彼女の意地!
料理ができる男には憧れます。男子厨房には入るべし。
「泣ーかーしーたーなー?」
「いきなり人聞きの悪い……。ってか、仕事して下さい先生」
いやまあ、実際泣かせたのは僕みたいなものですが。
そろそろ本気で同好会を設立しようかと思わなくもない、件の保健室。
……で、僕の横には涙目で凹んでいる優季ちゃんがいる訳ですが。
「何、お前さんはさっさと復活したのだから問題ない。むしろ、彼女のケアの方がこの場合大事だと思うが?」
普段は適当っぽいのに肝心なところではマトモな事も言うんだな。
「恐らく、今かなり失礼な事を考えているだろうが不問にしてやる。ほれ、私は居ないものとして見ざる言わざる聞かざるに徹するから後はなんとかするように」
そう言いながらヒラヒラと手を降って先生はカーテンの向こうに消えた。
「変わった先生だこと……」
「…………」
優季ちゃんの反応無し。これは、相当堪えているみたいだ。
「優季ちゃん?」
控えめに声を掛けると、優季ちゃんの肩がピクリと震えた。そして━━。
「ごめんなさい……」
小さな声だった。
「どうして優季ちゃんが謝るんだい?」
なるべく穏やかな響きになるように気を付けながら聞いてみる。
「あたしがいけなかったんです……」
「?」
「お父さんが手伝ってやろうって言ったのに、つい全部一人で作るからいいって断ってしまって。素直に教えてもらっていたらこんな事にはならなかったのに……」
「頑張ったんだ」
「いくら頑張ってもこれじゃ……。先輩、美味しくなかったですよね?」
「ん~~そうだな。味は……まあ、ちと残念な感じになってしまったかもしれないけど」
「……っ」
優季ちゃんがぎゅっと手を握りしめる。
「でもね━━」
「あ……」
僕は優季ちゃんの手を取った。その、絆創膏だらけの手を。
「でも、すごく嬉しかったよ。こんなになるまで一生懸命作ってくれた事が。頑張ったんだね」
「はい……」
「ありがとう」
握った手の上にぽたぽたと涙がこぼれ落ちてくる。
僕はやはりまだまだ彼氏としては未熟だ。この感情豊かな彼女にもっと笑顔が増えるように足りない言葉を紡ごう。そして彼女の話をもっと聞こう。
今度こそ、ちゃんと分かり合えるように。
「あの、愛美センパイ?」
「何かな~?」
「なんだかボクたちお呼びじゃないような気がしまして……」
「あはは、そーだねー。あの二人の世界には入って行けない感じだね~」
入り口の辺りで様子を伺っていた鷹子と愛美であった。
「それにしても、わたしは感無量だよ。『あの』真一に本当に好きな人ができたんだねー」
「……愛美センパイ、ひょっとして、淋しいんですか?」
「ん~~そうだね。まあ、わたしの役目は終わったかな?とは思うかな」
「そんな!」
鷹子は愛美の手をつかんだ。
「あらら」
「そんな言い方をしないで下さい。ボクに━━いえ、私にとっても愛美センパイは大切な友人だと思っています。それに、今まで真一センパイの側にずっといたのは愛美センパイなんですよね?」
「……そうだね」
「愛美センパイ……」
初めて見る表情だと鷹子は思った。とても綺麗で儚げな、そして優しげな。
「でも鷹子ちゃんは本当に良い子だね~~。頭なでなでしたくなるよ」
「いやあの、すでに撫でていますけど……」
「良い子良い子~~」
「…………」
自分より背の低い愛美が手を伸ばして撫でてくるのがなんだか心地好くて、鷹子は真っ赤になりながらもしばらく大人しくされるがままでいた。
ちなみにその後、優季ちゃんから「これ以上は自分のトラウマになりそうなので……」とのお達しがあり、彼女お手製の弁当はとりあえずしばらくは封印する、との方向で決定した。まあ、それは将来の楽しみに取っておこう。頑張れ優季ちゃん。




