93.弓が得意
手に弓を持ち、背中に回した矢筒から1本だけの矢を取り出す。
リフレットは弓に矢を番えて浅く呼吸を吐くと、今度は深呼吸の後に弓を引き絞る。
「……ふっ!」
ピュッと風を切る音が鳴ったかと思えば、放たれた矢は瞬く間に獲物へと突き刺さる。
刺さったのは頭部の頭蓋骨に守られていない部分──眼孔だ。
「お見事。今の1射は合格だ」
獲物を苦しませることなく瞬時に絶命させたリフレットの腕前を褒めるのは、隣に立っているステルだ。
現在リフレットがいるのは深い森の中。
ステルに弓と短剣の扱いを教えると言われてついてきたのだが、リフレットは自分の知らない森ということでかなり緊張していた。
ステルもリフレットの強ばる体を見て緊張を見抜いたものの、それはそれで訓練になると放置したのだ。
「う、うまくできました!」
「ああ、緊張していたようだが問題なく教えた通りにできていた」
ステルは喜びから飛び跳ねるリフレットを横目で見遣りながらも、淡々と評価していく。
ラスティなどでは、恐らくその冷たいとも感じられる態度に萎縮したのだろうが、リフレットは持ち前の明るさからか萎縮するどころか、構ってほしいとばかりにステルの足元をうろつき出す。
「ねーねー、ステルさーん?私よくできてたでしょー?褒めてー!」
「……今は指導中なのだぞ?それをわかっているのか?」
「と言うことはー、後で褒めてくれるってことですかー?やったー!」
褒めろ褒めろと煩いリフレットをやんわりと遠ざけたはずだったのだが、ポジティブすぎる捉え方をされてステルはため息をつく。
(……はぁ、姫の方がよっぽど聡明であらせられる。リフレットは些か子どもすぎやしないか?)
「まぁいい。次はあの獲物を狙うんだ。先ほどと同じで一撃で仕留めるんだぞ」
「あいあいさー!」
このままでは話が進まないと思い、ステルは強引に話を打ち切って次の獲物を指示する。
獲物はさっきと同じ、ハウンドウルフだ。
一撃で殺せなかった場合、ハウンドウルフはその恐ろしいまでの脚力をもって瞬時に接近してくる。弓を扱う者は誰もが一撃で仕留めようと思う。
「──すぅ、はぁ……」
深呼吸をして、リフレットは自身のスイッチを切り替える。
目を細めて指示された獲物を視線に捉え、距離と風を読んで微調整をして、矢を放つ。
風を切る音が再び鼓膜を打ち、その矢はハウンドウルフの眼孔にしっかりと突き刺さる。
遠目に見てドサリと倒れるハウンドウルフを確認すると、リフレットは無言でステルを振り返った。
「……上出来だ」
「えへへ、弓得意になってきたかも!」
リフレットの言う通り、弓は得意なのだろう。
ステルが教える前から基本的なことは理解していたし、指導を受けてからは目覚しいまでの成長を見せた。
初めて見せてもらった弓の腕前は驚くほどではなかったが、今ではその正確さには目を見張るものがある。
ステルはどちらかといえば弓より短剣の方が得意なのだが、それでも並大抵の狩人よりは弓の腕には自信がある。
──しかし、この少女はすぐに正確さだけで見ればステルに並んで見せた。
弓を番えてから射るまでの早さと獲物を見つける目はステルが上だが、恐らくリフレットは矢を外さないだろう。
緊張とは無縁の性格故か、どんな獲物でも臆せず仕留めてみせるのだ。
「よし、次は短剣の修行だ。お前はまだまだ非力だ、それをカバーするためにも技術を磨く必要がある」
「はぁ……技術。難しいことはよく分からんですよぅ」
別に難しいことを言ってる訳では無いのだが、リフレットには理屈っぽい話はあまり効果がないのだろう。
「……つまり、正確に弱点をつく必要があるということだ。お前はそれを考えればいい」
「──わかりました!」
それから弓の練習に並行して短剣の指導も加わった。
理屈でなく目で見て慣れさせるためにも、1度は実演してみせ、いざリフレットが挑戦する時もおかしなところがあればすぐに指摘した。
「てやぁ!」
「……違う、そこはもっと脇を締めるんだ」
「……こう?」
「そうだ、いい調子じゃないか」
勿論ただ怒るだけではない。
教えた技術を問題なく行えば褒め、その度にリフレットは嬉しそうにしていた。
「よし、今日はここまでにしよう。あまり遅くなると夕飯に遅れてしまう」
「ええっ!それはダメですよぅ。リリアさんたちの料理すごく美味しいもん!」
「そうだな。だからさっさと荷物をまとめて帰ろう」
どこか優しい眼差しのステルがそう言って立ち上がると、リフレットも後を追うようにぴょこぴょことついていく。
──少しだけ、我が主の気持ちを理解出来た気がします
ステルは傾きかけている夕日を眺めながら静かに思うのだった。
次はアリスちゃんです。




