終焉
━━どうして。
僕は虚ろな目で優季ちゃんを見た。
━━どうして。
優季ちゃんは……目に涙を浮かべて口許を押さえ、小さく震えていた。
「……ごめん……優季ちゃん……」
━━どうしてこうなってしまったんだろう。
それは、ようやくすれ違いの末に僕たちの想いが通じた、僅か半月後の事。
きっかけは……些細な事だった。
昼休み。天気の良い日はこうして示し会わせたように中庭で四人揃って昼食を取るのが当たり前になり、その日も賑やかに食事を楽しんでいたはずだった。
「そのミートボール、美味しそうだな。それも親父さんの手作り?」
「そうですけど、ひとつだけですよ?先輩」
「やりっ!━━ではいただきます」
小さな肉団子を一口で頬張ると、市販の物より遥かに良い風味が広がる。
「おお、美味い。さすがは優季ちゃんの親父さん。━━って、コラまた!」
僕が舌鼓を打っている隙に、優季ちゃんにこっちの弁当箱からハンバーグ(一枚の半分サイズ)を掠め取られてしまった。
「トレードです」
「いやだから少しはレートを考慮してくれませんかね?」
「…………ふう」
と、側からため息がひとつ。
「なんだ鷹子。食欲が無いのか?」
「そうですね。気分的にお腹一杯な感じです」
「だよねー」
「そもそもボクたちがこの場に居てもいいんでしょうか?」
絶賛いちゃつき中(ちなみにこの絶賛は完全に誤用です)の僕たちに呆れた顔しかできない愛美と鷹子である。
「いや、それは優季ちゃんに『付き合っているからって鷹子ちゃんを蔑ろにするくらいなら別れます!』って、啖呵切られたし。それに鷹子に男子に慣れてもらうのにはちょうど良いだろう?」
「いえ、まあそれはそうなんですけど……」
「その後に『だからって本当に別れたら嫌ですよ……』と続くんだけどね」
「ちょっ……先輩!それは言わないでって……」
「はっはっは、愛いやつめ。━━あれ?最後の卵焼きが」
「うん、これも美味しい。先輩の家も料理上手なんですね」
「うう……おかずが~~」
「あ、それ真一の手作りだよ?」
「…………え?」
愛美の台詞に優季ちゃんの目が点になった。
「だよね、真一」
「ん?ああ、そうだよ」
「……さっきのハンバーグも?」
「はい。手でこねこね捏ねまして。それから……ぺったんこぺったんこ一人キャッチボールして」
「おぃコラ今あたしのどこを見て……じゃなくって!今までのお弁当って全部先輩が作ってたの!?」
「まあ、気が向いた時だけだけどね」
「うそぉん……」
今度は優季ちゃんは目を丸くして驚いている。
「それはボクも意外でした。愛美先輩は作ってあげたりしないんですか?」
「え~~わたしは作るより食べる方がいいし」
「さいですか……」
鷹子の愛美への好感度が1下がった!
「さっきのハンバーグもきちんと火が通ってた。ていうか、男子でだし巻き玉子焼き作るって……」
その横で何やら優季ちゃんが真剣な顔でブツブツ呟いておりますが。
「それなら優希が作ってあげればいいんじゃないかな。カップルの定番のイベントでしょう?」
「鷹子って、男子が苦手なわりにはロマンチストだよな」
「……かも知れません」
顔を赤らめる鷹子。ま、これだけのルックスに本来の性格があるなら、彼女にも何れは似合いの彼氏ができるだろうけど。
「それで、そこのところどうなんだろう、僕の彼女さんは?」
「へ?……あ!その、お弁当ですか」
優季ちゃんはしばらく複雑な表情を浮かべていたが……。
「いや、無理にとは言わないけ━━」
「作ります!」
「━━ど?」
何か優季ちゃんに気合いが入った。
「大丈夫です。お父さんに聞いて作ってみます」
「えーと、それなら……ぜひともお願いします??」
まあ、曲がりなりにも(?)あの父上の娘だし。作ってくれたら僕もやっぱり嬉しいし。
でも。この時点で僕はもう少し優季ちゃんの性格を考慮すべきだった。……というか、自分にはまだまだ思慮が足りないのだという事を思い知らされる羽目になるのだ。
その二日後。
あいにくの雨模様で、その日は僕の教室で机を囲んでの昼食となった。
「ど……どうぞ」
やっかみ等の視線が降り注ぐ中、緊張した面持ちで優季ちゃんはやや大きめの弁当箱を僕の前に差し出した。
「ついに僕にも彼女お手製のお弁当をいただく日が……。感無量です」
拝んじゃおうかな。━━あ、教室の(主に男子の)怒気が増した気が。
さっそく包みをほどいて無骨なアルミの蓋に手を伸ばし━━。
「ん?」
なぜか僕の手が止まった。
「あれ?」
━━この箱を決して開けてはいけません。
まるでパンドラの箱を前にしたかのようなフレーズが心に浮かぶ。
いや、そんなバカな。ほら、優季ちゃんが不安そうな浮かべているじゃないか。何を躊躇している真一!
僕は思い切って蓋を開く。
途端に教室が一気にどよめいた。
「…………」
その僕の目の前には混沌の世界が。
…………お弁当?と、思わず言いかけて慌てて口をつぐむ。いやこれは優季ちゃんが作ってくれたお弁当のはずだ!ほら、ちゃんと色とりどり三色入っているじゃないか。混ざり方が尋常ではないが。それに、見た目はともかく、味は予想外にイケたりするパターンもあるだろう?
「……いただきます」
(食うのか!?あれを?)
(ヤツは男だ……)
うるさい外野。
僕は箸を振り上げる。
ぐぢゃっ。
妙な音がしたが気にしない。そしてそれを口に━━。
「!!」
まさに予想外だった。明後日の方向に。
僕の口の中では何が起きている?
ビッグバン?いや、この場合は宇宙の終焉と言われるビッグクランチか。ああ、僕は何を言っているのだろうか……。
「真一?おーい、真ちゃ~~ん」
「センパイ!しっかりして下さい!」
愛美。鷹子。何を騒いでいるんだ。僕はお弁当を食べているだけだぞ?
歪む視界の向こうに優季ちゃんの泣きそうな顔が見える。
━━いかん!
喰え……喰らうのだ真一よ!━━だが、飲み込めない!どうする?真一?
薬やサプリメントを水で飲もうとして、一度異物と感じるとなかなか入っていかないあの感覚か。
僕は弁当箱をガシッとつかみ、一気に掻き込んだ!
もぎゅもぎゅごりぷち……………………ごっくん。
よし、強引に飲み込んだ……ぞ。
「あ……あれ?」
飲み込んで気が緩んだのか意識が……。
「先輩……」
優季ちゃんが何か言っている。
━━どうしてこうなってしまったんだろう。
「……ごめん……優季ちゃん……」
そのまま僕は混沌の海へと顔面からダイブして果てた。
「わあ!センパイ?センパイ!」
「つんつん。真一?━━へんじがない ただのしかばねのようだ」
「愛美センパイ!何をのんきな……。ねえ、優希━━って、きゃあ!優希も真っ白になって固まってる!あわわ、誰か!衛生兵!衛生兵~~!」
何か前にも似たような事が……と、うっすら思いながら僕の意識は完全にブラックアウトした。
あれ?この主人公って、当初はここまで万能にするつもりはなかったような……。
まあいいか(-.-)。
いえ、自炊には理由はあるんですが。




