問い
「ねえ、私は━━誰?」
彼女が訊ねる。少し寂しそうに。
━━その問いに。僕は即答出来なかった。
それでも僕は答えなければならない。
「君は━━」
出会い頭の衝突から始まる物語。もしくは恋愛。
使い古されたパターンだとか王道だとか色々言われてるらしいが、まあ、それが自分に降り掛かるとは普通思わないだろう。所詮は他人事で僕には関係ない話。
……降り掛かる、なんて言うとまるで災難みたいだが、僕の場合は間違っていないと思う。
何せ完全に狙い撃ちだったし。
放課後と相成った教室はかなり騒がしい。
部活に向かう者。そのままお喋りに移行する者。友人を遊びに誘う者。
そしてその何れにも属さない僕こと藤間真一はさっさと帰り支度をしていた。
元々騒がしいのが苦手で━━。
「真一━━っ」
人に流されないのを信条とし━━。
「し・ん・い・ち」
孤高を常とし━━。
「真ちゃーん!」
……。
「真一様♪♪」
「止めんか」
びろーん。
「あひゃひゃ、ひひゃひよひんひひ━━」
とりあえず僕はこの、人のモノローグが聞こえんのかと(聞こえたら怪奇だが)言いたくなる存在を黙らせるべく、そのほっぺたを思い切り引っ張ってやった。
「もー酷いよ真一。友達も居なくて一人寂しく帰ってごろ寝してテレビ相手に会話する可哀想な少年を、この優しい幼なじみの美少女が救いの手を差し伸べてあげようかと……わ、わ、わ」
自分の頬を擦りながら散々な暴言とどさくさの自画自賛をのたまう自称幼なじみの美少女は、僕が再び両手を構えたのを見て後ずさった。
「よぉ、毎度の夫婦漫才か?そのうちテレビに出られんじゃねーの」
「旦那がこんな甲斐性なしじゃ大変だと思うけど、それでも見放さないあんたって健気よねー。それじゃ頑張ってね~」
「何かされたら泣き寝入りはダメよ?女子はあなたの味方だからね」
四の五の勝手ばかりほざいて教室を出ていくウザいクラスメート共。しまいにゃ泣くぞこんちくしょう……。
そして止めとばかりに遅れて出ていく一人の女子に至っては━━。
「……嫌い」
「何でじゃ!!」
「真一?自首は事件が明るみに出ないうちにしないと無効なんだよ?」
「……本当に心当たりが無いんだってば……」
肩を落としつつ、僕は自分の事を嫌いと公言して憚らない彼女の背中を見送った。
……いったい僕が何をしたと言うんだろう?
そんなこんなで放課後の定例行事(?)も終え、廊下を愛美と歩いている時だった。
「だからね、今からでも部活に入って打ち込めばいいのに。ほら、春は出会いの季節だって言うじゃない?」
「その頭の中春爛漫の発言は止めときましょうね。発情期にでも入ったか?」
「それはこないだ終わったもん。それにいつも真一でしかしてないよ?」
「ナニを!?」
「何って、真一との出会いの妄想だけど?」
「……天然恐るべし。つーか人との出会いをねつ造するな」
「━━真一がそれを言うのはどうかな」
「?」
どうしてそこで微妙な表情をするのか。
「真一は見た目はけっこう良いのに中身で損してるよね」
「それ、同性辺りにすげー嫌われるタイプじゃないか」
「あはは、冗談だよ。中身だって━━あ、真一?」
「ん?」
肩をとんとんとつつかれて横に注意が逸れたのがまずかった。
「前から━━」
「前?」
愛美の指先を辿ると、そこには腕が━━腕?
ずどむっ!!
「うぼっっっ!」
考える間もなく喉元に凄い衝撃を喰らった。
「だから部活に入ってたら……」
という愛美の呟きに、それは何か違うだろうと妙に冷静に心中でツッコミを入れながら僕はそのまま後ろ向きに吹っ飛ばされていった。
「あ━━っ、間に合わなかった~~~」
そこへ、ぱたぱたと何処かで聞いたような足音と声がした、と思った次の瞬間には僕は恐らく後頭部をしたたか打ち付けて意識を失った。
「本当に済みませんでした━━」
「ご……ゴメンナサイでした。ボクの早とちりで……」
それから約十五分後。
保健室のベッドの上で後頭部を氷枕で冷やす僕の周りで、少々奇妙な光景が繰り広げられていた。
まるで何かのオモチャのようにペコペコと交互に頭を下げる美少女二人。いや、凸凹コンビ?
二人の身長差や体型の違いでなおさら妙なリズムになってしまっている。
氷枕を手で押さえつつ上半身を起こすと、今度は二人とも身を縮込ませ、一瞬顔を見合わせて。
『『先輩、ごめんなさい』』
見事なシンクロで謝られた。うむ、いいコンビだ。ついでにちょっとだけハーレム気分が味わえた。
「それで、僕を見事なラリアートで吹っ飛ばしたのが鷹子ちゃん」
「……はい。ボクです……」
む、ボクっ娘とはポイントが高い。
「君、本当に一年生?」
「あ、はい1-Aです」
「ふぅん。背が高いわスタイルいいわパワーあるわポニーテイルだわ。君、陸上とかやってない?」
「はい?ポニーテイル?」
「いや、気にしないでくれ」
気が強い娘でポニーテイルなら鉄板かと。ついでに美人だけど、それは言わない。
「で、隣のちんまい子が優季ちゃん」
「せめて小柄と言ってください」
「あ、気にしてるのね」
顔も含めて可愛いと思うんだけど。
━━って顔?あれ、この娘何処かで??
「優季ちゃんって、何処かで会ったことがないか?しかも最近」
「わ、真一ってばいきなりナンパ?ボブカット萌え?貧ぬー教?ぶっちゃけロ○コン??」
「黙れ、自称幼なじみの美少女」
「自称じゃないよ!美少女だよ!」
「挿絵がないだろ?」
「ぐっすん……わたし、本来はメインヒロインなのにこの扱い」
「そーいやそんな設定もあったな」
「設定言うな!!」
「すいません。あたし達帰ってもいいですか?新興宗教とかには関わりたくないので」
「うわー、笑顔が怖い」
ちょっと怒ってますねこれは。
「はぁ……。ボクら何しに来たんだっけ」
「言わないで鷹子ちゃん。あたしが昨日、この変な先輩に見つかったのがいけなかったみたい」
「昨日?やっぱり会ってるのか」
変というのは取り敢えずスルー。
「はい、先輩。体育館裏で━━」
「それって呼び出し!?真一、まさかこの娘に告━━」
「うむ。呼び出されてフルボッコにされた。━━冗談だからその拳は納めて下さいタカりゃん」
「お望みならボクがフルボッコにして差し上げますが。というか、勝手に変な愛称付けないで下さい、『変輩』」
「愛称含めて許可」
「ハイ!真面目にやりますのでソッコー撤回させてやって下さい優季サマ!!」
イカン。そろそろ二人とも眼がマジっぽい。
「昨日の今日で忘れるほどあたしの印象って薄かったんでしょうか」
「いや、覚えていますが」
ただ、昨日と少し雰囲気が違う気がして確信が持てなかっただけで。
「体育館裏で転んでべそかいてた━━」
「ちちち違います違います!いえ、違わないけど違います!!」
とたんにわたわたと手を振って優季ちゃんは否定だか肯定だか分からない台詞を言い出した。━━うん。やっぱりこの子は一々仕草が可愛くて宜しい。
「あれ?違った?」
「なんかいきなり話をはしょっている気がします!」
「そうだっけ?」
概ねそんな感じだったと思うんだけど。
「もー、仕方ないな~。ね、真一?」
と、ここで今までわりと静かに話を聞いていた愛美が口を挟んできた。ついでに━━あれ?何か愛美さん、少々怒ってませんか?
「わたしも昨日に関して真一にちょっと思い出して欲しい件が有ると思われますが?」
「と、言われても━━あ」
やばい。もしかしなくとも『アレ』か。
「そんな訳で、回想スタート~~~」
「何故にお前が仕切る?」
まあ今回出番が少ないからだろうが。
━━昨日。やはり放課後の教室で。
「ささ、真一帰りま━━」
「帰りましょうか、お姉さま」
その声がしたとたんに愛美が「ガチンッ!」と音が聞こえそうな変なポーズで固まった。さらにはギ……ギ……ギと錆びた機械のごとく首を巡らせる。
そこには━━。
「ご機嫌よう、愛美お姉さま」
恭しく一礼をする少女が一人。そしてどよめく教室。
「おーっ、あれが例のお嬢様か!?」
「何?お前初めて見たのか?」
「……本当に綺麗な子……将来どこまで美人に育つのかしらね」
周りのさざめきなどどこ吹く風、といった風情で頭を上げる彼女。
精巧な人形を想わせながらも何処か威風堂々とした立ち姿。
……なんだけど。
「あ……アラ。沙更ちゃん、キテたのね?」
ついでに言動まで壊れたロボットの如く怪しげなイントネーションと化している。
「そんな他人行儀な。出来れば私のことは沙更とお呼びくださいと申してますのに」
「えーと……。一応他人のハズです」
もっと言うと制服すら違う。そもそも他校の生徒だし。ただし、その事を指摘できる人間はここにはいない。何しろマジもんの超お嬢様。教師すら関与できない、本来雲の上の存在。
「そんな!他人など……悲しいことを言わないで下さいな」
そしていかにもな細かな刺繍の入ったハンカチ(どっから出した)で口許を覆い俯く。腰まで伸びるこれまた綺麗な黒髪が、さらさらとなびく。
「いやいや他人でしょ?」
……そろそろかな。
「いえ、他人などということは決して有り得ません」
「おーい、聞いてますか?沙更ちゃん?」
「何故なら━━」
さ、荷物はまとめたし。
『『貴女と私は将来夫婦となる運命なのですから!』』
「待てやコラ!」
『『さあ、私と契りを交わしましょう!!』』
『にぎゃ━━━━っっっ!!!』
沙更ちゃんが愛美に飛びかかった!
どったんばったん。
腰まであるキレイに切り揃えられた黒髪も、こうなっては呪いの菊○形かはたまたう○おととらか。いやむしろ彼らに失礼か。
先ほどの楚々とした振る舞いなど微塵も感じさせない見事な豹変ぶりである。
「最近の中○生って過激ねぇ……」
「え?小○生じゃないの!?」
「飛び級したって噂もあるけど?まあどっちにしても面白いから別にいいけど」
「沙更ちゃん、頑張れ━━」
わりと酷いクラスメート達である。
「あ?こら、いつの間に」
追い詰められた愛美が僕を楯にするべく背後にくっついた。
「ふーっ!ふーっ!」
ゾンビ映画の如くに両手を掲げ、荒い息で迫るちびっこ。猛獣━━いや怪獣かこの場合?
と、彼女が不意に居住まいを正して僕の前に立った。
「お姉さまを渡して頂けますか?」
「僕は所有者扱いかい」
「似たようなものではありませんか?」
冗談めかして言っても冷静に返されてしまう。
実は僕はこの子が少々苦手だったりする。何よりこの眼が。
もちろん睨み付けられている訳でもない。むしろ普段は静かな光を湛えた愛らしい瞳━━のはずなんだけど。
「ん~~~、何だか気が進まないから」
「うんうん、真一偉い!」
「ご進呈します」
と、愛美を差し出した。
「はい?」
「いやだから、今日は一緒に帰るのが気が進まないという事で」
「はいい!?」
「まあ!話せる殿方は嫌いではありませんわ」
がしっ。
「え?え?なんでそうなるの!?ちょっと真一!!」
「アデュー」
僕もわりと酷い奴である。
「ささ、お姉さまは私とデートに参りましょう」
「わたしの意思は!?」
「きちんと尊重致しますから。では、裏の草むら?公園の茂み?体育倉庫というのもなかなか乙なもので宜しいかと」
「それデートの場所と絶対違うよね!?」
ずるずると引きずられていく愛美。この場合のBGMはやはりド○ドナか。
「いやーっ!○されるーっっっ!」
体格差をものともしないで連れ去るとは、恐るべきちびっこ。しかもあれで巷では『神童』と噂される程の人物なのである。
中○どころか既に大卒の資格を持つとも、もはや千年に一人の怪童とも言われ、しまいには不思議な力を持つとか人間ではない存在ではとか囁かれる始末だ。
「それが何で愛美なんかに固執するのかよーわからん……」
それ以前に何処から嗅ぎ付けてきたのやら。
「ん?」
一人で帰ると言いつつ安い紙パックのコーヒーなんかを飲みつつフラフラしてると、体育館の裏辺りで妙な子を見付けた。
簡単に説明するならorz←こんな感じで僕にお尻を向けて地べたにしゃがみこんでいる。
「落とし物……にしては動かないな。━━しかたない」
たぶん僕が近付いているのは気付いてると思うけど。
「そこの君?」
「……」
「もう少しでパンツが見えそうなんだけど」
「!!」
こうかはてきめんだ!
彼女は慌ててスカートの後ろを押さえて立ち上が━━れなかった。
「危ないって」
「あ……」
足をもつれさせ、再び地面と仲良しになりそうなところを片手で掴まえた。ずいぶん小さいなこの娘。が━━、すぐにばばっ!と音がしそうな勢いで離れてしまう。
「今度は転ばなかったな」
何か身を縮こまらせてめっさ睨んでるけど。
「……」
正直可愛い娘だ。それだけに膝とかボロボロにした上にその顔じゃ心配にはなる。
「何で泣いてるんだ?痛かったのか?」
「あ、いえ。何でもありません」
そうやって泣いた跡をぐしぐし擦りながら言ってもな。
「一応確認するけど、僕が泣かせたんじゃないよね?」
うわー、僕卑屈。
「大丈夫です。ご心配をお掛けしてすいません」
「あ、ちょっと?」
言うや否や彼女はとてとてとした何か可愛い走り方で体育館の角の向こうへ行ってしまった。━━ホントに何だったんだ?
「まあ……関わり合いはよそう」
その方がいいに決まってる。そう━━。
諦めて僕も反対の方向へ歩き出す。あまり人と関わるものじゃない。
「ん?」
今度こそ帰ろうとてくてく歩いていると。
「何か忘れてないか?」
そう、何か。
「し~ん~い~ち~~~」
「うわぉ!!」
背後から怨嗟の声が!
そうだよ愛美をほったらかしにしたままじゃん!(本当に酷い奴)
「や、やあ愛美さん━━ってその格好何!?」
『見せられないよ!』って看板が出てきそうなヤバいお姿なんですけど!?
「ぐすん……○されるかと思ったよ~~~」
「えーと、無事?」
何がだ。
「何とか貞操は守ったよ……」
「あ、そう?それは良かっ━━」
「あ?」
「はいすいません!良いわけないですよね!」
目が据わってらっしゃる!!
「うう、指が、指がぁぁぁ……」
かと思えば今度はガタガタ震えだした。これは何があったかは聞かないでおこう。
それにしても、今後はもう少し真面目にあのちびっこは遠ざけよう。
「甲種危険物扱いでいいか」
「それでマジメか!」
「以上、回想終わり。何か言うことは?」
「ありません。裁判長」
そうだ、この後愛美をなだめるのに終始して、その前の事などすっかり忘れていたんだった。
「で?それで僕がどうしてブッ飛ばされた件に繋がるのかな」
「あ━━それは……ボクの勘違いというか何といいますか」
「鷹子ちゃんが、あたしが泣かされたと思ったらしくて」
「あれま。別に僕は何もしてないけど?」
━━と、思いきや。
「泣かされたかどうかはともかく、何もしてなくはないですセンパイ」
「た、鷹子ちゃん、それは━━」
思いっきり鷹子がジト目で睨んでくるが、されど心当たりは無い……はず。
「うん?」
もう一度状況を思い返してみるがこれといって……あれ?
僕が散々首を傾げて頭を悩ませていると、優季ちゃんが何だか落ち着かない様子でそわそわしてた。
「何?優季ちゃん?」
「あ、いえ、その……」
しかもだんだん顔が赤らんできている。どういうこと?
「ゴメン、本当に分からないんだけど、僕、何かしたかな」
「えーと、ハイ……」
「まぢ?」
あんな一瞬で何かできたら僕はプロ(?)のチカンになれそうだが。
「まぢです」
「んー、降参。構わないから言ってみて?」
「その、先輩があたしを支えようとした時」
「した時?」
「先輩の手が」
「手が?」
優季ちゃん、真っ赤。
「……あたしの胸を掴んでたんです」
「あー……」
これはやってしまったかな。仕方ない、ここは正直に。
僕は頭を下げて言った。
「すまない、あれが胸だとは思わなかったんだ」
途端に僕は鉄拳と氷枕のビンタと枕の連打のコンボを食らった。
━━正直者がバカを見る世の中って不条理じゃないか?