事件
「姉○ん、事件です!」
何だかんだ言っても、僕は彼女たちとの繋がりができたことを楽しんでいたと思う。そう、楽しんでいた━━だけだった。
僕は何もしなかった。
以前と違うはずの日々を受け入れたふりをして、大切な事を見て見ぬふりをして。
━━だから。
一年の教室の辺りが何やら騒がしかった。そこにどこかで聞き覚えのある声が含まれているのに気付いた時、僕は全力で駆け出していた。
「あ、真一!?」
それは優季ちゃんの怒号だった。
出遅れた愛美を振り切って彼女たちの教室に飛び込んだ僕が見たものは。
床にへたり込み、クラスメイトの女子から心配そうな顔で声を掛けらている泣き顔の鷹子と。一人の男子を憤怒の表情で睨み付ける━━優季ちゃん。
「優━━」
「たから!なんでそれがこんな事する理由になるのさ!」
優季ちゃんの剣幕に、伸ばし掛けた手を思わず反射的に引っ込めた。
「いや、そいつがナマイキだからちょっとやり返してやろうと━━」
「お前がだらしないのを棚に上げて人のせいにすんな!」
優季ちゃんは自分より頭二つほど背の高い男子を完全に圧倒していた。━━というか、これは僕が来た事にも気付いていないんじゃないだろうか?
「鷹子ちゃん大丈夫?どうしたの?」
「あ…………愛美……センパイ」
そこへ遅れて来た愛美が鷹子のそばにしゃがみこんで静かに話し掛けた。そして少しだけ安心した様子のその泣き顔を包み込むようにぎゅっと抱きしめた。
「大丈夫。大丈夫だからね?……それで、何があったのかな」
愛美は鷹子のそばに居た女子に視線を移して聞いた。
「あ、はい、そのですね……ちょっと耳を貸してください」
「ふんふん……。あらら……それはダメだよね。分かった、ありがとうね。━━ね、真一?」
「なんだ?」
「私は鷹子ちゃんを保健室に連れていくから、真一は優季ちゃんを何とかしてくれないかな」
このままだと殴りかからんばかりの勢いだしな。━━優季ちゃんが。
「分かった。━━こらそこのちっこい後輩」
にらみ会う優季ちゃんの後ろから肩を叩く。
「何━━!!…………あれ?」
こんな場合だけど、自分を見て我に返ってくれるというのは(一瞬にらまれたのにはちとビビったが)ちょっとだけ嬉しかったり。
「それはこっちの台詞。鷹子ほっといて何をケンカしているんだよ」
「あ……」
「そんな訳だからほら、撤収撤収」
「そうだ、こんなの相手にしてる場合じゃなかった」
いやいやその一言が余計です。猫被りをすっかり失念してるよ?
「おい、何勝手に話進めてんだよ」
ほら、相手の多感な少年がまた食い付いてしまった。
「触んなエロガ━━え?」
がしっ。
再び火が点きそうな優季ちゃんを後ろから腕ごと完全にホールド。そしてさらに。
「よいしょ」
持ち上げました。
「ちょ、ちょっと先輩?何してるんですか!?離してください!」
「さすがはちっ輩。軽いもんだな。━━あ、コラ!その格好で暴れると中が見えるぞ?」
「!」
こうかはてきめんだ!
「それじゃそーゆーことで」
「こらぁ!離せ変輩!」
呆気にとられる男子その他を尻目に僕は教室を後にする。
人を煙に巻くスキルもたまには役に立つようだ。




