97.外で見つけた憩いの場
アリスは、屋敷の外に出るということでかなり機嫌が良い。
ラスティと手を繋ぎながら歩く街並みは、初めてというんけでもないが、慎司たちと歩くのとはまた違う楽しさがあった。
「ご機嫌だね、アリス。そんなに楽しい?」
「うんっ、たのしい!」
即答するアリスにラスティは思わず顔がにやけてしまう。
屈託のない笑顔を向けてくるアリスが、とても愛らしく思えたのだ。
先頭を歩く女子2人組がライアンをバルドを振り回すため、街のあらゆる店を見ることになっている。
気の向くままに薬屋、武器屋、防具屋、服飾店。目について気の惹かれたものには片っ端から突撃しているといっても過言ではない。
「バルド!次はあそこに行きましょ!」
「ええっ!?さっきも同じような店に入ったじゃないか」
「違う、さっきのは洋服屋、ここは服飾店」
「ほとんど一緒じゃないか……」
ため息をつきながらも、結局付き合ってやるバルドはかなり性格がいいのだろう。
それに、本気で嫌がっているのなら振り回している当人たちも止めるに違いない。
なんだかんだでアリスも楽しいため、特に不満はない。
「お、この服とかすげぇ質がいいな。……うわ高!こんなの買えねぇっての」
子守りは趣味じゃない──なんて言っていたライアンも、店に並ぶ商品を手に取ったりして楽しんでいる。
そこに広がるのは、さながら小学校の遠足のような風景なのだった。
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街を1時間ほど歩いた頃、流石に疲れたのかアリスがラスティにおんぶをねだった。
バルドたちが屋敷にいるマナー講師ことティエラに礼儀作法を教えられるのと同様に、アリスもマナーについては教えられているはずなのだが、未だに甘え癖が抜けないようで、こうしてたまにバルドかラスティにおぶさる事がある。
上目遣いでねだられるとどうしてもバルドもラスティも甘やかしてしまうのも、アリスから甘え癖が抜けない原因の1つだろう。
ラスティに背中から抱きつく様におぶさるアリスを見てライアンが休憩を提案し、流石にニアとリフレットもはしゃぎ過ぎたと思ったのか、素直に頷く。
「それじゃあ、あの店で休憩とするか!」
ライアンがそう言って指し示すのは落ち着いた雰囲気のある酒場だ。
「……先生、昼間からお酒はちょっと。あそこのお店なんかどうでしょうか?」
酒を飲めない子どもであるバルドは、酒場とは逆の小さな喫茶店はどうかと提案した。
酒場は嫌だったのか、バルドの意見に反対意見は1つだけしけ上がらず、喫茶店で休憩をとることになった。
無論、反対意見は酒が飲みたかったライアンからだ。
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喫茶店のドアを開けると、カラカラと乾いた音が鳴る。
ドアにつけられたドアベルが生み出す音は、店内の雰囲気に沿った優しげな音色だ。
「ほぉ……雰囲気あるじゃねぇか」
「おや、嬉しい言葉ですね」
ぼそりとライアンが呟くと、カウンターの奥にいた白髪の男性が顎を手でさすりながら淡く笑う。
「あんたがマスターか。俺はこの店おすすめのコーヒーでいいぜ。んで……こいつらには適当な甘いもんでも出してやってくれ」
「かしこまりました。……しかし、久しぶりにこんな大人数のお客様を見ましたよ」
メニューを特に目にせず注文したライアンに、マスターは何も言わずに準備をしていく。
その手隙に話しかけてくるマスターに、ライアンが驚いたように返す。
「そうかぁ?この店は結構繁盛してそうなんだがな……意外と儲かってなかったりするのか?」
「ははは、これは痛いところを突かれましたな。お客様の言うとおり、恥ずかしながらこの店は儲かっているとは言えません。ここを気に入ってくれたお客様のおかげでなんとか黒字になっている程度です」
「さっき言ったが雰囲気も良いもんだし、俺は好きだぜ?こういうところ」
酒は好きだが、雰囲気良く美味しいコーヒーを嗜むのも嫌いではないライアンは、本心から笑ってみせる。
マスターも数々の人物と話してきたためか、その笑いがお世辞ではないと見抜くと「ありがとうございます」とだけ返した。
そんな2人の間に漂う空気がやけに大人びていて、バルドたちは目を輝かせて羨望の眼差しを送りながら、ボックス席でひそひそと話していた。
「ねぇ、ライアンさんがすっごくかっこよく見えるんだけど……?」
「なんか、大人、みたいな感じ」
「うん、僕もそう思う。いつもの先生とは思えないよね」
「渋いって言葉が似合いそうだよね」
「ライアン、しぶーい」
好き勝手言う5人を微笑ましく眺めながら、マスターは手際よく注文されたコーヒーと甘い飲み物、それに甘味を用意すると、それをバルドたちの席に運ぶ。
「お待たせしました。季節の果実水とクッキーでございます。こちらのジャムをつけてお楽しみください」
マスターがバルドたちに用意したのは果実水とクッキーだった。
バルドたちは男が2人に女が3人だ。ニアとリフレット、アリスは甘いものが好きなのだろうが、バルドたち男性陣がそうとも限らない。
そのため、ほのかな甘さを楽しむことも、ジャムをつけて好みの甘さに調整して食べることができるクッキーとジャムの組み合わせにしたのだ。
果実水は爽やかな喉越しのものを選び、すっきりとした味わいが甘めのクッキーの味を引き立てるだろう。
「マスター、あんたかなり良いんだな」
「これはこれは、お客様にはお褒めの言葉ばかり貰うようで……」
何でもないように微笑むマスターだが、ライアンの適当な注文に完璧な商品をだす客への配慮や、店の雰囲気を作り出すマスター自身の風格にライアンは心からの賛辞を送りたい気分だった。
できることならば、酒を酌み交わしたいとさえ思っていた。
「お客様方こそとても良いと思いますよ?まだお若いのにあの子達はとても教育が行き届いております。あの年頃の子は普通ははしゃいでしまうものですのに、実際には雰囲気に沿って談笑している。これは到底できることではありません」
それに──と続けて、マスターはバルドたちの首に光る首輪をチラリと見た。
「あの子たちの目は輝いている。いつの時代も若いものが活気に満ち溢れているのは良い事です」
そこまで言って、マスターはライアンにコーヒーの注がれたカップを差し出した。
カップからは湯気が立ちのぼり、珈琲豆のいい香りがライアンの鼻をくすぐる。
「へぇ……うまそうなコーヒーだな。それに何も言ってないのに温かいコーヒーを出してきた。俺は温かいコーヒーが好きなんだよ。流石だなマスター」
「まだ私の目は曇っていなかったようで良かったです。味の方も気に入って頂けると思いますよ」
やや渋めの心地よい低音の声がライアンにコーヒーを勧める。
言われるままにライアンは口をつけるが、マスターの言葉通り、その味はライアンの好みのものだった。
「あー……うめぇな。この深い味わい、好きなんだよなぁ……」
「それは良かったです。この道40年、お客様のお口に合うコーヒーをお出しできるよう努力してきたのが報われる気分ですよ」
「この店に来た客はみんなこの味が忘れられなくなるんだろうな。俺も常連になりそうだ」
是非ともお願いしたいですな──少し茶目っ気を含ませながら言うマスターは仲良くクッキーを食べるバルドたちを見る。
「そういえば、あの子たちは一体どうして?」
敢えてぼかした聞き方だったが、ライアンにはそれだけで充分理解出来た。
「よくある話だよ、口減らしさ」
「そうでしたか。あの子たちはお客様が買われたので?」
「いいや、俺の主人さ。俺はあいつらのお守りを頼まれたってわけだ」
難しい話でも、マスターに聞かれるのは不思議と嫌ではなく、ついついライアンは隠していた本音さえもぶちまけそうになる。
「嫌々と言った口調でも、お客様は本当は子どもがお好きなようだ」
「……別に、そんなんじゃねぇよ」
「そうでございましたか。これは失礼いたしました」
ぶっきらぼうに違うと言ったが、本当は違わないということはライアン自身が1番わかっている。
それに、子どもが好きというのは別に、もう1つだけライアンにはお守りを引き受けた理由があった。
──それは、彼の生きていた頃の話になる。




