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大きな穴

秋の昼時のことだった。僕は大学キャンパスから5分ほど歩いた公園のベンチで弁当を食べていた。友達の少ない僕の、唯一心落ち着く場所だ。常緑樹ばかりで秋の風情も感じられない質素な公園だが、それ故に耳障りな人の声もない。

弁当を食べながらぼんやり、芝生の広場を眺めていると突然、家1つまるまる飲み込んでしまいそうな大穴が広場の中央に現れた。驚いた。驚きのあまり僕の箸からミニトマトがこぼれ落ちた。

「あっ!僕の作ったミニトマトが!」

僕の数少ない趣味である家庭菜園。手塩にかけて育てたミニトマトを食べることを、僕はとても楽しみにしていた。

ミニトマトはその形状ゆえ、地面を転がってゆく。ヘタがついていれば止まったのにと後悔しても遅い。もうトマトのヘタは落とされたのだ。ミニトマトは広場の中央目指して真っ直ぐに進んでゆく。公園の設計上広場は中央が盛り上がっているのだが、物理法則はどうやら機能不全を起こしていた。

広場に空いた大穴はその大きな口を贅沢に使って、小さなミニトマトを飲み込んでしまった。すると大穴は咀嚼するのようにその大きな口を動かし、やがて完全に塞がった。

「……何だったんだろう、今のは」

今のは幻覚か、はたまた現実か。どちらにせよ1つ言えることは、僕の弁当箱の中からミニトマトは1つ消えていた、ということだ。



「ーーということがあったんだよ」

僕は家に帰るなり、弟にそのことを話した。午後七時過ぎのことだ。

「ばかじゃないの」

どうやら部活で疲れていたようで、素気無くあしらわれてしまった。高校二年生の弟は少し大人ぶっていて、僕のことを冷ややかに見ているきらいがある。僕がエロサイトのトラップの対処の仕方を教えてあげたことを忘れてしまったのだろうか。

「いや、信じられない気持ちはわかる。実際僕も空想と現実をごちゃ混ぜにしたのかもしれないと思っているんだからね。でも、確かにミニトマトは消えたんだよ。広場の中央に登っていってね、落ちたんだ」

唯一の物的な証拠。幻覚ならばミニトマトが消えたことに説明がつかないのだ。



「え、ミニトマトって何?」


「ーーーえ?」

背筋がゾッとした。弟の大好物はミニトマトなのに。

「え、何言ってんだよ。お前ミニトマト大好きだったじゃん。ほら、去年の誕生日だってミニトマトの苗をあげたじゃんか」

「だから、ミニトマトってなにさ。だいたい俺の大好物はオクラだし、苗だってオクラだったでしょ。どうしたの兄ちゃん」


ベランダのプランターにはオクラがあった。そこにはミニトマトがあったはずなのに。スーパーに行ってもコンビニに行ってもミニトマトはない。弁当の詰め方を調べてみると、本来ミニトマトが置かれるべき場所にはオクラの姿があった。

僕は自室に駆け込み、鍵を閉めた。

「……オクラが、ミニトマトと成り代わっている?そして、ミニトマトは存在しないものになっている……」

強く握った手のひらに爪が深く食い込む。痛みは感じない。

「僕たちの生活にはいつもミニトマトがあった。食卓に彩りを加えたのはいつだってミニトマトで、そこに幸せは生まれた。僕ら一家の好物はミニトマトと決まっていたし、ミニトマトに関わる思い出もたくさんあった。それなのに……」

悔しさか、怒りか、悲しみか、あるいは全ての感情に涙が溢れてくる。

「こんなの、あんまりだ!」

でも、泣いてばかりいられない。ミニトマトの概念が消失した原因の鍵は必ずあの大穴が握っているはず。それを何とかすれば、あるいは……。

確かな希望はない。しかし成し遂げなければならない。なぜならミニトマトは僕たちに必要で、僕にしかできないからだ。

「待ってろよ、ミニトマト。必ずお前を、取り戻す!」


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