激白
ここまで長かった……。
ついでにこの章も長かった(T-T)。
でもまだまだ(連載だもの)。
幸いにしておんぼろベンチの辺りには人気は無かった。
二人で一旦座り、飲み物でも買ってこようかと立ち上がり掛けてようやく僕は優季ちゃんと手を繋ぎっぱなしだった事に気付いた。
「━━あ!?ごめん!」
「……いいえ。ありがとうございました」
慌てて離すと、なぜか優季ちゃんは僕と反対に礼を口にする。
僕は結局飲み物を買うのは止めにした。何となくだが彼女のそばを離れるのは駄目な気がした。
「それで……僕と愛美が来る前に何があったか、聞いてもいいかな」
優季ちゃんの肩が一瞬ぴくりと震えた。
「まあ……初めはよく有る光景でした。鷹子ちゃんがなかなか掃除を始めない男子に注意して、またあの男子と言い合いになり掛けて……。それでも収まったと思ったんです。そしたら、あたしたちが彼に背を向けた瞬間に鷹子ちゃんが悲鳴を上げたんです」
「悲鳴?これまたどうして?」
「……彼が、鷹子ちゃんのブラのホックを外したみたいです」
おいおい、なんつーしょうもない仕返しをしやがるんだアイツは。
「それで鷹子が泣いてしまった、と」
「……そうです」
「…………」
もう少し前なら。どうして鷹子がそれくらいで泣いたのか、と思ったかもしれない。でも僕はもう知っていた筈だ。……いやこれは嘘だな。僕は、「知っていて知らない振りをしていた」のだから。
「優季ちゃん。鷹子ってさ」
「はい」
「男子が苦手なんだろう?しかもかなり」
「……はい」
以前に遭遇した、鷹子があの男子と言い争った直後。鷹子は手が震えるほど強く握りしめて怒っていたんじゃない。怖かったから震えていただけなんだ。
そしてたぶん優季ちゃんも━━。
「あたしは━━」
「うん」
「あたしは━━とっくに気付いてたんです。知っていたんです」
「ああ……」
「気付いていて、それでもこんな事が起きるまで放っておいた!何もしなかった!あんな悲鳴を上げさせてしまった!」
「…………」
優季ちゃんは、手から血の気が失せるほどきつく両手を握りしめていた。それこそ怒りのままに。
「鷹子ちゃんはあたしを見つけてくれたのに!何も無い空っぽのあたしを助けてくれたのに!本当に可愛くて優しくて素敵なのは鷹子ちゃんなのに……」
優季ちゃんの膝の上にぽたぽたと熱い雫がこぼれ落ちた。
「……最低だ、あたし…………」
━━そんな事はない。そう言えたら。
でもそれは言えない。なぜなら僕も同罪だから。
だから僕は。
優季ちゃんの正面に回り込み、そこでしゃがむ。
「本当に最低だな」
「!!」
僕は言い放った。
「普段あれだけ仲良くしてもらって、何かと庇ってもらっていて」
「う……っく…………」
優季ちゃんは両手で顔を覆って震える。その指の間からさらに涙がこぼれるが、僕は続ける。
「それでいて大事な事は言わないで黙っててて」
「~~~っ」
「酷くない?」
優季ちゃんは何も言わずに顔を覆ったままだ。
……まだ足りないか。それなら。
僕はわざと下から覗き込むようにして。
「肝心なところで守る事もできなかったじゃないか」
優季ちゃんの体がガタガタ震えだした。
「…………………………………………あ」
「ん?」
「あんただっておんなじだろうが!!」
ガバッと顔を上げ、優季ちゃんは怒りの表情で振りかぶった。
……まあ怒るよな。この一発は甘んじて受けよう。
むにっ。
「あぇ?」
と、思ったらなぜか頬をつままれた。そしてさらに反対の手が伸びてきて逆の頬もつままれ。
「いびゃびゃびゃびゃ!!(いだだだだ!!)」
すごい形相で思いきり引っ張られた!
「好きなだけ言いたい放題できて満足ですか先輩?」
「びゃ━━━━━━━━っ!!」
痛い。まぢ痛ぇ!
「ふんっ」
開放してくれたのか単に引っ張りすぎて滑ったのか。ようやく指が離れた。
「おぅおぅ……(TT)」
うう……自業自得とはいえ、涙出てきた。
「当然の報いです」
悶絶する僕に仁王立ちの優季ちゃんから冷たい言葉が浴びせられた。
「これならまだ殴られたほうがマシだった……」
「やっぱりわざとでしたか」
「あ」
しまった、つい。
「先輩」
「……ハイ」
「先輩ってどちらかというとSだと思ってたんですが、実はドMの人だったんですか?もしも両方なんて言ったらさすがにドン引きですが」
「異議あり!」
某ゲームも斯くや、という速さで即否定。そのまま勢いで立ち上がると。
「……なんて顔をしてるんだよ」
優季ちゃんは泣き笑いみたいな表情をしていた。
「先輩がおバカな事ばかりするからです。どうして怒らせようと━━殴られようとしたんですか?」
「…………」
「やっぱりドM……」
「それはもうええっちゅーの。……あんまり優季ちゃんが自分を責めるものだから、放っておいたらどうにかなってしまいそうに思えて。優季ちゃんこそどうして本当に殴らなかったんだ?」
「いえ、殴るつもり……というか、一瞬ですが殴り殺そうかと思いましたよ?」
「わあ」
今背筋に寒気が走ったぞ!
「……でも、先輩も酷い顔をしていたから」
「そうかな?」
「そうです。それなのに殴ったらあたし、それこそ最低以下になってしまいます」
「こらこらおかしな限界突破しないの。あ、でも以前の保健室では殴られたような?」
何を隠そう、前に保健室で優季ちゃんのささやかな(ひどいな僕)胸について言及した時、鉄拳制裁を食らわせたのは優季ちゃんなのだ。そして愛美が水枕でひっぱたき、鷹子は一番威力の低い枕でボフボフ叩いていただけだったりする。
「あ、あれは先輩が悪いんです!……気にしてるのに」
「相すいません」
やぶ蛇だった。が、拗ねた顔がちょっと可愛いと思ったのは内緒だ。
「ふふ……困った先輩です」
「はは……お?」
優季ちゃんが僕の胸にこつんと頭を付け……て?
「先輩……」
「うん」
「あたし……あたしはどうしたら……」
「そうだな……。二人で鷹子に怒られてくるか。怒られなくても、文句の一つでも聞いてやればいい。文句すら言わなかったら━━話を聞いてあげよう。そしてこっちも色々話そう」
「……はい」
そう。聞けなかった事。話せなかった事。伝わらなかった気持ち。
何もしないで理解なんてできやしない。そもそも話したとしても、相手をすべて理解するなんて不可能だ。━━でも。
「優季ちゃんは、さ」
「…………はい」
「鷹子が好きかい?」
「はい」
この「はい」は少しだけはっきりと響いた。
「ならちょっとだけがんばって踏み込んでみようか。たぶん今までケンカすらした事がないんだろう?」
「……無いです……ね」
「よし。これから保健室に殴り込みだ。気合い入れていこう」
「なんですかそれ……」
「でもその前に」
「あ…………」
優季ちゃんの頭を軽く抱き抱える。
「あんまり溜め込んだままじゃ苦しくない?」
「…………」
「こんな先輩の胸でよければ貸すけど?」
「ば…………か………………」
僕のシャツを握りしめて。
堰切ったように。火が着いたように。
優季ちゃんは僕の腕の中で泣き咽ぶ。
その声に。
僕が頑なに閉ざしてきた硝子の扉に細かな亀裂が入り、それはやがて雪の結晶のように細かく割れて消えていくのを感じた。




