
ドングリ池がみんなの願いを叶えてくれたのか──
みんなが仲良くなって虹の機嫌がなおったからなのか──
逆さ虹が帰ってきた理由は誰にもわかりません。
それでも良いのです。
森の動物たちは、今まで以上に仲良く、平和に暮らせるようになったのですから。
どこかにあるこの森は、今でも雨上がりになると、美しい逆さまの虹がかかるそうです。